第25話 私の目標

 サラスヴァティにとってルーシーとは、絶対に越えられない壁であった。

 瓜二つの双子。ゆえに比較され続け、物心が着いた頃には既に敗北が当たり前になっていた。


 相当、努力はしたと思う。

 ルーシーが寝ている間、ボーッとしてる間、遊ぶ間、己はほぼ全てを剣に捧げた。

 それでも開く互いの実力差。

 ふとした時に妹が見せる剣の輝きに目を奪われ、決してそれを再現できない自分が嫌になる日々。


 父は、別に剣に固執しなくても良いのだと言う。

 きっと善意で言っているのだろう。

 才能が無いから、剣しかない人生ではいつか限界を知って絶望する。

 それを未然に防ごうとする父の視線が、痛い。


 とはいえ、一応その理屈は納得出来る部分もある。

 剣で勝てないならば、せめて他で勝ってみよう。


 そう思って、慰めのつもりで勉強に手をつけてみたこともあった。

 様々な知識を学び、それらを組み合わせて深く思考する作業。

 望んだものではないがこちらには適性があったのか、父が用意した家庭教師はその成長速度を手放しで褒めた。


 褒められ、気を良くして加速する勉学。

 気付けば同世代とは話が噛み合わなくなる程賢くなり、視線は自然と上に向かった。


 そうして直面したのは、一度目を反らした現実。


 賢く、意味を正しく解するようになり、見えなくてもいいものまで見えるようになる。


 大人から向けられる褒め言葉の中に、剣では勝てないから、あなたはこっちが優れているから、そんな気持ちが含まれていることを悟ってしまった。

 それが嫌味ならまだいい。

 哀れみ、本心から心配して、剣ではなくこっちを伸ばしなさいと、そう言われるのが一番の苦痛であった。


 きっと、自分が子供だからと、大人の機微までは理解できないからと、無意識に混ざった本音なのだろう。


 だからこそそれは、絶対に自分ではルーシーに勝てないと、誰もが思っている証拠となってしまう。


 知識を磨いても、何をしても、正しく自分を見てもらえない。

 常にルーシーと比較され、ルーシーを褒める時より小さなリアクションで褒められ、そんなもの嬉しくなんかない。


 そんなこんなで勉強がつまらなくなり、再び剣に打ち込んだ。

 やはりこちらの方が楽しいのだ。

 自分達を産んだ時に母は死んだらしく、自分もルーシーも、英雄である父の背だけを見て育ってきた。


 その背に憧れたのが剣の始まり。

 やっぱり、好きなものを追い掛けるのが一番楽しい。


 まだ弟子にはなれないけど、最近は剣筋が少し良くなったと父に褒められた。

 まあ、自分が勉強にかまけていた間にルーシーはあり得ないくらい実力を伸ばしていたけど。

 でも、あとちょっとで弟子にはなれるかもしれない。


 それを支えに、おかしくなりそうな気持ちを抑えて日々を過ごし―――そんな時だった。


『はじめまして。この度シュナイゼルさんの弟子になりました、ノルウィン=フォン=エンデンバーグと申します』


 不思議な雰囲気のガキが、私が目指す場所にズカズカと土足で上がってきやがった。

 聞けば自分達より一歳年下らしい。

 だけどそんなことはどうでもいい。

 父親が認め、弟子とした。ならばルーシーに並び立つような戦いに関する何かを持っているのだろう。


 それが許せない。

 ルーシーよりも許せない。

 だってこいつ、とんでもなく賢い目をしているから。

 自分より遥かに深い叡知を宿した瞳。

 自分と同じ土俵で自分より優れ、自分が欲して止まない才能まで持つガキ。

 嫌いだ。こいつだけは絶対に嫌いだ。


 そう、思っていたのに―――




「なんなのよ、あんた」


 サラスヴァティは、ルーシーとの決闘を終えてベッドで寝込むノルウィンを見て、呟く。


 己が諦めていた才能の壁を飛び越え、可能性を見せてくれた相手。

 血が滲むような努力を積む様は、『お前はやりきったのか?』と問い掛けてくるようであった。


 サラスヴァティが才能を言い訳にして、逃げてきた、隠してきた部分。それごと引っ剥がして、ノルウィンは勝てることを証明した。


 つまり逃げ道を断たれた訳だが、サラスヴァティはこれからのことを思うとワクワクを抑えることが出来そうになかった。

 初めて剣に触れた時に何にでもなれると思ったあの初期衝動が、再び胸の中で渦巻いているのだ。


 ノルウィンを目標に追い掛けていけば、自分はまだ上に行ける。


「仕方無いわね、約束通りペアになってあげるわ」


 寝込むノルウィンにそう宣言して、サラスヴァティはふっと微笑んだ。


 幼さゆえに、ほのかに昂っている気持ちの理由に気付かないまま。


 ―――その感情が開花するのは、まだ先の話である。






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