第178話 最悪の展開

 時間の流れを遅くする魔術と、超絶技巧とも言える体術によって、俺は一時的に眷属と対等に渡り合う力を手にしていた。


『■■■ッ!』


 大剣を振り被らんと敵が力んだ瞬間、膝をバネのようにゆったりと曲げる。


 斬撃が放たれたのと、膝で溜めた力を開放したのはほぼ同時。純粋な速度は敵が大きく勝るがその差は魔術で埋め、結果俺は眷属に先んじて宙を舞っていた。


 一瞬で敵を殺せる相手を前に、宙に浮かぶという絶大なる隙を晒す愚行。俺にはここから挽回する術が分からない。しかし俺の中に埋め込まれたナニカは、それを知っているらしい。


 未知なる知識に導かれてこの身が躍動する。


『■■■■ァァァ!!』


 重力に従って落下を始めた俺目掛け、眷属は横薙ぎの斬撃を振り放った。まるで豆腐を砕くように壁面を粉砕しつつ迫る一撃は、どう見ても人が受け切れる威力ではない。


 だから、受けない。


 ストン、と。時間にしたら瞬き一回より遥かに短い刹那、俺は横一文字に振り被られた大剣の上に着地していた。


 膝をクッション代わりにした柔らかい着地。極限まで衝撃を減らし、しかしそれでも消し切れぬ威力に足元を取られる。俺は剣の上でバランスを崩し、倒れかけ、


「まじかよ」


 そこで思わず驚愕で声が漏れた。


 なんとこの身は大剣の腹を一蹴りし、倒れる方向へとさらなる加速を加えたのだ。それは体勢を崩したなどという生易しいものではない。大剣の勢いに蹴りの威力、そして身体の捻りを加えてその場で一回転しーー


「……」


 振り向き様に叩き込む強烈な一撃。敵の威力すら吸収したカウンターが炸裂した。


『■■ッ』


 爆発のような衝撃音を奏でて敵の甲冑が砕け散る。すぐさま再生が行われるが、ダメージが通っているのは確かであった。総合力では遠く及ばずとも、突出した武と魔術で十分に抗えている。


「ぐ、ぁ、が」


 一連の攻防を終えて僅かに緊張が緩むと、全身に想像を絶する激痛が迸った。思考が飛び、意識が消えかけ、しかし次の瞬間には無意識に発動した回復魔術で正常な状態に戻される。


 そうして再び身構えればーー


『■■■ッ!!』


 視線の先で既に眷属が動き出していた。一瞬たりとて落ち着く暇はないらしい。


 咆哮と共に突き進む眷属が、足元の石畳を巻き込むようにして大剣を強く切り上げる。砕かれ、大剣によって射出される石畳。その一つ一つが弾丸となって迫り来る。


 それらを丁寧に避ける時間はない。かといって大きく回避する余裕もない。そんな隙を晒したら最後、この身は眷属の大剣に切り潰されることとなるだろう。


 ならばどうするか。


 俺は体内の魔力を大雑把に練り上げた。精密な魔力操作は必要ない。制御に割く一瞬の時間すら致命傷となる。


「ラァッ!!」


 前方に巨大な水壁を生成し、それで飛来する破片をすべて受け止める。


 銃弾が水中では一メートルも進めないように、水はただそこにあるだけで鉄壁の防御と化す。下手に強力な魔力を放つよりよほど便利な魔術と言える。


 弾丸の嵐を防がれた眷属はお構いなしに突撃を続行してくる。まあそうだろう。不死身かつ無限にも等しい再生能力。恐れるものはなにもないはず。そもそも恐怖心があるのかすら怪しい。


 こんな化物にどうやって勝てばいいのか。


 あの世界で与えられた力で、なんとか生き延びる事は出来るようになった。しかし強くなれななるほど、眼前の化物が天井知らずな強者であることに気付かされてしまう。



 どれだけの時間が経過しただろうか。


 自分では倒せないから、なんとか粘って増援を待つという生存に全振りした攻防。


 一撃受けるごとに身体が軋み、回復魔術で治すも誤魔化しきれぬ痛みが徐々に蓄積していく。


 精神は限界であった。一瞬でも気を抜けば殺されるし、気を抜かなくても死ぬし、痛いし、もう帰りたい。何でこんな事をやっているのか。ミーシャさんの膝枕で眠りたい。


 シュナイゼルやガルディアスは何をしているのか。まさか彼らまでやられたのだろうか?気付けば即座に援護に来てくれるだろうに、それがまだということはーー


 なんて、嫌な予感が胸を過った時だった。


 敵の攻撃を紙一重で回避しながら、距離を取るために大通りを全速力で駆け抜けていた刹那。


 俺の視界が、あり得ない光景を捉えたのだ。


「おい!おきろよ!しぬな!」


 焼け野原となった大通り。瓦礫と死体で地獄絵図となったその一角に、アーサーがいたのだ。良かった、まだ生きてた。そう思って彼のことをもう少しよく見てみて、


「は?」


 彼の腕の中で、どう見てもアーサーの幼馴染である、この世界のメインヒロインであるはずの少女が、全身に火傷を負って意識を失っていた。


 混乱は一瞬。アーサーの幼馴染、リリアナが瀕死でいる様を見て、俺は脳裏に邪な考えが浮かんでしまった。


 ここで見殺しにすれば、クレセンシアを害する人間が一人減るのではないか?


