第78話 一回戦を終えて

 武術大会本線の初日が終わり、選手も観客も帰って閑散とした闘技場のアリーナ。


 そこに立つガルディアスは、気難しい顔で何やら考え事をしていた。


「ああいたいた、探しましたよ閣下」


「シュナイゼルか。どうした?」


「俺じゃ捌けない案件が来て。閣下のサインが必要なんですわ」


「なるほどな。すぐに向かおう」


 部下の頼みを聞いてすぐに歩き出すガルディアス。

 アリーナは試合中でなければ何もない場所である。わざわざこんな所まで来て何をしたかったのか。

 気になったシュナイゼルは歩きながら問うた。


「閣下、さっきまであそこで何してたんですか」


「強さを計っていた」


「強さ?子供たちのですか?」


「ああ。昼間に見た試合、それからアリーナに残る情熱の残滓からな。今の子供は本当に強い」


「そりゃあ、そうでしょうよ。どいつもこいつも天才ばっかで、凡人がいたと思えば頭おかしいような努力で天才に追い付いて。俺の時よりも平均値は上がってんじゃないですかね、多分」


 前の代が鍛えて身に付けた実力や、積み上げたノウハウが次の世代の基本になる。次の世代は先代が育んだ全てを土台として更なる高みを目刺し、さらにその次はより高く、その次は―――そのようにして、戦士のレベルは年々上昇し続けている。


