第29話 まさかの展開

 ―――誘拐事件発生から時を遡ること三時間前、稽古場にて。





「っ、ぁ、はぁ、も、もう、無理」


 全身が悲鳴をあげている。指の1本を動かす気力すら無く、俺は稽古場の地面に寝転がっていた。


「私も、限界······もう無理よ」


 横を見ればサラスヴァティも座り込み、唯一二の足で立つのはルーシーのみ。それとて剣を杖代わりにしてふらつく足を支えている有り様だ。


「んまあ、こんなもんだな」


 俺たちを見下ろすシュナイゼルが、そう言って剣を納める。


 生き残れたら絶対に強くなれるコースとは、シュナイゼルとの試合であった。

 ルール無用での俺達三人対最強の男。

 ルーシーがいるなら一撃くらい入れられるかと思ったが、実際は最強相手に全く歯が立たなかった。

 最初に俺がダウンし、それからすぐサラスヴァティも倒され、最後に残ったルーシーが多少食い下がるものの結局は圧倒され、今に至る。


「ルーシーは及第点、サラスと坊主はまだまだ話になんねえな。特に坊主、お前が二人の足を引っ張りすぎだ」


「す、すみま、せん」


「まず坊主は体力が無さすぎる。フェイント主体の戦い方は人より運動量が増えるんだから、しっかり体力を付けておけ」


「わかり、ました」


「サラスは思い切りが足りねえよ。無意識かどうかは知らねえけど、他の二人より自分はどこか劣ってると思ってるだろ。それが剣を鈍らせてるから、一度馬鹿になってみろ」


「馬鹿に······」


「あー、ルーシー。お前は、特に無いな。このまま頑張れ」


「······分かった」


「んじゃ、また二週間後にこれやるからな。ノルウィンとサラスは、今言った課題が改善されていなければさらに特別メニューだから、覚悟しとけよ」


 そう残して、早足で仕事に戻って行くシュナイゼル。


 俺はその背を見送る事もなく、反省点をまとめることに集中する。


 シュナイゼルが言った通り、今の戦闘で一番駄目だったのは俺だ。

 最強に少しでも渡り合うため、最初から全力全開、持てる技の全てを用いた槍で攻め立てたのだが―――さっきの言葉通り、勝手にスタミナ切れを起こして動けなくなり、そこをシュナイゼルに転がされた。


