第105話 パパ上見参!
「オイ、なんだありゃ」
シュナイゼルが顔を引き攣らせ、声を震わせる。咄嗟に伸ばした手は大剣の柄を握り締めていた。
「シュナイゼル。お前の弟子は人を殺した経験があるのか?」
「俺が知る限りはありませんよ!もしかしたらカサンドラを一回くらいはやったかも知れねぇ。でも、あんな剣を使う奴じゃない!」
シュナイゼルがガルディアスへの敬語を忘れてしまう程、ノルウィンの見せた剣は禍々しいものであった。
左で剣を構えた瞬間、とてつもない死臭が漂ったのだ。あれは何百、何千と人を殺した果てに得た剣技に他ならない。
だからこそ、シュナイゼルは狼狽える。
彼が知る限り、ノルウィンは剣を扱ったことがないから。
「シュナイゼル。行くぞ」
「はい!」
二人は試合が終了した瞬間アリーナへ向かい、気絶するノルウィンを回収した。
そしてノルウィンを担ぐシュナイゼルだけが医務室へと走り、ガルディアスは主審を務めるアルマイルのもとへと向かう。
「大将軍閣下。ワイも行くわ。あれやばいで」
「どのような状態だ?」
「詳細は分からへん。ただ、とんでもない呪いを植え付けられとる気がするんよ。後から気付いたんやけど、タイミングは試合中に一瞬ノル坊が止まった時やな。そん時になんかされとる」
「分かった。俺たちも今すぐシュナイゼルの後を追うぞ」
「いや、先向かっといてや。ワイは部下かき集めてくるわ」
シュナイゼルから遅れて、ガルディアスとアルマイルもそれぞれ動き出す。
アルマイルに代わって再び主審に戻った男は、突然の事態に戸惑いながらも進行を再開する。
『勝負あり!勝者は―――』
ルーシーが、サラスヴァティが、リーゼロッテが、レイモンドが、その他大勢が違和感を抱くなか、こうして決勝戦は幕を閉じたのであった。
⚪️
「駄目や。全く分からへん」
「ハァ!?お前それでも魔術師団長かよ!?」
「落ち着けや大剣馬鹿が!ワイでも解析しきれへんような魔術師が敵におるっちゅうことやぞ!?騒いどる場合か!」
「んなもん分かってんだよ!でもノルウィンが助からなかったら―――」
「せやからこうして一生懸命やっとるんやろうが!少し黙ってや!」
一線を越えた猛者同士の激しい言い争いにより、医務室はとてつもない緊張感に満ちていた。
雁首揃えて突っ立っているアルマイルの部下などは、気の弱い者から気を失っていく始末である。
「お前らもや。突っ立っとる暇あんなら、外の警戒とか頼むで」
「「「「は!」」」」
アルマイルの助手として呼ばれたが、ノルウィンに掛けられた魔術を一切分析できずにお荷物になってしまった彼らは、ここから逃げ出せるのならと外へ走り去っていった。
残ったのは、ベッドで気絶したままのノルウィンと、シュナイゼルと、ガルディアスと、アルマイルのみ。
「魔術師団長の腕をもってしても何も解析出来ない魔術か」
「何もって訳やないで、大将軍閣下。多分呪いや」
「なあ、これは術者をぶっ殺しても平気なタイプかよ」
「それも含めて調べとる。もう少し待っといてや」
再び解析作業に戻るアルマイル。その間、シュナイゼルとガルディアスはノルウィンについて話を進めることにした。
「試合中に硬直したタイミングがあったじゃないですか。あの時に何かされたってことですよね」
「そう睨んでいる。あるいは、既に埋められていたモノがあの時に発現したか、だな。あとはノルウィンもまた敵側が送り込んできた刺客である可能性だが―――」
「閣下、それマジで言ってるんですか」
剣呑な表情でシュナイゼルが圧を掛けるが、ガルディアスは涼しい顔で言葉を続けた。
「当たり前だ。場合によっては数万の命に関わるのだぞ。いざとなれば、お前の弟子であろうと俺はこの少年を殺す」
「閣下!」
「それが大将軍としての在り方だ。例え家族であろうと、切り捨てるのが最善であるならば、そうせねばならない。常に最悪の事態に備えるべきだ」
「そう、ですが、でもッ!」
「―――失礼しますね」
スッと、何の違和感もなく、言い争いをしていたとはいえ、シュナイゼルとガルディアスの警戒を掻い潜って、その男は医務室に入ってきた。
端正に整った顔立ち。理知的な光を秘めた瞳。
ノルウィンの父親であるニコラス=フォン=エンデンバーグが、小さく微笑む。
「な、んで、テメエがここにいる?」
「息子に用がありまして。大将軍閣下も、お久しぶりです」
「あ、ああ。そうだな」
優雅に一礼したニコラスは、二人の間を縫ってベッドまで歩く。
「確か、ニコラスやったか?十年くらい前に軍属やったよな?」
「ええ。お久し振りですね、アルマイル殿」
ニコラスの登場に驚愕するのはシュナイゼル。申し訳なさそうにするのがガルディアス。
そしてアルマイルは、どこか敵意を込めた視線を向ける。
「終わった英雄がなんの用や」
「先程も申し上げた通りでございますよ。自慢の息子に用がありまして」
「それならいらんわ。ワイが何とかしたる」
「いえ。貴女では不可能でしょう。ノルウィンに掛けられた呪いは、他人の経験を記憶として埋め込む類いの魔術です。その記憶から成る技を用いれば用いるほど、自我が侵食されていく」
「は?自分、何ゆーとるん?」
「死者の記憶の一部を埋め込み、それによる技を生者に多用させることで、その肉体の中で死者の意識を甦らせる。これはそういった魔術です」
「んな魔術、聞いたこともあらへんわ。何で自分が知っとるん?」
厳しい視線はより鋭く、アルマイルは周囲に攻撃用の魔術を展開させてニコラスと対峙する。
場合によってはお前を殺す。そんな殺意を前にしても、ニコラスは笑みを浮かべたままであった。
「私を殺すのはお勧め出来かねます」
「ひよったんか?」
「いえ、実はこのような事情がありまして」
ニコラスが懐から一つの封筒を取り出した。高級感漂うそれに押された印を見て、アルマイルは言葉を失う。
王命。
国王陛下しか用いることの出来ない紋様の印が押されていた。
職業柄それを目にする機会が多いアルマイルは、即座に本物である確信を抱く。
―――今、ニコラスという男は、王の命令の下、絶対的な権力を持って行動しているのだ。
「なら、しゃーないわ。ワイも最大限協力したる。でもその前に一つ答えろ。お前、敵か?味方か?」
「それ程怪しいですかね?私って」
「鏡見て来いアホ」
「ふふ、冗談でございますよ、アルマイル殿。私は皆様の味方です」
そう笑ってから、ニコラスはさらに続ける。
「私がここに来たのは、ノルウィンに埋め込まれた記憶を取り除くためなのですから」
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