第17話 理不尽だぁ!!

今日(8月21日)は2話投稿しています。これが二話目なので、前の方を読んでない方はそちらからお読みください。

――――――――――――――――



 翌朝、目覚めた俺の視界に入ってきたのは見知らぬ天井であった。

 匂い、部屋の内装、何もかもが異なる環境に一瞬戸惑い、それからここがシュナイゼルの屋敷だということを思い出す。


「ようやくだなあ」


 ここはアルカディア王国の王都アルレガリア。アルクエ本編の中盤まで主な拠点として活用する場所である。


 ようやく、ようやくゲームの舞台にやってこれたのだ。


 既に会ったサラスヴァティとルーシー以外にも、探せばアルクエの登場人物はここで生活しているはず。


 それこそクレセンシアなんかは、昨日見た王宮にいるのだ。


 ふふ、ふふはははははっ。


 モブ以下、本来ならばストーリーにも関わらないノルウィンが、この年齢でシュナイゼルに師事し、王都にいる事実!


 現段階で、アルクエ本編にはない歴史の動き方をしている。

 その中心にいるのは、紛れもなく俺だ。


「本当に変えられるかもしれないんだな。よし、今日からまた頑張りますか!」


 気合いを入れて起き上がり―――


「あの、ミーシャさん?」


 さっきから妙に身動きが取れないと思ったら、同じベッドで寝ているミーシャに横から抱き締められていた。

 昨日も膝の前で抱えられたが、今回はあれ以上にヤバイ。

 具体的には、ミーシャがゴワゴワしたメイド服ではなく薄いパジャマを着用しているため、肌の感覚がジャストにミートして俺の息子がヒートアップしそうだ。


 いや、流石に五歳児の体では性欲にうち震えたりはしないらしい。


 よかったよかった。


 でも、少しだけ、覗くくらいなら―――


 嗚呼、麗しの山脈二つ、素晴らしき絶景かな。


 これからはミーシャよりも早起きをしよう。何故かは言わないけど。


 それから数十分。

 遅れて目覚めたミーシャがメイド長らしき人物と共にどこかへ向かい、一人残った俺は本を読んでいた。


 右目で一冊、左目で一冊。

 ジャンルも文体も異なる書籍を同時に読み進めていく。

 途中で集中が途切れ、あるいは理解できない単語が出る度につっかえるが、以前よりはスムーズな学習が出来るようになってきた。


「ふぅ」


 一時間ほどかけて読書を終えたら、次は読み書きの復習を兼ねた情報の整理だ。

 たった今インプットした情報を要約し、それを羊皮紙に書き留める作業。

 既にアルカディア王国の言語はマスターしているため、今書くのに用いているのは隣国の言語だ。

 この際に重要なのは質の高い情報の組み上げとそれを行う速度。

 遅くては意味がない。玉石混合、山のようにある情報の中から、真に必要なものだけを少しでも早く抽出していく。


 脳ミソが焼き切れる程に頭を回す。

 ただ努力を重ねるだけでは意味がない。

 一秒前の自分を上回り、さらにその先を目指すのだ。


「よしっ」


 こんなもんか。


 出来上がった資料を読み返し(これまた二枚を左右の目で分けて)、これまでまとめてきた資料の束に混ぜる。


「終わったー!!」


 偏頭痛にも近い痛みと、ぼんやりとした思考回路。脳みそを限界まで酷使した証拠に満足感を得つつ、俺はベッドにダイブして大きく伸びをした。


 この訓練をした後は本当に頭が疲れるのだ。


 ああ、今日はもうなにもしたくない。

 でもこの後はシュナイゼルの弟子として、体を鍛える方の訓練が待っているはず。


 コンコン。


「ノルウィン様、旦那様が稽古所にてお待ちです」


 ちょうど、か。


「今行きます。場所が分からないので、案内していただいてもよろしいですか?」


「畏まりました。他に要望等ございますか?」


「えー、と。何が分からないのかも分からない状態なので、注意しておくべき事項だけ教えていただけるとありがたいです」


「畏まりました。では―――」


 扉越しに稽古所での注意事項を聞きながら仕度を進める。

 運動着に着替え、水筒やその他持ち物を確認する。(本来ならば専属メイドのミーシャがつきっきりで仕度をしてくれるのだが、今日は初日ということでメイド長に連れ回されてしまっているため、俺がやっている)


 よし、問題は無し!


 いざ、稽古所へ!


⚪️


 稽古場は、ひたすらだだっ広い場所であった。

 日本で見た設定資料集によると、数世代前の当主が並の貴族家の敷地一つ分にも及ぶ土地を買い占め、それを丸ごと稽古場としたらしい。

 流石はバルトハイム公爵家······忘れてたけど、代々優れた武官を輩出する良家なだけあって金使いが荒い。

 まあ、訓練のための費用に糸目をつけないやり方で他家より良い環境を作り、それが優れた人材の育成に繋がっているのだから、凄いものだ。

 