 技の種類、練度、体力、何もかもが足りていない。

 今後は走り込みの負荷を上げてみるか。


「ねえノルウィン」


「どうしました?」


「さっきの私、あんたから見て何が駄目だった?」


 対シュナイゼル戦における動きを聞かれているのだろう。

 ペアを組んでから一年、サラスヴァティは時折こうして俺の意見に頼ることがある。


「剣が鈍ってると言われた事を気にしてるんですか?」


「······そうね。私は劣等感なんて持ってるつもりはないけれど、パパが言うならきっと間違いないんだもの」


「うーん、そうですねぇ」


 シュナイゼルやルーシーの剣は天性によるもの。

 俺の槍は努力と創意工夫、それからとっさの思考力によるもの。


 剣を見ただけで全てが分かるというほど俺は天才じゃないから、はっきりと明言は出来ないが。

 それでも俺が見る限り、サラスヴァティはその両方に憧れ、絶対に両立出来ない二つの要素を同時に追い求めている気がするのだ。


 だから要所で剣が迷う。


 それを伝えると、サラスヴァティは難しい顔で頷いた。


「つまり、どっちかを捨てろって事よね」


「捨てろとまでは言いません。使い分けが出来れば良い訳ですし」


「私はそんな器用じゃないわよ。うーん、そうね。少し、頭を冷やしてくるわ」


「分かりました。あ、俺午後は用事があるので、一緒に鍛練出来ないです」


「用事?」


「来週ミーシャさんの誕生日なんですよ。プレゼントを見に行こうと思っていまして」


「そう、分かったわ」


 未だに地面に寝転がる俺を置いて、サラスヴァティも稽古場を出て行った。


 残った俺とルーシーは、しばらく休憩してからそれぞれの訓練を再開した。


⚪️


 鍛練を終えたところで、俺は午後の勉強を打ち切って商業区画に向かった。

 目的はさっきも言ったミーシャの誕生日プレゼントだ。

 ミーシャ、サラスヴァティ、一応ルーシー。現在の仲間の中で最古参である彼女には、様々な場面で助けられてきた。

 それこそ彼女がいなければ、俺は未だに別館に幽閉されていたかもしれないわけで。


 そんなこんなで、素晴らしいプレゼントで日頃の感謝を伝えたいものだが―――


「······剣、でいい」


「それはルーシーが喜ぶものだろ」


「······ミーシャも、違う?」


「違うし、なんならあの人は剣持たないからな?」


「······嘘っ」


 剣持たざるは人に非ずとでも言いたそうに目を見開くルーシー。

 一応女側の意見を聞こうかと思って連れてきたが、まともな人間性のほとんどを剣才に捧げてしまったある種の馬鹿は、流石に人選ミスだっただろうか。


 ううむ、さっきの考え事云々が無ければ、サラスヴァティと来たんだけどなぁ。


 まあ仕方ない。


「······これ、重心が悪い」


 早速店に並ぶ剣にケチを付け始めたルーシーを引き摺って、俺はプレゼント選びを始めた。


⚪️


 それからしばらく、様々な店舗を巡りながらそれらしい品を探し回ったが、ピンと来るものは一向に見付からなかった。


 そこらの屋台から買ってきたであろう串焼きを頬張るルーシーを尻目にため息をつく俺。

 まあ、一日で決め切るつもりはないし、今日決まらなかったら明日また来ればいいか。


 人混みに揉まれながら移動するのも疲れるしな。


「ルーシー、今日は一旦······」


 後ろにいるであろうルーシーの方を振り返ろうとした瞬間、後頭部に強い衝撃を受けて視界が急速に濁った。


 曖昧になっていく意識。

 気が狂うような苦しさこそ無いが、どこか魔力切れにも似た感覚だ。


 俺は気絶しようとしているのか。


 意識が途切れる直前、最後に見えたのは、目を見開いて驚くルーシーの姿であった。

 何が起きたのかは分からないが、ルーシーが見ているなら大丈夫だろ。

 きっと、なんとかなる―――


⚪️


「ん、ぁ?」


 目が覚めると、見知らぬ天井が視界に映った。

 咄嗟にこの世界に来た瞬間の事を思いだし、また別世界に連れ去られたのかと不安に駆られるが、発した声はノルウィンのものであった。


「よかった」


 この身体はノルウィンで、俺はアルクエの世界にいる。

 大丈夫、これは現実だ。


 そう己に言い聞かせて落ち着きを取り戻し、それから冷静に周囲を見渡す。


 薄暗い部屋だ。埃やクモの巣がそのままになっており、手入れが行き届いている様子はない。

 窓は木の板が打ち付けられており、外の様子はうかがえない。

 ただ、外から聞こえてくる音がとてつもなく静かであった。


 王都の表通りや商業区画であれば、こうも静かになるはずはない。

 なら、ここはそれらから離れた場所にあると考えるべきか。


 いや、防音の結界が作動しているという線も―――


 ガチャ。


 俺の思考を遮るように、この部屋で唯一ので入り口が開いた。

 入ってきたのは、特徴的な白い仮面を被った長身の男。


 俺はそいつの事を知らないし、今がどういう状況なのかも分からない。

 ただ、その白い仮面には見覚えがあった。見覚えしかなかった。


「······ウルゴール邪教団」


 アルクエの全ルートで、クレセンシアを依り代として邪神の復活を試み、それを成し遂げる教団だ。

 こいつらさえいなければ、クレセンシアが死ぬことはない。


 まだストーリーははじまっていないのに、一体なぜ―――

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