 リリアナはクレスたんを死に追いやる者の一人だし、少女が死ねばアーサー陣営の弱体化にも繋がる。


 将来、この二人が敵となるのであれば、今ここで死んでしまった方がマシだろう。ここから逃げるついでに、俺を追いかけてくる眷属の注意もアーサーに引き付けてしまおうかーー


 いや、それはないか。


 ふと思い出すのはルーシーとサラスヴァティ。本来であればアーサーの仲間になる少女たち。

 あの二人は俺の介入によって、既にストーリーとは異なる未来を歩み始めている。


 それと同じことをこの二人にもするのだ。


「アーサー!」


「あ、ぇ、おまえ、ノルウィン」


「ぼさっとすんな! そこから離れ……ッ!?」


 眷属が超常的な加速で間合いを詰めて来る。回避は不可能。瞬時の判断で俺は迎撃体勢を取りーー直後、至近距離で弾ける怒涛の連撃。


 迫る無数の斬撃、その全てが必殺の一撃である。当然受けは通じない。しかし回避する余裕もない。ゆえに、敵の威力が最高潮に至る前、技の出足を全力で撃ち落とすことで、なんとか致命傷を重傷、重傷を掠り傷に抑える。


「くそ、誰かいないのか!? 誰でもいい、何でもいいから俺達を助けろよッ!」


 あまりにも他力本願な叫びに思わず笑いが飛び出そうになる。必死に積み上げた力は未だに半端で、窮地において役に立たない未熟者。


 ーーけれど、努力によって繋がった縁、人の思いまでは偽物ではなかった。


「死ね!」


 鋭い風切り音と共に飛来した矢が眷属にぶち当たる。


「あなたは……確かオブライエン様の」


「我が主が最期にお前を生かしたと聞いたッ!!」


 鎧を身に纏った老兵が再び弓を引き絞る。彼だけではない。ぞろぞろと、十数名の老兵がこの場に展開する。


 彼らは皆オブライエンの部下だった者たちだ。全員ではないが数人見覚えがある。


「ならば我らの為すべきことは一つ。お前たち、ここで死ね!」


「「「応ッ!!」」」


 ある者は弓を、ある者は剣を、槍を。眷属を相手取るにはあまりに貧弱な老体で立ち向かっていく。


 突然の敵。それも自身に強烈な殺気をぶつけてくる集団の登場に、眷属の注意が俺から逸れた。


「小僧! 僅かだが時間を稼ぐ! その内に逃げろ!!」


「はい!」


 なんでともありがとうとも言わない。彼らが助けたのは俺であって俺ではない。きっと、俺を通してオブライエンの遺志を支えたいだけなのだ。


 最古参の仲間なら半世紀ほどオブライエンに仕えていたはず。その主を失った彼らは、最期に主の願いを守り、そして主の元に行きたいのだと、なんとなくそう思う。


「アーサー!」


 後方で弾ける戦闘音。金属同士の衝突音、罵倒、悲鳴、肉が弾ける音。急速に命が失われていくのが分かる。


 それを背に俺は未来の英雄の許まで走った。


「の、ノルウィンっ、リリアナが、リリアナが」


「分かってる! どの道ここじゃ回復もできないだろ! 動かすからお前も手伝え!」


「わ、わかった!」


 震えるアーサーを怒鳴りつけてなんとか言うことを聞かせる。そうしてリリアナをそっと支え、俺達は急いでその場を後にした。










 辿り着いた先は少し離れた路地裏だった。まだ一分も経ってないのに、もう戦闘音は止んでしまっている。


 魔術で気配を薄めてはいるが、いつ眷属に気付かれるかと思うと落ち着いて息も吸っていられない。


「な、なあ、これからどうすればいい?」


「黙って見てろ。取り敢えず回復魔術を掛けるからーー」


 そう言って魔力を練り上げようとした俺の視界の端に、あり得ないモノが映り込んできた。


 いや、冷静に考えればあり得なくはないのだろう。だってそうだ。これだけの戦闘があるのに、シュナイゼルたちがこっちに来てくれない理由は、そう多くない。


 彼らが負けてしまった、とか。あるいは別の場所でも無視できない戦闘が起きている、とか。


 もし後者だったとして、現状における無視できない相手がいるとすれば、それは、


『■■■っ!!!』


 眷属において他ならない。


 路地裏の曲がり角から、黒い甲冑が2体、こちらに向かってきた。


「普通の個体なだけまだマシかよ。アーサー。リリアナを見てろ。秒で終わらせる」


 

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