第169話 一難去ってまた一難

 アイザックを討たれたメルトール王国軍が選んだのは、撤退ではなく全面的な降伏だった。


 たった一人で戦況を覆す戦場の王。それを失うのはきっと想像以上の絶望感なんだろう。

 俺もガルディアスとシュナイゼルが死んだ後に戦えるかと言われたら、無理と答えるに違いない。


 大将軍とはそれだけの存在なのだ。

 その上で大将軍に次ぐ実力者であったフィエーロまで殺されているのだから、彼らが立ち上がれなくなるのも頷ける。


 ――ようやく、ようやく終わったのか。


「はぁ」


 拮抗状態が続いた数日、それからオブライエンと共に戦場を駆け、最後は新旧の時代が交わり、シュナイゼルが勝ち残って、ようやくの今だ。


「疲れた。もう何もしたくねえ」


 どっと疲れが押し寄せて、思わずその場に座り込んでしまう。戦場のど真ん中で無警戒過ぎる気はするが、メルトールは降伏したのだから問題ないだろう。


 今もシュナイゼルを中心とした軍勢が、対メルトール用の警戒陣を敷いているのだし――いや、それは違うか。


「はぁ、くそ」


 アイザックがあまりに強大過ぎて忘れかけていたが、まだこの戦いは終わってないんだ。


 裏でアルジャーノが暗躍しているなら、このまま平和に終わる訳がない。


 どうなる? 何が始まる? それとも俺たちが知覚出来ていないだけで、既に始まっているのか?


 再び警戒心を持って周囲を観察する。するとこちらに近付いてくる数人を確認できた。


 アルジャーノの手先にしては存在感に欠ける者達だが、取り敢えず戦闘態勢を取って待ち構え――


「お怪我はございませんか」


「あ、はい」


 老兵で構成された数人が俺の前で跪く。まるで主にそうするかのように。


「我らジェイド隊、オブライエン様より最後の命を授かっております。主亡き後はあなた様を主君とし、全霊を賭して仕えよと」


「いや、えっと……」


 もしかして敵じゃない? 少なくとも殺気や敵意は感じないし、というかこの人達は都市の方で目にしたことがあるし。


「す、すみません。ちょっとまだ冷静になれていなくて」


「謝る事はありませぬ」


 いや、その、えっと。


 この人達の言葉に嘘がないなら、オブライエンは残していた部下を俺に引き継いだのか?


 シュナイゼルの後に大将軍となるのが恐らく俺だから、その一助と成ったと考えれば自然だけど、でもまさかここまでしてくれるなんて。


 オブライエンから見た俺は、シュナイゼルが連れてきた生意気なガキなんだぞ?


 俺の人となりや生い立ちを取っ払って、純粋な能力を評価してくれたのかな。


 まあ、そこまでしてくれるなら、俺としては答えるしかない。


「分かりました。オブライエンさんと比べたら劣る主となりますが、これからよろしくお願いします」


 こうやって少しずつ受け継いで、流れを大きくしていくのかな。


 でも俺の最終目的はクレセンシアを救うことだから、もし大将軍への道がそこと繋がらなかった時は恐らく――


 俺に忠誠を誓う老兵を前にして、抱くのはどうしようもない罪悪感だ。


 人生をかけた主の最後の命令を、俺は無碍にしてしまうかもしれないのだから。


 けれどその感情を圧し殺して、今は力強く立ち上がった。


 今するべきは安堵を抱くことでも罪悪感に苛まれることでもない。次の戦いに備え、アルジャーノが用意した試練を乗り越えるのだ。


○○○








「シュナイゼルは以前よりずっと強くなってたし、アルマイルとかいう狐女も魔術を極めてた。全部君の予想通りになったねえ、ヴェルドラ」


 遠くの丘から戦場を見下ろす人影が二つ並び立つ。


 その片割れである道化姿の男――アルジャーノは、黒い仮面を指でなぞって薄ら笑いを浮かべる。


 彼が言葉を向けたのは、隣に立つ黒衣を纏った人物であった。


 全身のシルエットを隠す衣装、ご丁寧に頭まで深くフードを被り、顔の部分は漆黒のオーラで包み隠されている。


 唯一分かるのは長身であることと、仲間であるはずのアルジャーノすら警戒させる人物であるということのみ。


「そうだな」


 オーラに遮られた声は機械音のように不快な音色で響く。ヴェルドラはさらにアルジャーノへ言葉を放った。


「しかしここからが本番だ。フィエーロとアイザック。そしてこの戦いで散った命を糧に――」


「邪神の眷属を産み出す、ねえ。ようやく僕たちの大敵、その指先くらいの脅威をあいつらに知らしめてやるわけだ」


「ああ」


「それにしても不平等だよねえ、うん」


「なにがだ?」


「いやさ、ほら」


 アルジャーノは眼下の戦場を見下ろしてせせら笑いを深める。その馬鹿にする表情は、裏にある何かを押し隠す仮面のようであった。


「アイザックにフィエーロ、どっちも時代を担えるだけの人材だったのにさあ、その二人と多くの死を足しても眷属を出すので精一杯って。馬鹿げてないと思わない?ねえ?」


「当然だ。。王族と戦士は違う」


「ま、優れたる血筋の集大成みたいなものだしね、王族って。その中でも突然変異みたいに優れた王女だからこそ、器になれるってわけで。ま、無駄話はこれくらいにして、さっさと始めようか。せいぜい頑張ってよ、この時代には期待してるんだからさァ」


 ノルウィンが二度訪れた別世界で、フェイルと名乗る青年が守る大扉。その奥から漏れ出た禍々しい瘴気を指先に浮かべたアルジャーノは、それを戦場――ではなくここから遥か遠くのアウシュタット要塞都市目掛けて放り投げた。


 次なる地獄が待ち受けるのは、アルカディアクエストの主人公であるアーサーが住まう都市内部である。


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