第31話 追手
部屋から脱出した俺は、逸る気持ちを抑えて走り続けていた。
「きったねぇ」
薄暗い路地、ぬかるんだ足元を踏みしめながら顔をしかめる。
あの部屋は路地裏のさらに奥、スラム街に近い場所に位置していたらしい。
腐臭が漂う周囲はゴミや糞尿がそのまま散乱しており、当然整備などされていない地面は土がむき出しだ。
立ち並ぶ建造物も表通りと比べると酷くボロく、殺伐とした雰囲気はどう考えても法が通用するとは思えない。
ついさっきは道の端に死体が転がっているのを見てしまったし、治安も最悪に近いのだろう。
こんな場所とは一刻も早くおさらばしなければ。
そう思って先を急ぐが、狭く入り組んだ区画はどこを見ても似たような景色ばかりで、慎重に進んでも迷ってしまいそうだ。
「急がないといけないのに。つうか、そもそもなんで俺が拐われなきゃいけないんだよ」
愚痴を溢しながら右に曲がってそのまま進むと、行き止まりに突き当たった。
慌てて元来た道を引き返し別のルートを目指すが、その先にあったのも行き止まり。
どこかでルート選択を間違えてしまったのかもしれない。
くそ、落ち着け、落ち着け。
必死にそう言い聞かせるが、見知らぬ場所に一人きり、命の危険付きでは冷静さを保てる訳がない。
おまけに、さっきからずっと後方で物音がしているのだ。どれだけ移動してもついてくる音は恐らく尾行だろう。
ウルゴール邪教団の追手に追い付かれたか、それともここの住民に目をつけられたか。
いずれにしても、ろくな相手じゃないことだけは確かだ。
「落ち着け俺。落ち着け俺。俺が冷静じゃ泣くなったらただの六歳のガキだ。思考力は失うなよ」
自らに何度もそう言い聞かせて、苛立ちや焦りで乱れそうになる意識を正常に保つ。
オーケー、大丈夫。
俺はまだ冷静だ。
この冷静さで、尾行をどうにかする方法を考えよう。
まず前提条件として、俺はここら辺の土地勘が無い。
一方で、相手さんは慣れている様子。
なら逃げて相手を撒くことは出来ない。
戦うのだ。戦って、敵を退ける。
戦うなら―――あそこだな。
目当ての場所は、さっきも行った行き止まりだ。
ここは逃げ場こそないが、細い一本道は数の有利を封じ安く、また魔術による面での攻撃が避けられないという利点もある。
俺が複数人を相手取るならここしかないだろう。
行き止まりに到着した俺は、ゆっくりと今来た道の方を振り返った。
果たしてそこにいたのは―――
「うわっ!?」
正面ではなく上、俺目掛けて落下する白仮面の男が振り下ろす剣を紙一重で回避し、慌てて後退する。
「ちっ、今の避けるのかよ」
「阿呆が。殺すなと言われたばかりだろう」
爆発に巻き込まれて気絶していたはずの白仮面と、仲間を呼ぶと言って部屋を出た白仮面が、俺の前に立ち塞がった。
「まじ、かよ」
どうせならここの住民のチンピラに絡まれたかったのだが、よりによって最悪な方を引いてしまったようだ。
たった今斬り掛かって来た方、爆発に巻き込まれた白仮面の男が、仮面越しに憎悪の視線を向けてきた。
「さっきはよくもやってくれたな、ガキィ。もう油断も何もしねぇ、死なない程度にぶった斬ってやるから覚悟しろよ?」
「い、いや、なんか怪我治ってるみたいですし、見逃したりしてくれません?」
「ざけんな馬鹿。テメェが俺らを知る理由もまだ知らねぇし、私怨もあんだ。逃がすか」
ああ、もう。当然だけど逃がす選択は無いわけだ。
しかも荒事前提。俺が瀕死になっても、死ななければ良いと思っている節がある。
剣を持つ手前の白仮面と異なり、一歩引いて全体を見れる位置に立つ方の白仮面は、高いレベルで回復魔術を扱うのだろうか?
ならばあの位置取りや手前の剣使いの言動にも納得がいく。
まず狙うなら、後ろの回復担当(仮)だな。
俺は無詠唱で火属性第二階梯魔術を発動させようと魔力を滾らせ―――
「させねえよ」
強烈に地面を踏み込んだ剣使いの白仮面が、一瞬で間合いを詰めてきた。
魔術を中断し、目の前の敵への対処に全神経を集中させる。
見ろ、見ろ、見ろ、見ろ!
踏み込みは深く、攻撃後は間違いなく隙を晒す体勢。そこを突けば余裕で倒せるのが分かる。
なら俺がやるべきは最短での回避だ。
一切の無駄を排した動きでかわし、最短ゆえに生まれた時間で攻撃の後隙を穿つ。
「······ッ!!」
一歩すら踏まない。足を僅かに擦らせて身体の向きを逸らし、俺は皮一枚を切らせる至近距離で迫る剣を回避した。
「オイオイマジかよ!?」
攻撃を避けられた剣使いの白仮面は、驚愕の表情で俺を見ていた。
そこへ俺は魔術を叩き込もうと魔力を練り上げ―――
「《風の精霊よ、我が敵を断て》」
詠唱を唱える声がスッと耳に入って来る。
「まずっ」
俺は魔術をまたしても中断して大きくその場から飛び退く。一拍遅れて剣使いの白仮面も後退した直後、俺たちが居た場所が真空の刃でズタズタに切り裂かれた。
風属性、大分詠唱が省略されていたから確証はないが、第五階梯だろうか。
第五階梯は、物語の中盤で習得でようやく習得できる魔術だ。
それをあんな短い詠唱で扱える後ろの魔術師はただ者ではない。
それに加えて、シュナイゼルと比べたらウンコみたいなものだけど、俺よりは断然強い大人の剣士も同時に相手取るだと?
なんだこれ、どんなピンチだよクソ!
魔術で地面の土を固め、一振りの槍を形作る。それを握り締めながら、俺は吸血鬼と対面した時以来に感じる命の危険に顔をしかめた。
―――――――――――――――
次回、ノルウィンの強さが明らかに!?
いつもいいね(♥️)やレビュー、感想などありがとうございます。多忙なため感想に返信は出来ていませんが、全て目を通しております。
これからも頑張ります!とりま今日(日曜)はあと3話更新したいね!!
出来るか知らんけど!
2話は頑張る!
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