第23話 決闘 前編

 翌朝、俺は爽快な気分で目覚めた。

 最高潮の状態でルーシーとの決闘に挑むため、夜中にミーシャが何度も回復魔術を掛けてくれたのだ。


「ん······むぅ」


「ありがとうございます」


 俺のベッドに上体を乗せて寝ているミーシャに礼をして起き上がる。


 オーケー、身体の調子は悪くなさそうだ。


 朝食、読書、勉強、最早日課となった鍛練をこなしてから、俺は普段より少し早く稽古場に向かった。


⚪️


 稽古場へ向かう途中、屋敷の廊下で壁に寄り掛かっていたサラスヴァティと出くわした。

 どうやらここで俺を待っていたらしい。


「あんた、本気で勝つつもりなの?」


 度々姿を確認できたし、この一週間、俺の努力をどこかから見ていたのだろう。

 問い掛けるサラスヴァティには、以前のように俺を馬鹿にする雰囲気が無くなっていた。


「当たり前です。努力して、勝ちたいって思いはいっそう強まりましたよ」


「なんでそこまでして······」


「努力が報われない事が許せないからです。俺が勝って証明しますよ。俺も、サラスヴァティ様も強くなれるって」


「ッ、あんたはあの子の本気を知らないからそんなことが言えるのよ」


「そうかもしれませんね」


「ならっ」


「なら、なんですか?」


 それで俺が諦めるとでも?

 そもそも、俺はお前よりルーシーの理不尽さを知っているぞ。


 この時期のルーシーなんてまだ可愛いものだ。

 五年も経てば、身体の成長が徐々に才能に追い付き始め、大人ですら勝てなくなる。


 その事実を知っていても、諦めるつもりはない。


 まあ、常に双子として並び立ち、比較され続けてきたサラスヴァティにそれを強いるのは酷な話かもしれない。


「これ以上はなにを言ってもお互いに納得なんて出来ませんよ」


「そうね」


「だから、結果で示します。俺たちでも勝てるって」


 それっきり俺たちの間に会話は無かった。


 ルーシーの勝ちを疑わないサラスヴァティは、どこか諦めた顔で稽古場に向かう俺についてくる。


 まあ、サラスヴァティの気持ちも分かるんだよなあ。


 この一週間、本気で槍に打ち込んだからこそ思うことがある。

 流石にルーシーはオーバースペック過ぎだろ、と。


 俺たちが丸一日掛けて何とかモノにした技をその場で模倣し、さらに改良まで施してしまうんだぞ?

 そんなもの見せられたら、流石にやる気も削がれるだろう。


 ああ、今からそんな化け物と戦うのかよ、俺。


 しばらく歩くと稽古場に到着した。

 先に来ていたルーシーが、死んだ魚のような目で俺たちを出迎える。


「······ホントにやるの?」


「当たり前だろ。昨日もそう伝えたぞ」


「······でもっ」


 ルーシーは心配そうな目で俺の背後、サラスヴァティを見つめる。


 俺が負け、その結果からサラスヴァティが努力を見限るのではないか。

 そんな不安を含む視線に、俺は自分の中で何かが弾けるのを感じた。


 なんだよ、ソレ。


 これから戦うのは俺だぞ?


 姉妹愛が深いのは微笑ましいが、この一週間血反吐を吐くほど死ぬ気で努力を重ね、覚悟を持ってここに立っている俺はどうなる?


 絶対に勝てるってか?

 天才がお高くとまりやがって。


 おい、俺を見ろよ。


「早く、始めましょう」


 有無を言わせないよう、俺は槍を構えた。


「······分かった」


「ルールは、降参するか、明らかに戦えなくなったら負けってことで。あと魔術は禁止で」


「······魔術、いいの?」


「今回はこれで勝たないと意味ないからな」


「······なら、いいけど」


 槍だけでは勝負にすらならないと言いたげな表情だ。

 すぐにその無表情をひん剥いて、ビックリさせてやる。


「サラスヴァティ様、開始の合図をお願いします」


「なんで私なのよ」


「少しでも公平性を保つためです」


「だったらコインでも投げればいいじゃない」


 なんて言いつつも、俺たちから離れて立っていたサラスヴァティが、こちらに近寄って審判らしく手をかざしてくれる。

 何だかんだ優しいところもあるようだ。


「ふぅ」


 集中しろ。

 相手は将来世界最強候補になるほどの天才。

 一手でもミスれば、速攻で詰まされるだろう。

 ミス無く、最高の自分をぶつけるのだ。


 改めて覚悟を決めて、最後に一呼吸。

 よし、落ち着いた。

 もう何が来ても大丈夫だ。


「それじゃあ、はじめ!」


⚪️


 サラスヴァティの合図と共に、俺は全力で地面を蹴り込んだ。


 前進ではなく後退。思い切り飛び退き、重ねて槍を前に構えて防御姿勢を取る。

 そうでもしなければ―――


 合図と共に踏み込んで来たルーシーに、一発で意識を刈り取られていただろう。


 下から掬い上げるような剣が迫る。

 ルーシーにとっては牽制のつもりだろうが、それすら見惚れる程に鋭い一閃。


 何とか槍で受けると、強い衝撃で両腕が跳ね上がった。


「うそ、だろ!?」


「······弱い」


 そのままがら空きの胴に木剣が叩き込まれる。

 サラスヴァティと変わらない体格、細腕でありながら、全身に迸る激痛は姉の比ではなかった。


「ぶ、ぇ、あがっ」


 肺の空気が全て押し出され、予想以上の痛みで思考が吹き飛ぶ。

 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。

 まず距離を取って、槍の間合いで、いやその前に呼吸を―――


「······遅い」


 下がろうとした足を強烈に踏みつけられ、先んじて動きを封じられた。

 そして密着する身体。槍はおろか剣の間合いですらない至近距離、一体何をするつもりだ?


