第179話 天才の片鱗

 迫り来る眷属より遥かに速く、俺の振り被る剣が眷属の頭部を切り飛ばした。無論即座に再生、戦線復帰してくるが、その都度足を、手を、頭部を切断し動きを止める。


 ーーこんなもんか。


 さっきまで死闘を演じていた敵だが、あの世界でフェイルと名乗る青年に超常的な力を渡された今、ただの眷属ならば俺の相手ではなかった。


「す、げぇ」


 背後からアーサーの声が漏れ聞こえる。ちらりと振り返れば、幼い目はぎりぎりだが俺の動きを捉えていた。


 どっちがすげえだ。


 自らを限界まで鍛え上げ、さらにズルまでしてようやく辿り着いた領域。それをただの子供に視認されるなんて……これだから才能は理不尽なんだ。


 そんな苛立ちをぶつけるように、手前の眷属の足を切り落とし、倒れてきた所にさらに斬撃を叩き込んだ。


 数十の致命傷を経てようやく沈黙する一体目。二体目の頭部と脚部を切り離し、さらに遠くへ蹴り飛ばすことで僅かな時間を確保してから、俺はアーサーの方へ後退した。


「お、おい。あいつもたおしたのか?」


「いや、すぐまた再生してくる」


「じゃあなんでーー」


「うるさい。いいから手を出せ」


「え、」


 狼狽えるアーサーの手を取り、即座に回復魔術を発動させた。目的な俺自身の疲労回復と、それからこの魔術の発動行程をアーサーの身に直接叩き込むことだ。


 直接触れ、間近で魔力の流れを見せ、体感させることで、半ば強引にこの魔術を習得させる。でなければリリアナを助けることが出来ないだろう。


 なにせ俺はまだ戦闘にかかりきりだから。


 頼むぞアーサー。お前の才能を信じての策だ。これが駄目ならーー


「これを、リリアナにやればいいんだな?」


「分かってんじゃん。できるか?」


「"やる"」


 力強く頷いたアーサーの目に迷いはなかった。俺の手を離れた少年が魔力を震わせる。


「ーーは、ハッ」


 出来るとは思っていたがーー、まさかここまでとは。


 俺が教えたのは基礎的な回復魔術だというのに、アーサーが発動させたのはそれより遥かに高難度な術であった。


 術の難度、使用する魔力量、発動の手際。どこを見ても並の魔術師を超えている。アルマイルの弟子たちですらこう上手くはいかないだろう。


 リリアナの傷が急速に癒えていく。これなら大丈夫だろう。俺は確かな安心を得て、再び眷属へと向き直った。


「アーサー、よく見とけ」


「お、おう」


「いずれこいつらよりもっと強い敵とも戦うことになる。そん時は俺じゃない。お前が周りを守るんだ」


「ーーッ」


 だから今は見て学べ。今は駄目でも、1年後はわからない。お前なら出来るだろ。


 はぁ。結局、アーサーも成長させることになっちまったか。まあ仕方のない流れだったとは思う。これからはこいつらも味方になるよう立ち回ればいいのだから。


 それが難しいって話だけどさ。


 アイザックを模した眷属に追われている現状、無駄な時間は一秒も取れない。故に最短最速の撃破が必要となる。


『■■■■ッ』


 縦一文字に振り下ろされる剛剣に対し、俺は片足を後方にスライドして半身となった。動作で言えば僅か一歩の回避行動。極限まで無駄を廃したが故に、即座にカウンターへと移行することが出来る。


 まず敵の剣をその持ち手ごと切り飛ばし、次に頭部を深々と切り付け、さらに返す一撃で胴を袈裟懸けに断つ。トドメに落雷を叩き込めば、圧倒的な蹂躙に倒れ伏す眷属はそのまま沈黙した。


「リリアナはどうだ?」


「ぇ……あ、たぶんだいじょうぶだけど、これ、だいじょうぶか? 俺、わかんなくて」


 倒した敵からリリアナに意識を移す。見れば全身を覆う火傷は順調に回復している。これならば一命は取り留めたと言って良いだろう。


「大丈夫だ。そろそろ移動するぞ」


「わ、分かった!」


「リリアナを背負って走れるか? 出来るだけ急ぎたい」


「俺は平気だけど、リリアナは……」


「こんだけ治ってれば平気だ。とにかく急げ!」


 今は多少のリスクより速度を重視したい。さっきから無性に嫌な予感がするのだ。


 アイザックを模した眷属がいて、眷属の通常種と普通にエンカウントする現状。敵が今の二体だけだとは思えない。


 もしこの都市全体に奴らが出没するようなことがあればーー


 そんな懸念を抱きつつも、アーサーと共に都市内部を駆ける。目的地は司令部。あそこなら十分な戦力があるだろう。


 そう思って、路地裏から大通りに飛び出した俺の目に飛び込んできたのは、予想していた中で、最も最悪な光景だった。


『■■■■ッ!!』


『■■■■■■』


「く、くるなぁ!!」


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 逃げ惑う一般人とそれを追う眷属たち。殺意溢れる剣が閃く度に血肉が弾け、断末魔が耳をつんざく。