 シュナイゼルの代になってからは設備投資がさらに活発になったとかで、見ればだだっ広い空き地には飲食や訓練に必要な小道具を扱った屋台が並んでいた。

 その他にも屋根付きの休憩所なども確認できる。


 すげぇ······鍛練しながら、極僅かとはいえ経済を回してやがる。


 これもまた一石二鳥、ニコラスが言っていた知恵者のやり方というわけか。


 稽古場は暑苦しい程の熱気に覆われていた。

 数百人以上が武を、己を高め、剣、槍、各々の得物を振るっている。


 型の確認をする者、瞑想をする者、あるいは二者で試合をする者まで、どこを見ても飽きない光景が広がっている。


「ほんと、広いな」


 アルクエではキャラのステータス上昇スポットとして頻繁に訪れる場所だったが、これならプレイヤーからマップが広すぎると苦情が出るのも納得がいく。


 だって、本当に馬鹿みたいに広いから。


 さて、シュナイゼルはどこにいるのだろうか。


 目当ての人物を探し回って走っていると、突然心が異様な高揚感で満たされた。

 今すぐに全力で走り出し、思いのまま叫びたくなる感覚。

 なんだ、これ、なんだ、これ。


 異変は心だけではない。視線が、意識が、自然とある方向へ吸い寄せられる。

 胸を焦がす衝動、圧倒的な輝きが、そこにはあった。


「ッしゃァア!!」


 咆哮と共に放たれる剛剣。

 成人男性の身長より長く肉厚なそれが舞う度に、人が嘘のように吹き飛んで行く。


「囲め!」「距離を開けろ!接近戦は死も同義だぞ!」「駄目だ、はやっ―――」


 剛剣を振るう男を囲む騎士たち。

 その全員が、稽古場で見た中で最上級の強さを感じさせた。

 目線や僅かな仕草だけで通じる意思、言葉無く連動する包囲網が、剛剣を振り回す怪物をジワジワと絞め殺していく。


 だけど―――


「遅ェ、弱ェ。全ッ然、足りねえなァ!!」


 剛剣の一振りで吹き飛ぶ包囲網の最前列。慌てて二列目が穴を埋めるも、それごと三列、四列をまとめて怪物の一撃が吹き飛ばす。


 見て分かる。あれはモノが違う。強い、あまりにも強すぎる。


 それに、一方的にやられているように見える騎士達だけど、冷静に考えたら彼らもあり得ないくらい強いんじゃないか?


 だって、刃引きされているとはいえ人体を超すサイズの剛剣を叩き付けられても、上手く流して、受け身を取って、怪我はするが死ぬ気配はない。


 普通なら体が弾け飛ぶだろうに。


「なんだよ、これ」


 今まで積み上げてきた努力、自信がガラガラと音を立てて崩れ落ちていくのを感じる。


 恐らく熟練の騎士であろう集団が一方的にボコボコにされていく光景を眺めること数分。


 最後の一人がポーンと吹き飛んで行くと、剛剣を振り被った化け物はこちらに気付いて近付いてきた。


 隔絶した雰囲気を漂わせる化け物が、一歩、また一歩と接近してくる。


 まずい、殺されるか―――ッ!?


 慌てて風属性第二階梯魔術を発動させた。

 目的は時間稼ぎだ。

 相手を脅かしつつ爆風で距離を開け、同時に身体強化を施す。

 逃走は―――無理だ。


 爆風を涼しげな顔で受ける男を見て諦める。


「ん?」


 ていうか、この化け物の顔に見覚えがあるような。


「いきなり魔術ぶっぱなすとか、酷ぇ事しやがるな坊主」


「し、シュナイゼルさん」


「おう。どうしたよ?悪魔でも見たような顔して」


「い、いえ―――」


 俺からしたら、今のは悪魔の所業以外のなにものでもないっての。


 未だに収まらない動悸を感じつつ、俺は努めて平静を保つ。


「シュナイゼルさんがあまりにも強すぎて、弟子入りして上手くやっていけるか不安になってきました」


「ハッ、それなら大丈夫だろ」


「はい?」


 なぜ、絶対に勝てないと知っておきながら、シュナイゼルは自信満々に俺の事をそう言えるのか。


「ほら、見てみろ」


 きれいに磨かれた剛剣の腹を俺の前に突き出してくるシュナイゼル。まるで鏡のように反射してそこに映った顔を見て、俺は思わず息を飲んだ。


「な?諦めも崇拝もねえ。どうやってぶっ倒してやろうかって、やる気満々な顔してんだろ。こういうやつは強くなるぜ」


「そ、そうですか」


「ああ。凡人は俺の剣を見ただけで萎縮して、戦う気力すら失いやがるからな。強さを敬うか、諦めるかだ」


 どこか複雑な表情でそうこぼしたシュナイゼル。それはなんというか、持っている者特有の贅沢な悩みだろう。


 まあ、シュナイゼルから見てそこらの凡人よりは俺には可能性があるらしい。


「それなら良かったです。あの、それで弟子としてどんな練習をすれば―――」


「ああ、それな。ちょっと待ってろ。もう一人来るからよ」


 はい?もう一人?


 俺には姉弟子か兄弟子がいるってことか?

 もしかしてルーシー?

 どうせなら可愛い子がいいんだけど。


 なんて考えていると、遠くから赤い髪の少女が走ってくるのが見えた。


「げっ」


「なんであんたがッ!?」


 その少女、サラスヴァティと目が合った瞬間、強烈な怒気で睨み付けられる。

 うーん、理不尽。


「ノルウィン。今日からお前のペアになるサラスだ。挨拶してくれ」


 理不尽ッ!!!!!!


 仲良くしようとは決めたが、いきなりは聞いてないぞ!!

 


 

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