武術大会本選
第74話 本選開始
「あーあ。おもんないなぁ」
武術大会の初戦開始を待つアルマイルは、手元に集まった賭け札を見てため息をこぼす。
対戦カードはノルウィン=フォン=エンデンバーグ対ライアン=フォン=アイゼンブルク。
事前オッズはほぼ十ゼロでノルウィン優勢。
本選出場をしている時点でライアンも世代のトップ層だが、予選を無双したノルウィンには勝てないというのが大衆の予想であった。
「ま、ノル坊が負けるわけあらへんし」
槍は一流、魔術は超一流、思考力も抜群。さらには昨日、シュナイゼルと自分しか気付いていないようであったが、僅かに『こちら側』に踏み込んでも来た。
最早並の天才など相手にならない。負けるとしたらシュナイゼルの双子の妹の方か、リーゼロッテくらいだろう。
「さあて、どうやることやら。ワイも給料ぶちこんだんやし、負けたら困るで?」
狐顔の女魔術師は、手元で賭け札を弄びつつ笑う。
○
「ライアン君、頑張って」
レイモンド=フォン=アイゼンブルクは、試合に向かう分家筋の兄貴分に声を掛けた。
「俺、勝てると思うか?」
「頑張れば、勝てると思う」
「そうか」
弟弟子の不馴れな優しさを受け、ライアンは悔しげに笑った。
きっと目の前のこの天才は、自分がノルウィンに勝てないと思っているのだ。
(分かってるさ。それくらいは)
レイモンドが剣を握るまではアイゼンブルクの星と言われ、周囲の期待を背に彼は育った。歴代のアイゼンブルクと比較しても劣らない才能とたゆまぬ努力。間違いなくライアンは強者であり―――しかしそれを後からぶち抜いたのがレイモンドである。
ライアンの四つ下。まだ六歳ながら負けなしを誇る最速の天才。
そんなレイモンドよりも評価の高いノルウィンに、自分程度が勝てる訳がない。
そう、分かっているのだ。
自分は選ばれし存在ではない。レイモンドやノルウィンのように、はじめから強さを約束された人間には、勝てるはずがない。
「あーあ。一回戦からこれって、運悪すぎだろ」
対戦相手が元凡人であると知らぬまま、彼はアリーナへと向かう。
○
一回戦第一試合開始の指示を受けてアリーナに向かうと、そこには既に対戦相手がいた。
俺より体格に優れた年上。恐らくは十歳かそれに近く、武器は剣を握っている。
「よろしくお願いします」
「おう。よろしく」
降り注ぐ歓声と視線。観客の意識はほとんどが俺に集まっている。予選のようにそれに気圧されることなく、俺は無言で槍を構えた。向こうも剣を構える。
これはクレセンシア救済への第一歩目だ。絶対に負けられない。負けてはならない。
槍を握る手に力が宿る。この手で好きな人を救うのだ。
『一回戦第一試合、開始!』
そして試合が始まった。
合図の直後、先手を取ったのはライアンであった。素早く踏み込むと、剣気鋭く牽制の一撃を放つ。基礎に忠実な剣。コンパクトな振りだが―――
速い、な。
体格差、身体能力の差でそれは俺にとって十分すぎる脅威になっていた。向こうもそれを承知で斬撃を放ったのだろう。
六歳の俺を倒す策として、スペック差でゴリ押す方法は悪くない。
だからこそ、
「ッ!」
俺は、剣に勢いが乗り切る前、技の出鼻を槍で抑えた。そこから槍で剣を絡め取り、大きく外に弾き飛ば―――
「させるかよ!」
そうとしたところを、腕力で無理やり引き戻される。純粋な力比べではやはりこちらが劣るらしい。
くそ、これだから六歳の身体は厄介なんだ。
即座に作戦を変更。歩法と槍捌きにフェイントを織り混ぜ敵を過剰に警戒させ、その間に一度距離を取って体勢を立て直した。
「ふぅ」
多分、手段を問わなければどうとでも倒せる相手だ。しかしこれから先に多くの強者が控えているため、出来るだけ手札は隠しておきたい。
弱めの身体強化で無理やり押し込むか?それくらいの力なら晒してもいいだろう。
そう決めて身体強化を発動しようとした瞬間、ライアンが空の手をこちらに向けてきた。
まさか。
「《風の精霊よ―――》」
敵が紡ぐ詠唱に思わず俺は目を見開いた。どうやら目の前の敵は風属性魔術を扱えるらしい。
他にどんな技があるかも分からない。これは、下手に長引けば思わぬ失敗をするかもな。
少し様子を見て実戦になれるべきかと思ったけど、やっぱり遊びは無しだ。すぐにでも終わらせよう。
身体強化を軽く発動させ、俺はさっきまでを遥かに凌ぐ速度で地を駆けた。目を剥いたライアンが慌てて魔術を中断して剣を振るが、あまりにも遅い。
高速旋回させた槍で剣の持ち手を殴打し、ライアンが痛みで取り落とした剣を遠くへ蹴り飛ばす。
「終わりです」
そして首筋に槍の穂先を突き付け、俺は試合終了を宣言した。数瞬遅れて審判が俺の勝ちを決定し、こうして一回戦は終わった。
―――――――――――――――――――
とあるゲームをやっていたのですが、可愛いと思ってた女の子が序盤で死んでめっちゃショックを受けました。ノルウィン、お前こんな気分だったのか。
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