第165話 窮地に最強を得る
目の前でオブライエンが死んだ。
最期の最期で優しさのようなモノを見せて、俺に何かを託すような目を向けて、そのままアイザックの大剣に切り潰された。
俺の退路を確保するために動いた彼の部下達も、アイザックに皆殺しにされた。
人生の主を奪われた憎悪、目の前にその仇がいるのにも関わらず、それぞれ憎しみを顔に浮かべながらも復讐ではなく俺を生かす方を選んだ。
彼ら全員、八人の死が双肩に宿った気がした。重くて、苦しくて、今にも投げ出したくなるような思いの数々。
それだけを胸にして――俺は無様に逃げ惑っていた。
「クソ、クソ、クソ、クソ、クソッ!」
彼らの仇を取ることすら出来ない。
振り返れば死ぬ。戦えば死ぬ。
俺に許された選択肢は尻尾を巻いて逃げることだけ。
それすらオブライエン達が時間を稼いでくれなければ不可能だっただろう。
「くそがっ!!」
絶望的な敗北感が身を浸す。
この惨めさが俺とアイザックとの間に広がる差だ。これを絶対に忘れるな。
いつか、いつか、絶対に越えてやる。
――そのいつかは、いつだ?
「あのガキを落とせ!」
「逃がすな!」
眼下に群がる敵軍から、矢が放たれ、槍が投擲され、そして狙い澄ました魔術が射出される。
馬鹿みたいだ。
八歳のガキ相手に相手にどこまでも必死に群がって、でもあんな奴らが何百人集まろうと、背後から急速に迫る灼熱の存在感には微塵も及ばないんだから。
「うざいんだよ!」
向かってくる妨害を全て風属性魔術で押し返し、さらに逃げる速度と高度を上昇させ――
「なっ!?」
ガン、と頭が壁にぶつかるような衝撃。上昇途中で何かに弾かれて体勢を崩す。
見上げれば何もないはずの宙に、半透明の板のようなものが透けていた。
防御魔術、結界の類いかよ!
最悪だ。これじゃ物理的にアイザックが届かない高高度まで逃げられない。
やばい、やばい、どんどん『死』が近付いてくる。
どうするどうするどうするどうする!?
ただ逃げるのは駄目だ。下からの妨害に時間を取られていずれ詰む。
結界の術者を殺すしかない。
どこだ!?
食い入るように眼下に広がる敵軍を見渡す。
魔力の波動を感じれば元を辿るくらいは簡単だ。今すぐにでも見つけ出して活路を開いて――
「なんだよ、これ」
本来ならば大胆な行動を起こさないはずの魔術師たちが、ここぞとばかりに姿をさらし、あるいはわざと隠れた場所から似たような波動を、つまりは同じ結界の魔術を発動していた。
咄嗟に自分の周囲を見渡せば微弱な結界が無数に張られていた。
この結界自体は基礎的な術であり、魔術を習う過程で誰もが習得するものである。
俺の上を塞ぐような強度ともなれば専門的な修行が必要になるのだろうが、ってそれは今は関係ない!
現実逃避はよせ。現状から目を背けるな。
今見るべきは、大勢の魔術師が同時に同じ魔術を発動したことで、すぐに術者を絞れなくなっている点だ。
敵は育成に膨大な時間と金を必要とする魔術師を危険に晒してまで、俺を討ち取りたいのだろう。
どうする?取りあえず一番強い波動を発しているあいつを襲うか?
でもそれがブラフだったら?
駄目だ。考えれば考えるほどに苦しくなる。
取り敢えず距離を取って――
「あ、はは」
前触れなく俺の口から笑みが溢れた。
気が狂った訳ではない。
いや、ある意味では狂わされたのかもしれないけれど。
絶大なる存在感を持つ何かが、急速にこちらに向かって来ているのに気付いたのだ。
眼下に広がるちんけな危険が一瞬で吹き飛ばされ、背後から迫る絶望すら薄れる。
煮え滾るような戦意が戦場に満ちていく。
それはアイザックの灼熱の雰囲気とどこか似ていながらも、明確に違った。
アイザックはただ戦場を好き勝手に塗り潰していくが、今感じるこれは俺たちを無理矢理、力強く引っ張り上げるような――
「はは、すげぇ!」
絶望がどうした!?
この状況で諦めかけてたってか?
こっちはオブライエンを失ってるんだ、ただ逃げ帰る訳にはいかないだろうが!
近づく戦意に引き上げられ、高められる。
視線を彼方へと向ければ、そこには希望がいた。
「ノルウィン!今行くぞ!」
「シュナイゼルさん、あはは、あんたすげえや」
サラスヴァティ、ルーシー。お前たちの父さんは最高だよ。
老兵、恐らくオブライエンの部下である男たちを連れたシュナイゼルが、窮地に割り込んでくる。
それを迎え討つのは――
「ようやく活きの良いのが来たなァ」
自らと同じ『強者』に獰猛な笑みを浮かべたアイザック。
旧時代と新時代、それぞれの最強候補がぶつかり合おうとしていた。
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