第104話 完全決着

 果てしない暗闇が広がり、遠くまでは見通せそうもない異質な世界。


 肌寒さに腕を擦りながら辺りを見渡すと、巨大な木造の扉と、その前に立つ青年の姿を確認できた。


 は?


 なんだ、これ?


 つい一瞬前まで俺はルーシーと戦っていたはずだ。


 なのに何でこんな場所にいるんだ?


 くすんだ白髪を短く切り揃えた青年は、俺を見て僅かに驚いた後、ゆっくりと口を開く。


「君は―――ああ、そうか。うん。見れば分かる。ニコラスはちゃんと繋いだんだね」


 ニコラスとの関係をほのめかす青年は、狼狽える俺を面白そうに見つめるばかり。


「あの、ここは?」


 とにかく不安で、それを誤魔化すように問い掛けると、くたびれた青年は笑った。


「さあ、何だろうね。僕は特定の名称でここを呼ぶことは無いし、人それぞれ呼び方も違うから」


「い、や。でも」


 アルクエではこんな場所一度も登場しなかったが、かといってここが何の意味も持たないとは思えない。


 アルクエとは重ならないが、きっと何かしらの役目を持っているのだ。ニコラスが一枚噛んでいるんだぞ?


 それが、名前すらないなんてことあるか?


 取り敢えずどうしよう。


 まずは落ち着け。落ち着いて―――どうする?


 どうやってここから脱出するんだ?

 ていうかここはさっきまでいた世界と繋がっているのか?

 それとも隔絶した空間なのか?

 目の前にいる青年は敵か?味方か?

 そもそも人間なのか?


 そして、こことニコラスの関係性は?


 駄目だ。聞きたいことがありすぎて考えが纏まらない。


「落ち着くといいよ。ここに来た時点で君も有資格者だ。何か不味いことが起きたりはしないから」


「有資格者って、何のですか」


「さあ。それもまた特定の名称がないからね。強いて言うなら、導き手かな。うん。それが一番しっくり来るよ。君は新たなる時代の導き手になるかもしれない存在だ」


 俺が、導き手?


 は?


 え?


 何の事だよ、それ。


「今はまだ分からないだろうけど、君が力を欲するのなら、いつか辿り着くよ」


 考え込んでいる間にも、青年は勝手に言葉を並べ立てる。どうやら俺に詳細を理解させるつもりがないらしい。


「辿り着くって、何のですか?新たなる時代の導き手なら、俺以外にもいるじゃないですか」


「例えば?」


 真っ先に思い浮かぶ名前はアーサー、アルクエの主人公である男だ。


 若き世代の星々をまとめる恒星がごとき存在。彼が導き手じゃないなら、一体誰だと言うのか。


 でも、その名を語ることは出来ない。こいつが敵かどうかも分からない内は言うべきじゃない。


「いや、ここにいるあなたとか」


「あはは。そうだね。確かにそうだ。昔の僕はそうだった。でも今は違うよ。僕は負けて、辛うじてここに残っただけの敗者だ」


 敗者。つまり、こいつが言う導き手は、なにかと戦う存在って訳か。


 だったらなおさらアーサーがそれっぽいけど―――


「ふうん。アーサーね」


「ッ!?」


「そんなに驚かないでよ。思考を読み取ったのは一種の魔術みたいなものだから」


 にしたって、魔方陣も詠唱もなにもなしに?


「それは年の功ってやつさ。ああ、ごめん。話が逸れた。君が思い浮かべたアーサーだけど、それは無いよ。むしろ逆だ」


「逆、ですか?」


「うん。彼は時代を逆行させる。君と正反対の存在さ」


 正反対?時代を逆行させる?待て、待て待て待て。


 情報量が多すぎてどうすればいいか分かんないって!


 狼狽えていると、周囲を覆う暗闇が歪み始めた。まるでガラスが砕けるような、世界の崩壊。


 その中心で、くたびれた青年が笑う。


「今回はここまでみたいだね。君がまた来るのを楽しみにしているよ」


「まって、ニコラスは―――」


 聞きたいことが山程ある。ここに俺が追い求める答えがある気がする。


 だけど、時間はとっくに過ぎていたようで。


「初代アーサーは闇に葬られた。ヴェルドラは絶望に屈して反転した。ニコラスは巨大な闇を前にして諦め、次に繋げる選択をした。君の選択は、何だろうね?」


「初代アーサー?ヴェルドラ!?ち、ちょっと待って!なんで―――」


「さあ、行っておいで。ここまで来たご褒美だ。ほんのちょっとだけ、君は強くなっているはずだから」


 その言葉を最後に、闇の世界は消えてなくなった。それと一緒に俺の意識も溶け消えて―――


⚪️


 次に意識が戻った時、まず感じたのは発狂したくなるほどの精神的な負荷であった。


 辛い、苦しい。今すぐ楽になって全てを忘れたい。


 それから、強烈な頭痛と吐き気、魔力切れの症状が襲い掛かる。


「ぐ、ぁ」


 あまりの苦痛に呻きつつ周囲を見渡すと、何とか状況を察することが出来た。


 どうやら俺は暗闇の世界から戻ってきたらしい。


 ここは闘技場のアリーナで、目の前には剣を持ったルーシーがいる。


 てことは、精神的な負荷はこれまでの疲労か。


 向こうにいる間は感じていなかったんだなぁ。


「······どう、したの?」


「いや、別に」


 本当は何でもなくないし、どうかしてる。


 だって、アーサーに初代がいるなんて聞いたこと無いし、その後に言っていたヴェルドラは、ウルゴール邪教団のトップの名前だ。


 アルクエに深く関与してくるそれが、なぜあそこで出てきたんだよ?


