第24話 決闘 後編
フェイントを警戒して攻めあぐねるルーシーと、自分から攻めたら確実に負ける俺。
その状態が停滞を産み、戦闘の速度はゆったりしたものと成る。
遅くなる世界。ゆえに見えてくる、天才の技。
「······ッ」
数多のフェイントを織り混ぜた構えを見せる俺に、様子見の剣を放つルーシー。
大して速くも無い、同じ体格の少女の剣が、またしても俺を吹き飛ばす。
「今度は、見えたぞっ!」
体躯に見合わない威力のからくりは、身体の使い方にあった。
渾身の力で地面を踏み込み、それで発生した力を剣に乗せているのだ。
一連の動作が異様に速く見えるのは、直前までは脱力しているから。
急加速が起こす緩急に認識がバグを起こし、実際よりも速く捉えてしまうのだろう。
はは、見えてさえしまえば、なんて事はない。
踏み込みが起点となる攻めならば―――
「······面倒」
再び攻める姿勢を見せたルーシー、しかしその足が鈍る。
俺が立ち位置を先取りして、進行方向を塞ぐことで踏み込みという択を潰したからだ。
戦闘の最中、前後左右どこにでも足を動かしてもいいわけじゃない。攻めか、守りか、視線、重心、剣はどのように持っているか―――それらの条件次第で進行方向は限られる。
後は、その時々では何が最善か、考えればおのずと答えは見えるものだ。
今はニコラスに感謝しなければ。
彼が見せてくれた思考が、日々の読書が、これだけの先読みを可能としている。
戦いの天才に思考力で食らい付けている。
とはいえ、それは食らい付いているだけ。
天才の気分次第で状況は五分、いや、それ以上に悪くなる。
「······なら、勝負」
強い踏み込みが出来ないのならばと、ルーシーは迷いなく間合いをつめて来た。
そして無呼吸で弾ける攻撃の嵐。
剣が、拳が、掴み技を狙う手が、蹴りが、至近距離で炸裂する。
決して力強い攻撃ではないが、喰らえば怯み、そこを起点に倒されるだろう。
フェイントを混ぜて、先読みをして、それだけやっても防御に専念しなければ即詰まされる程圧倒的な攻勢。
本当に、呆れるほどの強者だ。
一つずつ強みを潰していってるのに、次から次へと別の手を見せてきやがる。
「ぐっ」
「······力を込めなくても、私、強いし」
「知って、るわ!!」
振り下ろされた剣をギリギリで回避し、攻撃の後隙を槍で穿つ。
この一週間、血潮を流して磨いた技術。これは流石に効いて欲しいが―――
「だよなぁ」
受けるでもかわすでもなく、完全に見切られた上で槍を掴み取られた。
その時点で攻撃を諦めた俺は両手で槍を引き戻すが、片手で掴むルーシー相手に槍はピクリとも動かない。
その上、
「ぬおぉ!?」
引っ張る方向へ槍を押し込まれ、まんまと体勢を崩される始末。慌てて立て直そうと踏ん張るものの、その隙を見逃してくれる相手ではなかった。
猛烈な勢いで振り抜かれた剣の腹で側頭部を殴られ、意識が一瞬飛びかける。
「がっ」
「······もう、勝てない。今ので、フェイントも、慣れてきた」
「ふ、ざけ」
「じゃあ、試す?」
そう言いながら悠々と槍の間合いに立ち入ったルーシーに対し、俺は複数のフェイントを混ぜつつ槍を繰り出した。
今度はこの槍すら撒き餌さだ。
もしルーシーが槍に気を取られるようなら手放してゲンコツくらわしてやる!
「······持ち手に、こだわりがない。槍も、本気じゃない?多分、殴るつもり?」
嘘だろ!?
