第77話 未来への布石
「やったわ!見てた?ねえ見てた!?」
試合を終えたサラスヴァティが満面の笑みで走り寄って―――
「わ、ちょっ!?」
全速力で俺に抱き着いてきた。
受け止めた瞬間の衝撃で倒れる確信を抱き、慌てて土属性魔術を発動。地面から伸ばした石材を支えにして何とか堪える。(勿論ちゃんと直す)
「凄かったのよ!どうすれば良いのかが勝手に思い浮かんできて、出来ることがたくさん増えて、凄かったの!」
「そ、それは良かったです······あの、とりあえず離れません?」
「んふふ、いやよ!」
えへへとだらしない笑みを浮かべたまま、俺の胸にグリグリと頭を擦り付けるサラスヴァティ。
うん、まあ、気持ちは分かる。
自分が強くなる感覚って、とてつもない全能感と多幸感で一時的に頭がぶっ飛んじゃうんだ。
今のサラスヴァティはまさにその状態なのだろう。だから仕方無いんだけど、さぁ。
「······私も、やる?」
「やめろ。マジでやめろ」
ただでさえ周囲の貴族の視線が痛いんだよ!
サラスヴァティと言えばアルカディアに王の剣ありとまで言われるバルトハイム家の長女だぞ!?男児がいないバルトハイム家は、分家から次の当主を据えるかそうじゃなきゃサラスヴァティの旦那さんが未来の当主になるんだよ!!
だから!そんな重要人物に抱き着かれてる俺へのヘイトがすげぇんだよ!!
お前まで抱き着いてきたら視線に殺されるッ!!
ヤバイ。シュナイゼルの弟子だとか、国王に言葉を貰ったとか、そういう次元じゃない。この明確な好意とも受け取れるハグは、色々と社交界的に不味い。
ああもう、引き剥がせないしさぁ。
くそ、後で絶対に弄ってやる。
○
「~~~ッ!!」
案の定、正気に戻ったサラスヴァティは頭を抱え、顔から首まで真っ赤に染めて恥ずかしがっていた。
「凄かったのよ!(裏声)」
「や、やめて!それやめなさい!」
「んふふ、いやよ(裏声)」
「ああああああああもう!」
その場で座りながらジタバタと暴れるサラスヴァティ。さっきの仕返しで声真似をする俺は、最高の気分でそれを見つめている。
「······ノルウィン、意外とドS?」
「いや、さっきのは誰だって仕返ししたいだろ」
「······確かに。ハッ、思い付いた」
納得した様子のルーシーが、ふと顔を上げて目を輝かせた。
「今ので思い付く事なんて絶対にろくでもないから黙ってろよ?」
「······そういうの、友達、減るよ?」
いやだから、あんたは俺を罵倒する時だけ語彙力上げたり生々しい事言ったりするのをやめてくれ。
「くくく、うぬ等を見ていると退屈せんなぁ」
「ふ、くく、あはっ、あははっ。大丈夫だよ。僕はノルウィン君の友達だもん」
何故かリーゼロッテとレイモンドは上機嫌だし、まあいっか。
「さんきゅーな、レイモンド。まあ次の試合は遠慮しないけど」
「ぼ、僕だってしないよ。友達だからこそ本気でやるもん」
「ああ。明日はよろしくな」
「ふふ、そうだね」
自然とレイモンドと拳を突き合わせる。俺たちは互いに笑みを浮かべていた。
地球では友達なんていなかったから分からないけど、レイモンドはそう呼べる存在なのかな?
「······男の友情?」
「そうなのかしらね」
「妾たちも女の友情とやらをやるか?」
「······断る。それなら、バッタと、親友になる」
「くくく、不敬罪を恐れぬか?」
「······あなたは、さみしがり屋。私と少し、似てるから」
「ふん。知ったような口を利いてくれる」
ルーシーとリーゼロッテがなにやら神妙な顔で言葉を交わす。多分、恵まれ過ぎたが故の悩みなんだろうなぁ。競える相手がいないなんて、俺には理解できない話だ。逆に隣のレイモンドは少しだけ共感してそうな表情。
そしてサラスヴァティは―――彼女の顔を見て、俺は考えるより先に口が動いていた。
「サラス。後で一緒に訓練しない?さっきの感覚を忘れる前にもう一回やっといた方がいいだろ」
「······ぇ、あ、そうね。そうするわ。ていうか今すぐやるわよ!今ここにいるのは、その、ちょっと恥ずかしいし」
俺と同様、二人の会話を理解できずに置いていかれていたサラスヴァティが俺の提案に笑みを咲かせる。
「······それなら、待って」
「ん?どした?」
「······そろそろ、私の試合、だから」
「じゃあそれ終わったら皆でやるか」
「妾も参加するかのう」
「じ、じゃあ僕も!」
その後、当然のように一回戦をルーシーが圧勝し、俺たちは全員二回戦進出を果たしてから合同で訓練を行うことにした。
○
―――サラスヴァティ、ルーシー、レイモンド、そしてリーゼロッテ。全員が成長すれば国内外に強い影響力を持つことになる人材である。
今の年長者達がいなくなった後は、成長した彼らが国を代表する看板となるのだから。
それが仲良く一つに集まったグループは、既に社交界でも無視できない力を持っていると言える。
そんなグループの中心にノルウィンがいるという事実はあまりにも大きい。現時点で彼は既に多くの貴族からの注目を集めていた。
シュナイゼルの弟子であり、アルマイルの手も掛かっている六歳時。どうやって近付き、友好な関係を持つのか、あるいは打算で結び付くのか。
水面下で様々な意図が張り巡らされていく。
訓練のために貴賓席を立ち去る直前、自らに向けられた視線に気付いたノルウィンは、薄く、誰にも気取られないように笑った。
(良い感じに煮詰まってきたなぁ)
何が煮詰まってきたのか。それは権力者の渡りを経てクレセンシアに近付くという計画だ。
ノルウィンが持つサラスヴァティやレイモンド達への感情は嘘ではなく、本心から大切な仲間だと思っている。彼らが窮地に陥れば自分が危険に晒されてでも助けに行くだろう。しかしそれとは別に、彼には明確な目的があった。
全ては、クレセンシア救済のため。
――――――――――――
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