第171話 死闘

 邪神の眷属は、邪神から溢れ出した力を元に生まれる化物だ。その誕生には自然発生と人為的な発生の二パターンが存在するが、今回は間違いなく後者だろう。


「はぁ……はぁ」


 逸る戦意を抑えて冷静に敵を見据える。  


 邪神の切れ端程度とはいえ眷属は脅威度が高く、初登場するのは物語序盤のラストとなる。その頃のアーサー達は同世代なら最強格で、全世代と比較してもかなり強い。

 そんな状態でも苦戦を強いられるのが眷属なのだから、俺が挑戦するにはまだ早いだろう。


 普通に劣性。少しでも間違えれば即座に殺されるような相手だ。


 しかし――


「なるほどな」


 俺の今後を占うならこれ以上の適役はいないとも言える。眷属に跳ね返されるような実力ならこの先はないだろう。


 アルジャーノは、俺が当たり前に勝てるか、勝てないなら今ここで成長するか、どちらかを求めているはず。


 いいぜ。この世界に来てからの三年間が無駄じゃなかったことを証明してやる。


 戦意を滾らせて槍を構えると、呼応するように眷属から放たれる存在感が膨れ上がった。


 ――来る。


『■ッ!』


 鈍重な甲冑姿からは想像も付かない速力で眷属が駆ける。蹴り込んだ地面、弾けた土が落ちるより先に蹂躙される間合い。一瞬の後、漆黒の剣が眼前で振り抜かれていた。


 周囲の兵士を置き去りにした接近だが、シュナイゼルの速度域を見慣れている俺はそれを捉えている。


 武器をかち上げて隙を作る狙いで、下段から槍を鋭く振り上げ――するりと嫌な手応えがして、槍が半ばから切断された。

 剣速は衰えないまま死が首元に迫る。


「まず!?」


 咄嗟に首を傾けて致命傷を回避し、さらに風属性魔術を発動。自らを爆風に晒し、吹き飛ばされることで間合いを稼ぐ。


 台風のような風に乗って視界が目まぐるしく回る。それでも何とか体勢を整え、柔らかく膝を用いて着地の衝撃を殺し、ようやく落ち着くことが出来た。そして即座に眷属の方を振り返って――


 ――斬。


 視界に迫る死の一閃。俺の着地点を予測した眷属が、なんと先回りして剣を振り被っていた。


 着地狩り、しかも風属性魔術を使った直後を狙ってくるかよ!


 ハイアンのオリジナル魔術と身体強化を併用している俺が扱える魔術は、追加で一個が限界だ。しかも平時のように連発は出来ない。処理能力の大半を前二つの魔術の維持に当てているからだ。


 ゆえに今この状況は、あらゆる動作が不自由になる着地中、しかも魔術を使えない絶体絶命の危機と言えた。


 さあどうする俺。


「はっ」


 なんて、悩む訳がない。


 魔術が駄目なら槍があるだろうが。半ばから折れていようが槍は槍。短槍と思えばそれだけで無数の選択肢が生まれるのだ。


 これまで積み上げてきた修練、身体に染み付いた武の一つを出力する。


 全力で脱力し、ゆらりと、柔らかく槍を構える。半端な体勢かつ無力な構えによる受けだ。眷属の怪力ならば容易く押し潰せるだろうが、


『■!?』


「ありがとさん」


 こちらを叩き潰さんとする圧力の方向に逆らわず、それを急角度で受け流しつつ身体を旋回させる。そして受け流した力を保ったまま一回転、敵の威力に速力と遠心力をを加えたカウンターを放つ。 


『■ッ!?』


 確かな手応え。見れば漆黒のオーラの内側で甲冑が僅かに砕けていた。

 敵の驚愕が伝わってくる。とはいえダメージはほとんどないらしい。あるのは痛みではなく、格下に一発食らわされたことへの純粋な驚きだ。

 敵と自分の力に遠心力を加えても、掠り傷で精一杯ということか。


 やはり武での戦いは不利だろう。


 カウンターの直後、最後っ屁の力で甲冑を蹴りつけた。これは攻撃ではなく反動で距離を取るための動作だ。


 今度こそ追撃は無く、少し離れてようやく落ち着くことができた。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 不味いぞ。


 ハイアンのオリジナル魔術と身体強化の同時発動だけでも全身に強烈な負担が掛かっている上、さらに魔術を発動させているせいか、もう身体が不調を訴えている。


 極限の戦闘は精神的にも苦しいし、長時間は戦えなさそうだ。


 甲冑を僅かに損傷させた分、相手も窮地に近づいていればいいが――


『……』


 眷属の全身を覆うオーラが肥大化して損傷部に集中する。ジュウ、と焦げるような音がして欠損が修復された。


「やっぱりか」


 これが邪神にも共通するこいつらの厄介な所だ。


 頭を飛ばしても人間の心臓がある位置を貫いても、あるいは武器を失わせても、次の瞬間には何もなかったように再生してくる。


 こいつらを唯一沈黙させる方法は、死ぬまで殺し切ることのみ。無尽蔵の再生力が尽きるまでぶっ飛ばし続けるしかない。


 はは、こっちはもう疲れ始めてるのに、そっちはまだまだってか?


 ……カーン。


 甲高い音がして、先ほど切り飛ばされた槍の半分がようやく落下してきた。


 あれからまだ数秒しか経過していない。それはにわかに信じがたいことだった。


 さらに――


『■■ッ!』


『■■……』


『■■■■■』


 新たに複数体の眷属が周囲に生み出される。どいつもこいつも黒いオーラを纏った甲冑姿。つまりコレと同じ強さを持っているということだ。


「はぁ」


 不幸中の幸いで、新手は周囲の兵士に殺意を向けている様子だが……事態はさっきより悪化している。


「はぁ」


 シュナイゼルの到着を待つなんて悠長なことは言ってられない。誰かの助けを求めているようじゃ、この世界では何も得られない。


 クレセンシアを助けるんだろ? だったら今、アルジャーノが用意した脅威くらい容易く越えてみせろよ。


「はぁ……」


 浅く息を吐き出して脱力する。フェイントを織り混ぜた俺の戦い方にとって固さは不純物だ。


『■ッ』


 再び迫る漆黒の巨影。見上げるほど大きな甲冑が、その体格を活かした大振りの一撃を放つ。


 まともに受ければまた槍を失うだろう。さっきの攻防で理解したが、あの速度感の中で武器を失うのはかなり不味い。


 ならば踏み込め、恐れるな。


「ッ!!」


 直撃どころかかすっただけで致命傷になるであろう斬撃を、足捌きだけで回避する。目と鼻の先、風圧で前髪が揺れる程近い距離で剣が通過した。


 そうして攻撃の後隙を晒した甲冑の胴体部分に、全力の槍を突き入れ――


『■■……』


 眷属はその身を斜めに構えることで、俺の槍を胴体で受け流した。全力を空かされた俺もまた体勢を崩す。これでどちらも隙だらけ。先に復帰するのはより優れている方となる訳だが、


「だよなぁ」


 眷属は人外の身体能力によって無理やり上体を復帰させつつ、同時に剣を振り放つ。狙いは当然俺。斬撃は首を跳ね飛ばす軌道を描いている。


「アホ」


 だから俺は容赦なく眷属の足元をぬかるみに変えた。軸足を取られたことで緩んだ斬撃を見送りつつ、敵の足ごとぬかるみを固める。一瞬後にはバキバキ音を立てながら引き抜いていたが、その僅かな時間稼ぎで十分だった。


 ハイアンのオリジナル魔術と身体強化による超速移動で距離を取る。そして、


「オ、ラァァア!!」


 ごっそりと魔力が失われる感覚。身に纏う青電がバチバチと弾ける。眷属の真上で空気が歪む程の力が集中し――それは耳をつんざく轟音を奏でて降り注いだ。


 輝きはほんの一瞬。カッ、と視界に焼き付いた青白い落雷は、大木のような太さであった。


 雷に直撃した地面が弾け飛び、辺りに広がった土煙が眷属の姿を覆い隠した。


 今ので倒れてくれればありがたいが、まあそこまで楽観視はしていない。


 風属性魔術で土煙を散らす。その中にいた眷属は、甲冑の右半身を溶解させながらも、まだおぞましいほどの存在感を保っていた。


 そして、熱や破壊、爆発で混ざった周囲のチリなどを全て無視して、まるで逆再生するかのような光景と共に欠損を修復させていく。


 あと何回殺せば終わるのか。


 耐えろよ、俺。殺して殺して、殺し切るまでの持久戦だ。体力も魔力も多い方だろ。これまでずっと鍛えてきただろ。


「はぁ。くそ、ああもう!」


 ああいいよ!こちとらクレスたんが死ぬ原因のお前らには殺してもまだ足りないくらい恨みがあるんだ!


 俺のストレス発散に付き合って貰うぞこのクソが。それにこういった強い相手じゃないと試せない戦い方だってある。


 折角現れた稽古台だ。やれること全部試して、お前っていう存在をとことん利用させて貰う。


『■ッ!!』


「うるせえ」


 彷徨をあげて突っ込んできた眷属に取りあえず落雷を直撃させてから、俺は再び生成した槍を構えた。




――――――――――――――――――

落雷はとてつもなく消費魔力が多いので、この先の戦いを見据えてるノルウィンは多用しません(火力は最強だけどね)(クレスたんの敵を前にキレてて簡単に二回目使っちゃったけどね)

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