第22話 決闘前に
ルーシーを倒す。
そんな無理難題を抱えた俺だが、まず最低限槍の扱いを覚えなければ話にならない。
というわけで―――
「ルーシー、槍を教えて欲しいんだけど」
「······いいけど、たぶん私、槍は得意じゃない」
俺が知る限りで最高の槍使いに師事することにした。
俺の師匠はシュナイゼルだが、彼が仕事で家を空けている今、頼りになるのはルーシーだけだ。
それにしても、得意ではなく、しかも初めて手にした武器でアレか。
本当に嫌になる差だなあ。
―――それを今から努力で越えてやるのだ。
⚪️
「······違う。もっと、力抜いて」
「こう?」
「······それも違う。ほら、もう、変な癖ついてる」
「マジ?」
早速槍の構えを見て貰うが、ここ数日の癖が既に身体に染み付いてしまっているらしい。
まずはそれの矯正から、というわけで徹底的に構えの練習。
ルーシー曰く、俺の身体は柔軟性に優れているらしい。
その一方で、この国で騎士が好む型は、剣や槍に限らず全ての武器において、主君の盾と成るための堅牢な構えが多いという。
死なずに守り、相手を倒し切る。そのどっしりとした固い構えは体格に勝る者が使えば強いが、俺みたいなタイプには合わない。
「······固さは、捨てて。折角身体が柔らかいのに、味消しになる、だけ」
難しい話だ。
ただ型を極めれば良い、というわけでもないのだから。
個人に合った最善の動き、これはゲームでは触れられてこなかった事だ。
何回、何十回、ひたすら槍を構え、突く。
ただの反復練習に見えるが、全霊を賭して挑めばその流れに一度として同じ動きはない。
前回の突きは何が駄目だったか。
今回はどう身体を動かすのか。
軸足、踏み込み、腰の回転で体重を乗せ、腕は伸ばし切るのか、あるいは少しゆとりを残すのか。
同じ突きでもその種類は千差万別。
サラスヴァティが自分に合うステップを模索していたように、俺もまた訓練の中で最善を探す。
まあ、俺の場合はサラスヴァティより楽だ。何せ見本があるのだから。
脳裏に浮かべるは理想。
ルーシーが見せた珠玉の一突き。
脱力から力を解放、超加速と共に放たれたあの一閃をなぞるように―――
「こう、か?!」
数百回の試行を経て、槍を持つ手が僅かな手応えに震えた気がした。
「······少しだけ、良し」
「よっ、しゃあ」
周囲で俺の鍛練を見守っていた騎士たちも、感嘆の声を漏らしているのが聞こえてくる。
達成感が胸を満たす。
汗水を一滴まで絞り尽くした身体は限界を迎えて崩れ、俺は地面に大の字に転がった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁっ」
見上げる青空のなんと美しいことか。
いつか槍で、この突き抜けるような蒼空すら穿ってみたい。
―――ははっ。
この胸の高鳴りが、戦士の初期衝動ってやつかな。
この熱に呑まれたら戦闘狂になるのかもなぁ。
「······明日もまた、やる」
「当たり前だろ。むしろ、今からやりたい気分だ」
今の感触を忘れる前に、一刻でも早く身体を動かしたい。
しかし、本当に限界まで追い込んだ身体は、槍を振れる力が残っていない。
じゃあどうするか。
寝る?休憩する?まさか。
俺は水を飲みながらゆっくりと起き上がり、側に控えるミーシャを呼んだ。
「無理だけはしないで下さいね」
俺を労るように優しく言葉を投げ掛け、ミーシャは数冊の書籍と羊皮紙、羽ペンを渡してくる。
俺はここまで運んできた椅子に座りつつそれらを手に取り、早速勉強を始めた。
まずは羊皮紙に今の訓練の感想や得た気付きを書き込む。
文字を書くようになってから分かったことだが、俺は自分の意見を文字にまとめることで、さらに一段深い理解を得るタイプの人間らしい。
だから、片手で本を読みつつ、もう片方の手と分割した思考の一つで、羊皮紙に文字を書き殴っていく。
「······なに、これ?」
うん。
稽古場に机と椅子を用意して勉強し始めたらおかしい奴だよな。
しかも本を読みながら文字を書くとか奇行だと思う。
横から覗き込んでくるルーシーは眉を潜めていた。
「今の鍛練の復習をしながら、槍について詳しく記した書籍を読んでるところ」
「······それ、頭に、入る?」
「最初は無理だったけど、何ヵ月もやり続けたら入るようになったよ。たまに混乱するけど、今じゃこうして会話をする余裕もあるしな」
「······なるほど」
興味深そうな顔で頷くルーシー。
え、待って?真似はしないでね?
天才が凡人の努力までやりだしたら、いよいよ俺に勝ち目がなくなるからさ。
そうして身体的疲労が回復するまでは勉強や魔術の訓練を続ける。
これも、ただ闇雲に行っている訳ではない。
身体が動くようになる頃に精神的疲労が限界まで溜まるよう負荷を掛け、無駄なく鍛練の内容を切り替える。
一秒でも無駄は作らない。
俺は、多分身体を動かす才能は人並みだし、今は中身のアドバンテージで神童っぽく振る舞っているが、いずれ脳みそも人並みに落ち着くだろう。
だから無駄は省く。
最短最速で、強くなるのだ。
⚪️
ルーシーと共に1日の鍛練を終えたら、また鍛練が始まる。
むしろここからが本番だ。
ルーシーと戦うのに、彼女の指示通りに学んで伸びたのでは勝ち目がない。
あの天才の想定を超えて強くならなければ、俺の槍は届くことなくへし折られる。間違いなくだ。
だから、夕方から夜にかけて、ルーシーも見ていない時間に、昼で得た学びをさらに昇華させるために槍を振るう。
俺だって悔しいのだ。
アルクエでは何度も涙した。
サラスヴァティが報われないシナリオだって、当然見てきた。
夢破れ、諦めた瞬間の虚しさ。
槍の楽しさに気付いてしまったからこそ、それを味わって欲しくないと思う。
「ははっ」
まだ、まだ、まだ、まだ、もっともっともっと!!
限界を迎え、それを気合いで押し退けて限界を越え、足に力が入らなくなっても片手で槍を支えに、もう片方の手で槍を扱う。
そして気絶する直前、しっかりと無駄なく魔力切れを起こすまで魔術を発動させて、ようやく俺の1日は終わった。
そんな日々を一週間程続け、決闘をする日がやってくる。
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