第16話 既にやばそうなんだけど
馬車から降りてきた父親に満面の笑みを浮かべる、赤髪少女の天真爛漫な方、サラスヴァティ。
その笑みが、
「誰よ、あんた」
シュナイゼルに続いて馬車から出てきた俺を見た瞬間、露骨に嫌な顔に変わる。
ああこれこれ。この反応。
見るもの全てに侮蔑の視線を寄越す、生粋の他人嫌い。
ストーリー本編ではこの氷の態度、いや、相手を刺し殺すような敵意を潜り抜けてハートを鷲掴みしなければ、サラスヴァティ攻略ルートには入れないのだ。
懐かしいなあ。
「はじめまして。この度シュナイゼルさんの弟子になりました、ノルウィン=フォン=エンデンバーグと申します」
「で、弟子っ!?パパ、なんでっ、私より先に」
「あの······」
「あんたは黙ってて!」
「あ、はい」
とてつもない剣幕で怒鳴られ、思わず口をつぐんでしまう。
その間にも、サラスヴァティはシュナイゼルに詰め寄っていた。
「パパ、本当にこいつを弟子にしたの?」
「あー、まあ、そうだな」
「なんでよ。こいつが私より強いから?」
「······まあ、そうだな。才能はありそうだよな」
「でもどうせルーシーより弱いに決まってるわよ!ルーシーだけでもいいじゃない!なんで私じゃなくて、こんなワケ分かんないやつなのよっ」
「······そうだよなぁ」
さっきからそうだなそうだなと、実の娘の前では最強も形無しだ。
威勢が良いだけのガキに、あのシュナイゼルが好き放題詰められている。
しまいにはサラスヴァティから視線を逸らしてこちらを見て、『おい助けろや』とでも言いたげな様子。
首を挟めば飛び火すること間違いなしなので、取り敢えず無視。俺はそっぽを向いた。
「あ」
「······あ?」
そしてそっぽを向いた先にはもう一人の赤髪の少女がいた。
身長、髪型、見た目は全く同じ二人だが、覇気の無いぼんやりとした顔つきはルーシー。双子の妹の方だ。
「どうも、ノルウィンです」
「······知ってる。聞いていたから」
姉が駄目なら妹と仲良く、なんて適当な算段は意味が無かった。
姉とは別の意味でこちらも良好な関係が築けそうにない。
身内と剣以外にはてんで無関心。会話に一切の取り付く島がないのだ。
一言二言話したら、飽きたように突き放されてしまう。
この感じも懐かしいよなぁ。
ルーシーは天性の剣才に恵まれ、逆にそれ以外を母の腹ん中に置き忘れて来たような人間だ。
幼い頃から世代最強、成長してからは上の世代を含めても負け無しとなり、若くして剣の頂に登り詰めた天才。
ただし少女にとって頂点とは、必ずしも心地好いものではなかった。
並び立ち、共に競う者を失い、ただ一人剣の頂に立つ。それは思春期の少女には耐え難い孤独であったのだ。
同じく最強足るシュナイゼルは、父親であるがゆえに本気で戦う事はなく。
誰よりも通じ合っていた姉は、剣に関しては凡才であったためいつしか疎遠になっていて。
そうしてルーシーは、しばらくの間を孤独に過ごすことになる。
―――最強の才能に恵まれ、それを妥協無く磨き続けていた主人公、アーサーと出会うまでは。
とあるイベントで決闘をすることになった両者は、激しい死闘の果てに心通じ合わせるのだ。
その後、アーサーの助けを得ながら姉のサラスヴァティと復縁し、人間的にも戦士としてもさらに成長していく。
それが、ルーシー攻略ルートの主な流れだ。
うん。
この二人は俺たちの1個上の先輩だから、今は六歳というわけだが。
さっきからの会話を聞いた限りでは、既に本編で見てきた
ストーリー開始時点と比較して随分とガキっぽいが、久し振りに見るヒロインたちに懐かしい気持ちが込み上げてくる。
「坊主」
ようやくサラスヴァティから解放されたらしいシュナイゼルが、俺の肩をポンと叩いた。
「多分こいつら自分から自己紹介しないから、代わりに俺が教えとくぞ。この元気な方が双子の姉のサラスヴァティ、そっちの静かな方が妹のルーシーだ。······あー、出来れば、仲良くしてやってくれ」
最後は目を逸らしつつそんなことを言うダメ親父。
あんたが娘としっかり向き合えないから、この二人は十年後にとんでもなく拗らせてるんだぞ。
まあこの二人の性格やら何やらは、俺が解決すべき事柄ではないし、どうでもいいか。
父親であるシュナイゼルか、あるいは十年後にイケメンアーサー君が取り組んでくれる事だろう。
「絶対こんな奴とは仲良くしてやらないわッ」
「······私はどうでもいいけど」
「すまん、ノルウィン」
「いえいえ、こちらは住まわせて頂く身分ですから、お気になさらず」
「なんでパパが謝るのよ!」
うるっせー。
この捻くれた性格を矯正してルートに入ると知っていてなお、これは腹立たしいな。
―――俺と双子の出会いは、こんな最悪な流れで行われた。
⚪️
「はぁ、今日は疲れましたね」
シュナイゼルにあてがわれた自室にて。
俺は荷物をまとめるのも後にして、すぐさまベッドに飛び込んだ。
「私が片付けておきますので、休んでてもいいですよ?」
この屋敷でも俺専属として働く事になっているミーシャは、どこか楽しそうに俺の荷物の整理をしていた。
「楽しそうですね」
「ふふ、そうかもしれません。ようやく自由になれたんですから」
自由、か。
確かにそうかもな。
俺はエンデンバーグの呪縛から解放された。
ミーシャもシュナイゼルの庇護下にあることで、実家や元婚約者の力が完全に及ばなくなった。
これからは、シュナイゼルの弟子として鍛練をするという生活を軸に、ある程度好き勝手できるのだ。
「ようやく、ここまで来れたんですね」
「まだまだです。私はノルならもっと凄いことが出来ると信じていますよ?」
「それは買い被りすぎですよ。ミーシャさんがいなかったら、多分俺はまだあの別館にいましたから」
「ではこれからも二人で一緒に頑張りましょう」
「そうですね」
ミーシャとそんな会話をしながらも、俺はこれからに必要な事を考えていた。
あの双子についてだ。
クレセンシアを助けるにあたって、あの二人は大きな障害となる。
剣の求道者であるルーシーに、凡才を叩き上げて極限まで極めたサラスヴァティ。
将来的にはどちらも、世界最高峰の剣士になるのだ。
しかし現時点ではまだまだひよっこ。さっきの出会いだけでも弱さが見て取れた。
この間の吸血鬼の方が威圧感あったしな。
だから、今の俺ならば、あの二人の未来を潰すことだって出来る。
彼女たちのトラウマ、嫌うもの、才能を伸ばさない方法。
全て知っているからだ。
「······どうしようかな」
二人を敵と認識して、その将来を殺すために動くか。
あるいは、リスクを承知で仲間に引き込むか。
シュナイゼルには恩もある。
出来れば可能性の芽を摘むような真似はしたくない。
「頑張って、仲良くしてみますかね」
そう心に決めて、俺は明日以降の日々に想いを馳せた。
―――――――――――――――――
才能のない姉と、気が狂ったように努力を積み重ねるノルウィン。当然なにもないはずがなく ――――
頑張る女の子っていいよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます