第170話 真の脅威

 ようやく戦争に一段落が着いた後。俺は新たに部下となったジェイド達と共にアルカディア王国軍本陣へ戻った。


「「「「シュナイゼル! シュナイゼル! シュナイゼル!」」」」


 アルカディア側は誰も彼もがアイザックを討ち取った英雄の名を叫ぶ。敗戦濃厚を覆しての勝利、その分大きくなった感情の触れ幅が、兵士に激しい興奮を与えているのだろう。


 オブライエンの部下であった者達までもが、今は悲しみを押し殺して喜びを露にしている。


 けれど、勝利を喜ぶにはまだ早い。


 アルジャーノの仕掛けが終わっていない。あれほどの人物が戦争の裏で暗躍していたのだ。下手をすればアイザック以上の脅威が待ち受けていたっておかしくはないだろう。


 仕掛けてくるなら、こちらが勝利に浮かれているまさにこの瞬間だろうか?


 どこだ? 何が起こる? 俺はどうすればいい?


 ほんの僅かな異変も見逃さないように、視界、音、匂い、魔力、全ての感覚を周囲への警戒に向け、しかし勝鬨の声に集中を妨げられる。一旦本陣を離れて落ち着くべきだろうか?


 ――そこまで考えた瞬間だった。


 周囲の喧騒など関係ないほど強烈な感覚が、突如として全身を襲ったのは。

 重たく、冷たく、纏わりつくような粘着質な害意が辺り一帯を覆う。


「ッ」


 気付けば一歩後退りしていた。咄嗟に足を戻そうとしても動かない。全神経を注ぎ、クレセンシアを救う覚悟を再認識して、ようやく逃げようと後ろに引いた足を戻すことが出来た。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 本能的な恐怖が際どいところで理性とせめぎあっている。アイザックの時ですら何とか戦う覚悟を持てたのだから、この恐怖の発生源はそれ以上に危険な存在というわけだ。


 予想はしていたけど、実際に直面すると心が折れそうになるな、まじで。


「な、なんだこれは!?」


 焦った声に振り返ればジェイド達が狼狽えていた。さらに周囲を見渡すと、さっきまで勝利の興奮に包まれていたはずの本陣全体が、未知の恐怖で静まり返っている。


 全員が感じているなら、これは俺の勘違いではない。


 ああ、そうだ。これは現実だ。アルジャーノの仕掛けがようやく発動したんだ。


 いいぜ、越えてやるよ。何が来たって負ける気はない。


 地面から槍を精製し、ハイアンのオリジナル魔術である雷を纏い、身体強化を施し、今の俺が出来る最強の状態で敵を待つ。


 それからどれだけ経過しただろうか。1分か、1時間か、あるいは1秒か。


 極限の緊迫で間延びした体感時間の中、ひたすら待ち続ける。


「ぐぁぁぁぁあ!?」


 やがてどこからか悲鳴が上がった瞬間、纏う雷が俺の体を人間の限界を超えた速度でそちらに向かわせた。


 そこでは――


「はは、マジかよおい」


 禍々しい漆黒のオーラを纏った黒い甲冑が、アルカディア兵を剣で刺し貫いていた。


「ぁ……が、ぁ」


 心臓を穿たれた兵士がゴミクズのように放り捨てられる。血にまみれた剣を構えた甲冑は次の標的を俺に決めたのか、強い殺気をぶつけてきた。


「ハハ」


 その姿には見覚えがあった。というより、忘れるはずがない。


 邪神の眷属。


 邪神に連なる、人類の明確な敵だ。


 一体どんな敵が待ち構えているのかと疑問だったけど、まさかコレが用意されていたなんて。


 まあでも、ウルゴール邪教団が邪神の力の一端を用いて眷属を生み出すのは、ゲーム内ではよくあることだったか。


「ああ、そっか、お前らか」


 直前まで抱いていた恐怖は既に消えている。


 怖いからどうした。逃げたいからどうしたクレセンシアを殺すやつらが、目の前にいるんだぞ。


 戦う理由はそれだけで十分だ。


「■■■■■ッ!!」


「うるせえ。死ね。てか殺す」


 クレスたんを害する奴は皆殺しだ。



 アーサーはリリアナと共に都市の大通りへ向かっていた。


「すごい人がいっぱいだね」


「せんそうでジュヨウ?がふえたんだってよ」


「ジュヨウってなに?」


「ほしいものとかひつようなものだって。シスターが言ってた」


「ふうん――うわぁ!?」


 いきなりアーサーに引っ張られたリリアナが大きく前につんのめる。立ち直って文句を言おうとしたリリアナだったが、その横で玉突き事故のように人が大勢転ぶのを見て口をつぐんだ。


 アーサーがいなければ確実に巻き込まれていただろう。もし下敷きになってたら、死んでいたかもしれない。


「あ、ありがと」


「ひとがおおくてあぶねえんだからきをつけろよな」


「う、うん」


「はぁ。でもなんでシスターもこんなときにおつかいなんてたのんだんだよ」


 無数の人で溢れ返った大通りを見通して、アーサーは大きくため息をついた。


 自分達を孤児院で育ててくれるシスター。理知的な育ての親がこの危険を先読み出来ないとは思えない。


 だというのに幼い子供二人だけでお使いに行かせたなんて、まるで何か目的があるみたいな――


「なんだ?」


 アーサーは異様な寒気を覚えて咄嗟に身構えた。


 全身を舐め回されるような粘着質な悪意。憎悪の剣を全身に突き立てられるような殺意。


 何が起きているのかは全く理解できないが、ただひとつ、とてつもなく不味いということだけは分かった。


 逃げなければ。逃げなければ。逃げなければ。


「あ……れ?」


 あまりの恐怖で縫い付けられたように足が動かない。今も異様な存在感は膨れ上がり、周囲の人々も混乱しつつあるというのに。1秒も無駄に出来ないというのに。


 それでもアーサーは動くことが出来なかった。


「アーサー?」


 ようやくリリアナも異変に気付いて、不安げな顔でアーサーにすがった。大人達が混乱に陥る状況で出来ることはそれしかなかったのだ。


 ただ、幼馴染みに頼られたことで、アーサーはようやく心を奮い立たせることができた。


「リリアナ!にげるぞ!」


「え、わかった!」


 大人達の間をするすると抜けて走り出す二人。


 しかしその逃走はあまりにも遅すぎた。


「――――――えっ」


 膨れ上がる存在感。思わず振り返ったアーサーが最後に見たのは、爆発的に広がる漆黒の炎が大通りを中心から飲み込んでいく光景だった。








―――――――――――――――

ちょっとやらなきゃいけない作業があって、更新が遅れてしまいました。

今後も作業が続くので、しばらくは更新頻度が落ちると思います。

やる気がなくなったわけではないです。むしろ滅茶苦茶あがってます。

ただ色々と忙しいので、そこら辺理解してもらえると助かりますです。


ではでは。

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