「は?」


 突然身体が浮遊感に包まれ、視界がぐるりと回転する。何事か、身構える前に身体が何かに叩きつけられて激痛が響いた。


 横倒しになった視界を見て、地面に倒されたのだと気付く。

 ゼロ距離から掴み技に入り、恐らくだが投げられたのだ。


 慌てて起き上がろうとするも、踏ん張る足を容赦なく払われ、おまけとばかりに頭から強く押し込まれて再び地面に叩き付けられた。


「ガハッ」


 全身を襲う激痛に歯を食い縛りながら、俺はあまりの差に驚愕するしかない。


 ああ、やばい。


 こんなに強いのかよ。


 しかもまだ、全然本気出してる感じしないぞ。


「この、クソがァ!」


 見ろ、見ろ、見ろ!


 ルーシーは何をしようとしている!?


 起き上がろうとする俺に対し、ルーシーは死んだ魚のような目を向けている。

 一挙手一投足、全てを見透かし動きの出鼻を挫こうとする目だ。


 ああくそ、隙なんて無いか。

 起き上がることすらさせて貰えないなんて。


「······早く、起きて。勝つんでしょ?」


「ああ、そうだよクソ」


 せめて立ち上がれよ!来ると分かってれば対処できるだろ!


「卑怯って言うなよ!」


 握り締めた土をルーシーの顔面目掛けて投げ飛ばし、その隙に起き上がってーーー


「······無駄」


 顔を背けて土を頬で受けつつ、足払いできっちり起き上がりを咎めてくる。


 もう何度目かもわからない地面とのご対面に、俺は苛立ちを覚えつつ吼えた。


「くそ、立たせろよ!」


「······ノルウィンが、弱いから」


「あっそ!」


 ルーシーの足元を狙って我武者羅に振り回す槍も、地面に突き立てた剣で防がれ未達に終わる。


 遠い。あまりにも遠い。

 勝てるどころか攻撃を当てられる気すらしない。


「······もう、終わり?」


 終わりなら、楽だろうなぁ。


 そんな弱音がふと浮かび上がって来る。

 勝てない。絶対に勝てない。

 負の感情が膨れ上がって、


「ぁ」


 視界の端に、サラスヴァティが見えた。


 ルーシーの強さを目の当たりにして、瞳に浮かぶ諦念はより色を強め。

 俺に向ける視線には憐れみが混ざっていた。

 自分と同種の存在を見る目。

 そうか、サラスヴァティにとって俺は凡人で、才能という壁に跳ね返されるだけの存在なのか。


 そうか。

 これが、サラスヴァティの味わっていた気持ちか。

 だったらなおさら負けられないな。


 ―――ホントは、もう少し後に見せたかったんだけど。


「よしっ」


 寝転がりながら一人頷く俺を、怪訝な目で見てくるルーシー。

 いつでも詰ませられる、圧倒的優位から見下ろされながら、俺は今の俺が出来る全霊を賭した。


 まず左手で土を投げ、同時に片手片足で起き上がる挙動に入り、さらに投げ終えた左手で槍を突き出し、おまけにもう片足はいつでも前後に飛べるよう踏み込んでおく。


 あの日、実家を離れる俺にニコラスは言った。


『必要なのは全てに複数の意味を持たせることだ。一つの行動に一個の意味、これでは凡人の歩みと変わらない。もし君がどこまでも飛躍して行きたいのなら、全ての行動に二つ、三つ、凡人やそこらの天才を置いていくつもりで、頭を働かせなさい』


 あの言葉は、戦いにも応用が効く。

 才能で勝てないなら、俺はそっちで勝負しよう。

 一個に複数の意味を持たせるのではなく、一度に複数の行動を取る。


 さあ、どう対処するよ、天才?


 ルーシーは、飛来した土を先程と同様頬で受け、破れかぶれの突きをサイドステップで回避したが、その時点で俺は大きく後ろに飛び退いていた。


 立ち上がれた、立ち上がれた、立ち上がれた!


 最後の動きを通したということは、ルーシーは俺のフェイント祭りに対応仕切れなかったのだろう。


 それなら、まだやりようによっては勝ち目がある。


「ふぅ」


 集中を上げろ、切らすな。

 今必要なのは、情報処理能力と並列思考、それから弾き出した無数のフェイントを絶え間なく実践し続ける根気だ。


「ッラァ!」


 視線、肩、腕、足、槍、立ち位置、同時に無数のフェイントを織り混ぜつつ俺は前に踏み出した。


「·····面倒」


 ルーシーはそれらを無視することが出来ない。

 そりゃそうだ。フェイントに採用した動きは、それが成功すれば有効打に繋がる動きばかり。

 最初からフェイントと見抜いてそのまま無視するようであれば、俺はそれを本命に変えて攻める気でいる。

 だから、ルーシーは迂闊に手が出せなくなり、結果としては、


「······厄介」


 僅かに反応が遅れたルーシーが、俺の突きをギリギリで回避する。


 フェイントの類いを警戒しすぎるがゆえに、その奥の本命への気付きが遅れたのだ。


 はは、凄いぞこれ。


 通用してる。

 俺の戦い方が、作中最強候補に通用してる!


 これなら勝てるぞ!

―――――――――――――――

ルーシーが強くなりすぎたわ、、、

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る