見抜かれた動揺で槍が鈍る。それに対し攻撃を加えるでもなく、ルーシーはただ俺を観察していた。
「······他には、もうない?」
なければ終わり、ルーシーの目がそう語っている。
「ははっ」
まさか、これ程かよ。
どんな工夫も一度見せれば対応され、素の実力勝負を挑めば才能の差で絶対に勝てない。
いや、分かっていたつもりだったけど、想像以上だ。
今の俺じゃこいつには届かない。
そして将来の俺は、もっと差をつけられているだろう。
いやあ、ほんとに、本当に―――今で良かった。
十年後じゃ、それこそ天地がひっくり返っても勝ち目なんてなかっただろう。
まだ完熟していない今だからこそ、付け入る隙が残っている。
勝てるかどうか不安だったけど、今の攻防で確信した。
現時点でなら、やりようによっては俺でも勝てる。
―――次で終わりだ。
「安心しろよ、まだあるから」
「······なら、いい」
無表情で、今日何度目かの突貫をしてくるルーシー。接近に工夫がないのは、それが必要ないくらいの実力差があるからだろう。
事実、ここまで俺は負けっぱなしだ。
「ぐっ」
「······それは、もう見た」
フェイントを織り混ぜた槍を容易く見切られ、奥に隠した本命の動きをピンポイントに剣で咎められる。
そこから弾けるように一閃、逆袈裟に放たれた剣が俺に止めを刺そうと迫り―――これを、待っていたッ!
「ぁぁぁぁああああ!!」
「······うそっ」
風を割いて迫る剣を回避せず、前進して身体で受ける。
文字通り気を失いそうな程の痛みだが、前に出て打点をずらすことで最も威力が乗るタイミングは避けている。
だから、これでは気絶しない。
「がぁあ!!」
そしてそのまま、前に出た勢いすら利用して、俺はルーシーの足目掛けて槍を叩き込んだ。
肉を切らせて骨を断つ。
完璧に避けられないタイミングで、今度こそルーシーの身体に攻撃が入る。
「ぐ、ぅ」
槍で打たれた足を庇うように立つルーシー。少女に暴力を振るった罪悪感で死にたくなるが、今はそれを抑えて戦うのだ。
「まだ、まだァ」
痛みを堪えながら、間断なく攻撃を畳み掛ける。
勝つとしたらここしかない。足という力の源を潰した今しか!
「······それ、でもッ」
ああ、そうだ。それでもだ。
これだけやっても、まだルーシーの方が強い。
でも、ここまで来たら俺の勝ちなんだよ。
いくら天才とはいえ、ルーシーはまだ六歳。
追い込まれれば余裕が無くなって焦り出すのは分かっている。
ほら、実際に、さっきまで見切られていたフェイントが通じている。
痛みと焦りで視野が狭くなっているのだ。
「まだ、アゲるぞォ!」
ここで、更にフェイントの数を増やした。
「······なん、で?!」
ルーシーが目を見開く。
これまで死んだ魚のように一切の色を見せなかったそれが、今は疑問に揺らいでいた。
「ここ、だろ!」
ようやくルーシーが見せた大きな揺らぎ。
そこへ、全力全開の槍を突き込んだ。
この槍、この一閃に全てをかける。
今この瞬間までは、ルーシーに訓練で見せていた時の実力まで抑えて戦っていた。
だがこの一突きは違う。一週間、夜中まで必死に打ち込んで、訓練から更に磨いた最高の一閃。
それすら普段なら目の前の天才には通用しなかっただろう。
だが、フェイントで乱し、足を奪い、冷静さを失わせ、更に俺の実力を誤認させたこの状況なら、届く。
「······ぐ、ぅ」
確かな手応えと共に、その一閃はルーシーを打ち倒した。
五秒、十秒。どれだけ待ってもルーシーは起き上がってこない。
完全に気絶していた。
俺が、勝ったのだ。
「はは、見たでしょう、サラスヴァティ様。これで―――」
後ろで決闘を見守っていたであろうサラスヴァティに振り向こうとして、俺は何故かその場に崩れ落ちた。
「あれ?」
遅れて全身に気が狂いそうな激痛が走り、ああ、そういえば酷い怪我をしていたような気がするな、なんて思って。
サラスヴァティの顔を見る前に、俺もまた気絶した。
――――――――――――
ノルウィン頑張った。
次回でサラスヴァティ編ラストです。
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