第12話 父上ぇ!

 エンデンバーグ男爵家に戻った俺を待っていたのは、騎士達による手厚い歓待であった。

 剣を抜いて俺を包囲する数人の騎士。

 仮にもこの家の男児が帰ってきた訳だが、これでは敵を前にした反応に等しい。


 それでも実力行使に至らないのは、隣にシュナイゼルがいるからだろう。

 十年後の世界では、自他共に認める世界最強の男。

 今も、ただ立っているだけで、余人を寄せ付けぬ威圧感がある。


「こりゃ何とも―――坊主、やっぱり訳有りか」


「隠す気しかなかったと言いますか······その、すみません。言ったら弟子入りを断られるかと」


「ハッ、別に構わねえよ。弟子の茶目っ気を許すのも師匠の器量ってやつだろ。んでどうすんだ?無理矢理押し通るか?」


 そう言ったシュナイゼルが視線を周囲に向けた瞬間、騎士達の間に動揺が走った。

 戦う覚悟を決めた彼らと、未だ平静を保つシュナイゼル。それでこうなるのだから、両者の差は呆れるほどに大きいのだろう。

 俺では想像も付かないくらい。

 とはいえ、このまま戦いになるのは流石に不味い。

 それくらいはこの世界に無知な俺でも分かる。


「その必要はありません。 父上と話があります。今すぐ繋いでいただけませんか」


 故に、一歩前に出て口を開く。

 注目をシュナイゼルから俺に向ける。

 彼らの意識、そこに乗る圧を全て受け止めるのは辛いが、そうも言ってられないのだ。

 これからが、シュナイゼルの弟子になれるかの正念場なのだから。


「それは出来かねます」


 ―――予想通り、一番偉そうな騎士に断られた。


「何故でしょう?僕はこの家の子供ですが?」


 言外にお前より立場が上だぞと伝える。

 しかし俺と話す騎士は、その言葉に蔑むような視線を返してきた。


 うーん、これは生まれか?

 ノルウィン、本当は拾ってきたどっかの奴隷だったとか?

 分からん。とりあえず会話でもう少し探ってみよう。


「それは承知しておりますが、私は男爵様の騎士でありますゆえ。ノルウィン様の命には従えません」


 確かに。

 そう言われるとなにも返せないよなぁ。


「加えて申し上げますと、男爵様はノルウィン様の外出をお認めになられておりません。さあ、早くお戻り下さい」


 あ、はい。

 駄目だこりゃ。

 いくら中身が二十代の五才児とはいえ、大人相手じゃそのアドバンテージは無いも同然。

 しかも後半はニート三昧だった俺が、真っ当に社会と関わっていたのはせいぜい高校生まで。


 この世界で貴族社会に揉まれて生きる騎士に、口で勝てるわけがない。

 いずれはここも鍛えないとなぁ。


 さあ、どうしようか。

 目の前の騎士達は、俺をこの家の主に会わせるつもりが無いらしい。


 この際、本当にシュナイゼルに強行突破してもらって―――


「随分と騒がしいね。なにかと思えば、なるほど。そういうことか」


 突然、この場に似つかわしくない穏やかな声が響いた。

 聞く者全てを安心させる温かな音色。

 俺と騎士、睨み会う両者が思わず力抜いてしまうほど、それは優しかった。


 だけど、俺は直ぐ様警戒を戻した。


「ハッ」


 隣に立つシュナイゼルが、騎士に囲まれてなお退屈そうな顔をしていた男が、今日一番の引き攣った顔をしていたから。


「ノルウィン、お帰り。勝手にいなくなったのは驚いたけど、無事だと確信していたよ」


 声と同じく人好きのする笑顔で、その紳士然とした男は俺に語り掛ける。


 もしかして、こいつが父親か?

 かなりのイケメンで、こいつの血を引いているなら俺も将来が楽しみだ。

 まあ、成長後の姿を知る俺には要らないワクワクか。うん。ノルウィンってイケメンじゃないし。


 にしても確信していたって―――そんな息子思いなら、何で監禁なんかするんだ?


 駄目だ。情報量が多すぎて頭がこんがらがってきた。


「それから―――お初に御目にかかります。風に聞く武勇にも勝る力強きお姿、シュナイゼル軍団長とお見受け致しますが」


「間違ってねえよ」


 明らかに嫌いですと顔に書いてある対応。

 シュナイゼルはケッ、と顔を背けた。


「これは手厳しい。どうやら嫌われてしまったみたいですね」


「たりめえだろ。雑魚ばっか並べて威圧してきやがって」


 雑魚という言葉に反応した騎士が思わず剣に手を触れるが、シュナイゼルが一睨みするだけで腰砕けになってしまう。


 それを見て、父親らしき紳士は躊躇い無く頭を下げた。


「申し訳御座いません。下の教育が行き届いていないようです」


「別に、構いやしねえよ。あと頭下げられんの苦手なんだ。それ止めてくれ」


「ふふ、それは失礼しました……と、あぁ、私の名前を申し遅れました。私、ニコラス=フォン=エンデンバーグと申します。以後お見知りおきを」


「ニコラスね、覚えたわ」


 両者のやり取りを聞くに、立場はシュナイゼルが圧倒的に高いようだ。

 軍団長であり、将来的には大将軍が確約された実力者のシュナイゼル。そこから見れば、地方の男爵家なんて木っ端なんだろうか。


 なんて考えつつ二人の顔を観察していると、ニコラスと目があった。


 ニッコリと微笑まれる。


 笑っているのに、目の奥は冷たく凪いでいる。

 俺の奥底まで覗き込むような、鋭い視線だ。

 この考え事も見透かされているのか、それとも思い込みすぎか―――駄目だ。

 よく分からん。


「さて、自己紹介も終えたことですし、本題に入りましょうか」


 本題?


 まさか、俺が勝手に外出したことを咎めるつもりか?

 思わず身構えると、シュナイゼルが庇うように一歩前に出た。

 やだかっこいい。


「本題ってなんだ?」


「ご安心下さい。シュナイゼル軍団長と事を構えるつもりは毛頭御座いません。お礼、ですよ」


「お礼?」


「はい。息子の窮地を救って頂いた方に御礼すらしないのは、末代までの恥となりましょう。急ごしらえですが、歓迎の席を用意しております」


「へえ。ま、こっちも話したいことがあったんだ。いいぜ」


 いやいやシュナイゼルさん、何で俺があなたに助けて貰ったことをこの人が知ってるか、聞かなくていいんですかい?


「話したいこと······ノルウィンの弟子入りについてですよね。それも含めて、客室でお話ししましょうか」


 底知れぬ笑みを浮かべてそう言い切った我が父に、俺は恐怖すら感じてしまった。

 ノルウィンの父親、つまり本編には何ら関係の無いキャラであるはずなのに、この不気味さはなんなんだろう。


⚪️


 ニコラスの案内で本館の客室にやって来た俺たちは、促されるがままにソファに座る。

 別館とは異なる煌びやかな空間、調度品ひとつ取っても向こうとの差を感じてしまう。


 ああ、俺は確かに冷遇されていたんだな。

 一目でそれが分かるようだ。


 せわしなく周囲を見渡す俺と、座ったまま微動だにしないシュナイゼル。

 対照的な俺たちの前に座ったニコラスは、笑顔のまま口を開く。


「まず弟子入りの件ですが、構いませんよ。どうぞご自由に鍛えて下さい」


 ―――は?

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