第33話 貧弱なアジト

「それ、何をしてるんですか?」


 そこら辺に落ちていた棒切れでつまんだ鉄片を熱する俺を見て、男女は不思議そうに目を細めた。


「自己防衛みたいなものです。さっきの二人が戻ってきたら、この熱いのぶつけてやろうかなと」


「それはなんというか、その、独創的な方法ですね·····いや、待てよ?熱したものを風の魔術で操れば、遠くから一方的に攻撃も出来るのか。これは意外と画期的な方法かも?」


 そんな独り言を呟いているところ非常に申し訳ありませんが、これはあなた達に対する防衛手段でございます。


 帰り方が分からないから仕方無くついて行ってるけど、もし案内されたアジトには敵がいっぱいいましたなんて事態に陥ったら、これで水蒸気爆発を起こしてやるつもりだ。


 念には念を。ここでは誰も信用できないからな。


「こっちです」


 俺の警戒を知ってか知らずか、男女は何ら気負う様子もなく案内を続ける。

 足場が悪いスラム街をすいすいと進んでいるのを見るに、土地勘があるのだろう。


「そこの地面、すごくぬかるんでいるので気を付けて下さいね」


「あ、はい」


 親切なお言葉を頂戴して、何だか疑うこっちが申し訳なくなりそうだ。

 気分を変えるために、雑談でも振ってみるか。


「そういえば、アジトには風属性を使える魔術師がいるんですか?」


「何で知ってるんですか?」


 あ、やべ。逆に警戒させてしまったらしい。

 男女が俺と距離を空けた。


 元引きこもりニートオタクのコミュニケーション能力舐めんな!

 こうやって間合いを広げることも出来るんだぞ!


「い、いや、さっき熱したものを風属性で操れば~って言ってたから、風属性魔術が当たり前にある環境で過ごしているのかなと思いまして」


「······ふ、くく」


 さっきは警戒されたのに、今度は急に親しみを込めて笑いを堪える様子の男女。

 え、なに。この感情の変化は。怖いんですけど。


「どうしました?」


「ごめんなさい。何て言うんでしたっけ、腹黒タヌキ?会話から相手のことを知ろうとするのが、パパにそっくりだったから」


「もしかしてお父さんの名前、ニコラスだったりします?」


「いえ、ヨーグって言います」


 なんだ、びっくりした。

 こんなところに隠し子がいたのかと思ったわ。


「ヨーグさんもこういう会話をする人なんですか?」


「はい。さっきのはパパと話してるみたいでした」


 懐かしそうに、幸せそうに微笑む男女。そんなんだから、俺はそれが地雷と分からずに踏み抜いてしまった。


「ふふ、それならヨーグさんとは気が合いそうです。アジトで会うのが楽しみですね」


 間をもたせるための言葉。

 それを聞いた瞬間、男女の表情が凄絶に歪んだ。


「パパは、そのっ」


 まさか、もう死んでいるのだろうか。

 そう思って男女を正面から見る。


「ごめんなさい。それも含めて、アジトでお話ししますね」


 憎悪に歪んだ貌を無理やり笑顔で隠し、男女はさっきまでの声色でそう言った。


⚪️


 それから移動を続け、俺たちはスラム街の奥地へと向かって行く。


「ここら辺ってすごく治安悪いですよね」


 割れた地面、倒壊した家屋。そこら辺に血の痕や死体が転がる最悪の光景。

 あれ程の栄華を誇る王都アルレガリアの暗部にこのような地獄があると知り、俺は驚愕してしまう。


「ちょっと前までは良かったんです。でも、あの仮面の奴らが来てから、全部おかしくなってしまって」


「あいつらって最近来たんですか?」


「はい。多分、ここ数ヵ月くらいです。あいつらがこの一帯を統治する組織を壊して、全部滅茶苦茶にしたんです」


 ここら辺を統治する組織、多分スラム街で一番大きな反社会勢力とかかな。

 それがウルゴール邪教団に倒されたことで、強力な支配から脱したこの地域の治安が最悪になったと。


 なんで、そんなことをする必要があったのだろうか?


 裏社会の組織を潰すのは楽じゃないだろう。ウルゴール邪教団側から死者が出てもおかしくはない危険な策だ。


 それをする、あえて王都を乱すことでウルゴール邪教団が得をするのは―――


 ああ、そうか。


 クレセンシアを狙うあいつらが、動乱に紛れて彼女に何かをするっていうなら納得がいく。

 1ヶ月後に行われる武術大会は、建国五百年記念日と被ってて王族が民衆の前に出る時間があるからなァ。


 なるほど。


 よし。もし男女が敵じゃなければ、手を組んで奴らを潰すのに協力しよう。きっと、アジトと言うからにはそれなりの勢力であるに違いない―――


「ここです」


「案内ありがとう、ござ―――」


 ここですと指差された建物を見て、俺は自分の目を疑った。


 え?これ?いや、これ、廃墟ですやん


 目の前にあったのは、半壊した一軒家であった。雨風も防げそうにないほどボロく、今にも倒壊しそうな雰囲気だ。


「カイネ!」


「カイ姉!」


「カイネちゃんだ!」


「若様!」


 そんな廃墟(アジト)から飛び出してくる少年二人、少女一人、それから明らかに堅気ではなさそうな雰囲気の老人一人。男女のことを若様と呼んだのはこの老人だ。


 というか、若様と言ったら男だろうけど、でもカイネちゃん、カイ姉と言う人もいるし、マジでこの男女ことカイネの性別が分からないんだが。


「カイネって言うんですね」


「あ、はい。自己紹介が遅れてすみません」


「いえいえ。あの、それよりアジトの仲間ってまさか······」


「はい。ここにいる人達と、もう一人いるんですけど、それで全員です」


 いや、え、えぇ?

 それでウルゴール邪教団と戦うって馬鹿じゃないの?

 少数精鋭ならまだしも、こいつらほとんど子供じゃんか。


 あ、俺も子供か。


 それから数分後。子供達を廃墟の中に戻し、外には俺とカイネ、それからカイネを若様と呼んだ老人だけが出ていた。


「若様、本当にこやつを引き入れるおつもりですか」


「まだ分からないよ。そもそもこの子がボクたちの仲間になるかすら決まってないんだ」


「私は反対致します。先代がこのように怪しい者を内に入れたせいで、今の混乱があるのです」


「それは分かってるよ!でも他に手はないだろう?現状、あいつらと互角に渡り合えるのはボクと爺やだけだ!この子が味方になってくれれば、出来ることがグッと増えるかもしれないじゃないか!」


「それは、そうですが······しかし危険です。私や、あるいは若様と同世代ならばまだ分かります。しかしこのような幼子が、あやつらと渡り合ったのですぞ!?どう考えても危険でしょう!」


「あのー、すみません」


 俺を置いて熱中する二人の会話に首を突っ込む。


「なんだ」


 爺やの明らかに警戒する視線が痛い。敵意を隠さない分こちらも遠慮がいらないから楽ではあるが、こんなもの受けない方が良いに決まってるんだよな。


「今の会話を聞く限り、カイネさんが裏社会を治めてた組織の後継ぎって感じですよね?」


 それならカイネが見せた憎悪にも納得がいくしな。あいつらに父親を殺されているのだから。


「そうです。これからそれも含めてボクたちの状況を全てお伝えするので、その上で協力するか考えて貰えませんか?」


「分かりました」



――――――――――――――――

次回から裏社会動乱編(仮)がハチャメチャに動き出します。次の更新を楽しみにお待ち下さい。

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