 しかし、それにしたって今年はあまりにも異常であった。


 ルーシー、リーゼロッテ、レイモンド、ノルウィン、サラスヴァティ。

 いずれもが、過去どの時代に生まれついても輝ける一等星になれる存在。それが五人、同じ時代に現れたこの状況。


 偶然か、何か意味があるのか。


「シュナイゼル」


「はい?」


「以前から俺が口にしている仮説は覚えているか」


「あー、今から十年前後で大きな戦争が起きるってやつですか?」


「それを言い始めたのが一年前だから、正確には九年前後だがな。それだ。もし、もしだぞ?今日飛翔した若き彼らが戦場に出たらどうなると思う?」


「そりゃ、アルカディアの快進撃が続いて、他国を落としまくって―――」


 言葉の途中、シュナイゼルは目を見開いて立ち止まる。


「そうだ。アルカディアの先にある小国を落としていけば、大国ロンダルキアに行き当たる。もし戦乱の世となれば、全面戦争すらあり得るかもしれない」


「いや、流石にそりゃあ、ある、かもなぁ」


 同じ時代に生まれ落ちた幾つもの星。そして不安定さを増していく世界情勢。まるで何かの意志が働いているような状態に、シュナイゼルはハッと笑って牙を剥く。


「シュナイゼル?」


「んなこたァ、させねえよ。俺の可愛い娘たちに血みどろの世界大戦なんて絶対に見せねぇ」


 未来の大将軍が確約され、既にガルディアスに近い実力を持ちながらもさらに右肩上がりで強くなり続ける男。

 彼は世界を前にしても一歩すら引かない。

 もしルーシーやサラスヴァティが戦場に参加する運命があるとしたら、そうなる前に戦場を荒らし回って全てを叩き潰せばいい。

 それが出来るだけの力を、彼は備えつつあった。


⚪️


「ただいま戻りました!」


 自室に戻ると、ミーシャは回復魔術の教本を読み込んでいるところであった。

 扉の開閉音を聞いたミーシャが顔を上げて笑う。


「あれ?今日は疲れて無いんですね?」


「一回しか戦ってないので。それもかなりいい感じで勝てたからって感じです」


「ふふ、勝ち上がったんですね。おめでとうございます。明日は私も応援に行きますから」


「本当ですか!?」


「はい。たまたま仕事でお休みを頂けたので」


 ミーシャが来てくれるなら下手な事は出来ないぞ―――って、あ。


 明日の対戦相手はレイモンドじゃん。下手な事どころか普通に負けるかもしれない相手じゃん。


「どうしました?」


 いきなり固まった俺を見て首をかしげるミーシャ。


「いや、明日の相手が、とんでもなく強いんですよ。優勝候補で。この前話した友だちなんですけど」


「そうなんですかっ。それは、気合いを入れて応援しないとですね。ファイトですよ、ノル」


 ビシッ、と。ミーシャは右こぶしを突き出して俺を励ます。


「勿論です。負けるつもりなんてありませんから。というわけで、帰ってきて早々ですけど、ちょっと訓練に行ってきますね」


「もうですか?」


「はい。今日、本線出場者数人で合同訓練をしてきたんです。ちょっと気付きというか、修正すべき点が見つかったので今のうちにやりたいなあと」


「そう言うことでしたら私も一緒に行きますよ。聞いて下さい、私、また新しい回復魔術を覚えたんですから!」


「本当ですか!?そしたらぶっ倒れたらお願いしますね」


「任せて下さい!」


 ミーシャを連れ立って稽古場へ向かい、俺は明日への最終調整をすることにした。


⚪️


 稽古場に辿り着くと、既にサラスヴァティとルーシーがいた。


「あんたも来たの?」


「はい。ちょっと確認したいことがあって」


「ふうん。あ、ミーシャさんこんばんは」


「私は使用人ですから、もっと砕けた口調で構いませんよ?」


「なんか、そう出来ない雰囲気があるのよね。ルーシーもそうじゃない?」


「···分かる。大人の女性、て感じ」


「えぇと、私、まだ十代なんですけど」


 困り顔で呟くミーシャだが、サラスヴァティたちはいつまでも話を続ける気が無いらしく早速鍛練に移っていた。


 サラスヴァティが攻め、ルーシーが受ける形での模擬戦闘。昼間に得た感覚のまま剣を振るうサラスヴァティは、以前より格段に強くなっていた。


 切り、払い、突き、体捌き。何一つ応用はない。全てが基礎で構成された初歩的な剣技。しかし単純な技でも、組み合わせ次第でいくらでも化けるもの。


 サラスヴァティの剣への理解の深さが生み出す、多彩な技のコンビネーション。それがルーシーを苛烈に、的確に攻め立てる。


「······甘い」


 しかし、ルーシーはそれらを全て見切っていた。

 技と技の繋ぎ目、僅かな空白を縫うように鋭く剣を突き入れる。慌てて回避しようと身をよじるサラスヴァティだが、ルーシーが見てからの回避が間に合うような甘い一撃を放つはずがない。


「ぐぅ」


 無情にも鳩尾を抉る剣先による突き。刃引きしてあるとはいえルーシーがそれなりの威力で放った剣は、サラスヴァティを容易く戦闘不能にした。


「ぁ、ぐ、ちょ、つ、つよ、すぎ」


「······ごめん。ノルウィン。お願い」


 俺でも良いけど、回復魔術はミーシャの方が上手いんだよなぁ。


 俺はミーシャに頼んでサラスヴァティに回復魔術をかけて貰う事にした。

 そしてそれから、今度は俺が自らを追い込む番だ。


 槍を構え、脳内でレイモンドをイメージする。

 神速の天才。初速から最高速度に至り、相手を翻弄する天性の槍。


 あれを産み出しているのは全身がバネ仕掛けの身体と、特殊なステップだろう。地面を抉るように、大きく溜めを作るように踏み込む一歩が、とてつもない爆発力を生んでいるのだ。


 最速の槍使い。厄介極まる相手だけど、最悪アルマイル流の改良を加えた身体強化を施せば勝てる。

 しかしそれじゃ長期的に見た時に意味がない。槍だけで圧倒できるくらい強くならなければ、これから先の強者に太刀打ちできない。


 まあ、本当に危なくなったら容赦なく魔術を放つけど。


「防ぐなら足だよな」


 レイモンドが踏み込もうとする場所を先取りして、加速という選択肢を潰すのだ。絶対に速度に乗らせてはいけない。俺が、俺の領域で勝つ。


「ふ、は、は、はっ!」


 槍を構えたまま高速でステップを踏んで動き回る。数十、数百と足を動かす作業。その中に一つとして同じ動きはない。


 レイモンドを封殺する動きはどれだ。どれが有効だ。


 並みの動きは対応されて即座に踏み込まれる。やるなら徹底的に、まだ、まだ、まだっ!


 極限の集中状態。握る槍と、視界に入る正面、それから足の運動以外の全てが意識から抜け落ちていく。


 もっと速く、もっと巧く、深く、深く、自分の底に潜り込むような感覚。


 やがて周囲の音すら聞こえなくなって―――


 あ。


 これ、は。


 視界が、またしても僅かに広がる。

 あの時食事会で得た全能感が、今の俺を満たしていた。


 槍が冴え渡る。


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