 軍人や衛兵の姿も散見されるが、そもそも一対一で勝ち目がない上に、市民というハンデを背負った状態では戦いにすらなっていなかった。


 勇敢に立ち向かった所で、転がる死体が一つ増える程度だ。


「お、おい。どうすんだよこれ…」


 アーサーが縋るように言葉を漏らす。しかし俺は現状を打開する術を持っていない。


 俺一人が生き残るならばまだしも、アーサーと未だ目覚めぬ少女を守りつつ戦う余裕は流石にない。


 よしんば僅かな時間を稼げたとして、アイザックの個体に発見されればその時点でお陀仏だ。


 せめてあと数人、協力者がいればーー


 そう思った俺は近場の兵士に声を掛けた。悲壮感漂う兵士は慌ててこちらを振り向き、そしてそこにいた『子供三人』を見て表情を歪める。


「ガキが邪魔すんな!! 足手纏いだからあっち行ってろ!!」


「んな、おまえーー」


「アーサー、やめろ」


 これが真っ当な反応だろう。この極限状態で子供を頼れる大人がいるわけがない。


 今動いてくれるとしたら、オブライエンの部下くらいなものだろう。彼らならあるいは、主の遺志をついだ俺の意見を尊重してくれるかもしれない。


 戦場をざっと見渡してそれらしき姿を探してみる。ほとんど蹂躙され尽くした光景だが、僅かに眷属の侵攻を押し留めている場所があった。


 先頭に立って戦うのは、老兵からなる精鋭部隊。間違いない。あれがオブライエンの部下だ。はは、なんだよやるじゃんか。俺達の邪魔をしてくれた時は鬱陶しかった実力も、味方になればこんなに心強いものなのか。


 俺達が急いでそちらの方へ向かうと、こちらの接近に気付いた老兵の一人が声を上げた。


「シュナイゼルの小僧か!」


「状況は!?」


「最悪も最悪よ。現場の指揮系統は死んでおる。本部もどこまで機能しているものか……」


 彼は部下に指示を飛ばしながら、こちらにそう述べた。


 苦悶を浮かべるその表情が戦況の悪さを物語る。戦力が整っているここですら防戦一方なのだから、その他がどうなっているかなど考えるまでもないだろう。


「シュナイゼルさんたちはどこにいるんですか?」


「さあな。この状況ならどこかで足止めされているのかもしれん。先ほど向こうで派手な戦闘音がしたのは聞こえたが……」


「向こうですか」


 老兵がちらっと視線で示したのは、俺がアイザック型の個体から逃げてきた方向。まだあいつが追い付いて来ないのは、シュナイゼルたちが交戦しているからか?


「ああ。それでお前はどうするつもりだ?」


「そうですね……」


 ちらっと戦況を見渡す。明らかに劣勢であった。指揮を取るこの老兵の判断は決して悪くないが、とはいえ最善手でもない。


 その上決断と指示出しに時間が掛かりすぎている。


 恐らくだが本来は指揮官ではないのだろう。上が死に、繰り上がり的に組織をまとめることになったのだと思われる。


 オブライエン派は、もう多くは残ってないからな……。


 オブライエンの散り際を思い出す。自らを捨て、俺に未来を託して逝った英傑。僅かな期間ではあったが、俺は彼の戦いぶりを直ぐ側で見ていた。


 一切の無駄を廃した指揮や、淀みのない思考と即座に策を実行する行動力は、俺が目指すべき理想像だと思う。


 アイザックという圧倒的な個を相手に、自らの命を無駄なく使い切って勝利を繋いだ背中に、どこか憧れすら抱いた。


 今の俺はどこまでやれる?

 これから俺はどこまで行ける?


 この老兵たちがオブライエンの部下だったからこそ通用する策が一つある。俺が優秀であればハマるであろうーー


「失礼します」


 すっと、右手の指を交差させ、その手を見せるように腕を振るう。まず老兵が目を見開き、次に前線を維持する者たちが震えるのが見えた。


 老兵以外は誰一人として反応しなかった。しかし反応した者たちの変化はあまりにも大きい。


「俺がオブライエン様の代わりになります」



 現場の指揮をとっていた老兵はそのサインに目を見開いた。


 この状況、このタイミング、敬愛するオブライエンであればそうするであろうというハンドサイン。それを手繰るはまだ幼き少年である。


「俺がオブライエン様の代わりになります」


 何を馬鹿なことを。彼は素直にそう思った。いくら主が遺志を託した少年といえど、それは未来の可能性を含めた話である。


 この戦場でただの子供に出来ることなんて無い。これだけの地獄を見てもなお折れずに戦意を見せたことは嬉しいが、その無謀を後押しするつもりはなかった。


 可能性があるからこそ、今は逃がしてでもーー


「なっ」


 しかしそんな思いは、二つ、三つと示されるサインによって、完全に引っくり返った。


「これは、オブライエン様の……」


 まだ粗はある。判断は遅く、とても完璧な策ではない。しかし部隊を動かすサインの出し方に、確かにオブライエンの思考を感じたのだ。


 ーー彼らはオブライエンの忠臣である。


 完璧でなくともそれに近い指示を受ければ、後は体が勝手に動く。数十年オブライエンに仕えた積み重ねが、不完全な策を実行に移させるのだ。


 ノルウィンの指示通りに部隊を動かせば、それまで劣勢だった戦線が僅かに拮抗状態へ、そして優勢に変わっていく。


 心が燃える。主は間違えていなかった。この少年は間違いなくアルカディアの未来を背負って立つ存在だと、少年に使われて初めて実感する。


 かつて破れた、オブライエンを大将軍にするという夢が、にわかに熱を帯びていく。

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