第30話 今できること
「貴様、その名をどこで知った!?」
白仮面の男が腰の剣に手を掛けて叫ぶのを見て、俺は失敗を悟った。
相手のことを知る前に迂闊なことを口にするべきじゃなかった。
ああもう!とっさの独り言は元ニートの悪い癖なんだよ!
まずいまずいまずい、殺されるか!? どうする?
両手足は縛られてて、魔術でほどくにしても逃走は一拍遅れる。斬り掛かられたら間に合わないぞ!?
どうする、どうする?
刹那の熟考。無数の選択肢を浮かべては切り捨て、最終的に戦闘を選びそうになった時、再び部屋の扉が開いて別の男が入ってきた。
「騒がしいぞ。何かあったのか?」
「このガキが我らの名を知っていた!」
「なんだと?」
新たにやってきた白仮面を被った男は、仲間のように取り乱すことはなく、冷静に俺達を見つめる。
「何をボーッとしている!? 我らの中に裏切り者がいるかもしれないのだぞ!?」
「まあ待て。本当に知られていたのか?」
「ああ、そうだ!この仮面を見ただけで、ウルゴール邪教団と確かにそう口にした!」
「なるほど」
男の鋭い視線が俺に突き刺さる。
ニコラス程ではないがそれと同種の叡知を感じる。探られるのはよくないかもしれない。
「とりあえず一旦落ち着け。今この場で騒いでも事態は何も変わらん」
「それは、そうだが」
「俺はこの件を上に報告してくる。その間、殺さずに見張っていろ。良いな?」
「……ちっ、分かった」
短いやり取りのあと、仲間はすぐに部屋を出て行った。残された白仮面の男は俺の前に立つと剣を引き抜く。
「下手な真似はするなよ。少しでも動けば切るからな!」
これは絶体絶命のピンチか?
取り敢えず落ち着け。俺から冷静な思考力を取り除いたらなにも残らない。
落ち着いて、さっき出て行った奴が戻ってくる前に、打開策を考えるのだ。
まずは状況の把握だ。
目覚める前の情報を整理するに、俺は恐らく誘拐されたのだろう。
そして、あの瞬間で殺されず、今こうして監禁されている点を踏まえれば、敵は俺の命に価値があると考えていることが分かる。
人質か身代金か、あるいは何かの生け贄か。とにかく俺が死んだら成立しない事を為す予定だったに違いない。
「はぁ」
くそ、だとしたらさっきのはなおさら失敗だったわけだ。
ウルゴール邪教団の事を黙っておけば、いきなりこんな追い込まれることもなかっただろうに。
このままでは最悪、ウルゴール邪教団の名を知っている理由を拷問で吐かされるまである。というより、ほぼ確実にそうなる。
「……」
くそ、どうする?
さっきの奴が仲間に報告をしてくると言ってから、まだ戻ってきていない。
すぐに駆けつけられる距離にこいつらの味方がいないのだろうか?
考えられるのは、見つかった際のリスクを減らすためにあえて味方を分散させている場合だが。もしそれが真実なら、敵が集まってくる前、つまり今しか脱出のチャンスはないだろう。
もう、やるしかないだろ。
「ふぅ」
覚悟を決め、体内の魔力をジリジリと練り上げていく。
第一階梯から第二階梯相当の魔力を起こし、さらにそれを膨張させ――制御不可能な領域まで溜めて暴走させる。
発動させる魔術の属性は火だ。限界膨張を続ける魔力が炎を纏い、弾けるような衝撃と共に爆発を起こす。
縛られた手を器用に動かして靴底に忍ばせていた鉄片を取り出し、俺はそれに魔術の炎を当てた。
それからもう一つは水属性第一階梯魔術だ。
こちらもただ水を発生させるだけの初歩的なもの。
これら二つの魔術と鉄片による小細工を、両手両足が身体の後ろに縛られているのを良いことに、隠しつつ扱う。
それぞれ、単体ではあまり脅威にならない魔術であるが、知恵と工夫次第でいくらでも化けるものだ。
―――俺が起こそうとしているのは水蒸気爆発だ。
超高温に熱した物質に水が触れると、気化によって急速に体積を増し、爆発現象を引き起こす。
日本で得た知識をこちら側で簡単に再現したらどうなるか、その結果は―――
鉄片を十分に熱したあと、二つの魔術を解いてから防御魔術を発動させる。そして鉄片を水に近づけ―――その直後。
耳をつんざく爆音と共に、足元で強烈な爆発が巻き起こった。
木製の床、壁、天井、全てが粉砕され、防御魔術越しに圧倒的な熱量が伝わってくる。
「ぐぁぁああああ!?」
俺を見張っていた白仮面の男が爆発に巻き込まれて吹き飛び、反対側の壁に叩き付けられた。倒れ伏したあとは起き上がる気配がなく、恐らくは気絶したか。
一応爆発は男の反対側、壁を吹き飛ばすよう指向性を持たせた上、直前で結界も張っておいたが、その余波だけでもあれだけの威力があるらしい。
「······これは、やばいな」
風属性の魔術で縄を切断して立ち上がる。特に痛みはないが、念のため回復魔術を発動しつつ周囲を見渡し、俺は自らの所業の恐ろしさに眼を見開いた。
爆破した箇所を中心に部屋は半壊しており、吹き飛んだ壁からは外の景色が見えていた。
人がやったとは思えない圧倒的な火力。今回は制御して殺生を避けたが、やろうと思えばいくらでも殺人が出来てしまうだろう。
使い方は、よく考えなければ。
「まあ、取り敢えず逃げるか」
俺は二階の壁から飛び降りて、そそくさと逃走を開始した。
―――後に部屋の惨状を見た邪教団の一員が、ノルウィンを一流の魔術師と勘違いして追手に強力な戦士を寄越すのだが、それはまた次のお話。
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