 んでもって、そのメンツに並ぶニコラスって何者なんだ?


 あと、闇ってなんだ?


 あの青年の言葉を思い出せ。


『初代アーサーは闇に葬られた。ヴェルドラは絶望に屈して反転した。ニコラスは巨大な闇を前にして諦め、次に繋げる選択をした。君の選択は、何だろうね?』


 あれをそのまま信じるなら、初代アーサーは闇なる存在に負けて、多分死んだのだろう。


 それから、ヴェルドラは絶望に屈して反転したと言っていたが。

 これは、闇に屈して、自分も闇に染まったってことか?

 アルクエにおけるヴェルドラの目的は邪神ニーズヘッグの復活であったから、闇はニーズヘッグを指しているのだろうか?


 いや、それはおかしい。


 ヴェルドラはシュナイゼルにも並んで最強候補の呼び声高い理不尽な存在だ。それが絶望する程邪神は強い相手じゃないし、ましてやあのニコラスが諦めるほどでもない。


 駄目だ。これ以上は判断材料が無くて、考えても発展しなさそうだ。


 一旦これは脇に置こう。


 今は目の前の敵に集中しなければ。


「······もう、いいの?」


「まあ。待っててくれてありがとな」


「······別に。なんか、変だったし」


 優しいんだか、馬鹿なんだか、マイペースなだけなんだか。


「ふう、よし」


 一息ついて落ち着いた俺は、未だ苦痛を抱えながらも槍を構えようとして―――


 あり得ない事態に、思考が止まる。


 今、戦うために思考を巡らせ、沢山の選択肢が浮かんできた。


 そのなかに土属性魔術で剣を生み出し、左手でそれを扱うという択があったのだ。


 自然と、まるで最初からそうであったように、それは俺の脳内に浮かび、今なお輝いて見える。


 これが、最善なのか?


 いやいや、待てよ。俺は剣なんてほとんど使ったことないんだぞ?


 何の気の迷いで―――


「あ」


 再び、あの世界で青年が言っていた言葉を思い出す。


『さあ、行っておいで。ここまで来たご褒美だ。ほんのちょっとだけ、君は強くなっているはずだから』


 まさか、ご褒美ってこれのことか?


 あの青年が何かしたんだとしたら、辛うじて納得が行く。

 あれはとてつもなく腕の良い魔術師っぽいから、例えば優れた剣士の記憶を経験として頭にねじ込んできたとか。


「取り敢えず、やるか」


 試しに土属性魔術で剣を生成し(事前に剣や槍などの生成は大会側に申請してあるため、反則ではない)、それを取ってみると、予想外に手に馴染んだ。


「······ッ!?」


 ルーシーがこれまで見たことの無いような反応を見せる。

 俺が左手で剣を構えた瞬間、目を剥いて過剰にこちらを警戒したのだ。


「なんか、嫌だな」


 自分のじゃないモノで戦うようで、とてつもなく気分が悪い。


 とはいえ、それとこれとは別問題だ。


 俺が不快感を抱くだけでクレセンシア救済に一歩近づくなら、迷い無くやってやるさ。


「よし」


 再び、接近。


 まずは槍による牽制の突きを放つ。ルーシーはそれを受け流すことなく、体捌きのみで回避した。


 目線は俺の左手の剣に釘付けになったまま、まるでその他は脅威ではないと言わんばかりの反応。


 だから、試しに剣を振ってみた。


「······!!」


 俺の身体から放たれた斬撃だから、異常に速いわけでも、強いわけでもない。それなりの速度でルーシーに向かい、またしても避けられそうになったところで、


「「え」」


 俺とルーシーの声が重なる。


 斬撃の最中、俺は一度剣から手を離し、再び掴む事で柄を長く持ち変え、ルーシーの想定以上のリーチを確保したのだ。


 そこまでなら俺も知る、槍でよくやる戦法であるが、驚愕はこの先。


 俺の知らぬ、ルーシーですら見たことの無い軌道を描いて、俺の剣がルーシーのそれを捉え、弾き飛ばした。


 辛うじて知覚できたのは、一瞬剣を引っ掛けるように、手首をスナップさせたこと。


 それだけで、ルーシーの手から剣が弾け飛んだ。


 呆然とそれを見送りながらも、俺の思考は次なる一手を描く。槍による攻撃だ。


 本当に勝てるのか。そう思って、必死に槍を突き込んで、勝利が確信に変わり―――


(―――ぁ)


 プツン、と。何かが切れるような感覚がした。それ以降、あれほど回っていた思考が完全に停止して、身体もまた動かなくなる。


「げ、ん―――か、い、かよ」


 一度暗闇の世界を挟んだせいで忘れていたが、俺は限界を越えて戦っていたのだ。


 だから、これ以上は動けない。


 そう納得して、でも、まだ負けたくなくて、最後にクレセンシアを思い浮かべてから、俺は完全に気絶した。






――――――――――――――――――

ちなみにここで気絶しなくとも、剣を飛ばされたルーシーは徒手空拳で多少の時間を稼いでくる&その間にちょっとだけノルウィンの剣を分析してくるので、どのみち気絶して負けていました。

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