第168話 決着

 世界が産み出したシュナイゼルという最強の器。それはガルディアスによって詰め込まれた『大将軍』で満たされているが、彼本来の強みはそこにはない。


 より単純で、原始的。

 世の知将が見れば鼻で嗤いたくなるような暴力こそが、彼の真骨頂である。


 それは戦場という多対多の舞台では発揮しきれぬ真価だろう。稀に発生する一騎討ちとて、相手が弱ければ彼が全力を出す前に終わってしまう。


 だから、彼を鍛えたガルディアスと、彼を負かしたアルジャーノを除けば、まだ世界は本当の世界最強を知らなかった。


 今日、この時までは――


「覇ァァァァアッ!!」


 思考から一切合切の合理を捨て去り、ただ力のままに暴れる。そうして振るわれた大剣がアイザックの受けを砕き、後退させ、退いた相手をさらに強烈に攻め立てる。


「ぐ、おぉっ!?」


 瞬きどころか呼吸すら許されない密度で繰り出される連撃。それをしのぎきれず、全身に無数の傷を負いながら、アイザックは既に数分後の敗北を悟っていた。


(ふざけおって……こ、れはっ、勝てんぞ)


 暴力に頼るだけの獣ならいざ知らず、目の前の化け物は武を知っている。それもただの技ではない。大将軍として磨いてきた絶技の数々が冴え渡る。


 勝ち目どころか反撃の糸口すら見つからない。こんな理不尽極まる相手にどうやって勝てと言うのか。


 これはアイザックには知る由もない事だが、アルジャーノとの戦闘で課題を得たシュナイゼルは、あれから何度もこの領域に踏み込んで訓練をしてきた。


 だから同じ領域に踏み込んだと言っても、当時とはその深度が違うのだ。より深く、より強く力に身を委ね、その上で体に染み込んだ武を出力できるようになった今の彼は、あの頃のアルジャーノにも並ぶ存在である。


「ガァァァァァァア!!」


 新時代シュナイゼルが牙を剥く。


「なっ!? まだ上がるだと!?」


「ハハッ、そうか、これはこうしてッ――」


 自身は加速し続けながら、その都度体のズレや技の遅れを修正し、少しずつ完璧に近付く。今もなおさらに強くなり続ける。


 アイザックという旧時代の最強格が相手にならなければ、満足に発揮することも出来なかった実力。アルジャーノ以来、ようやくそれを発揮するに至ったから、戦場の中で彼はさらに強くなる。


 そして――


「越えたぞ、アイザック!」


 とうとう神速の斬撃がアイザックを捉えた。


「ぐ……ぁ、は」


 シュナイゼルの一閃が防御に用いた大剣を半ばから切断し、そのままアイザックを肩口から袈裟懸けに断つ。


 深い斬撃は確実に致命傷を与えていた。

 この戦場のど真ん中で治療など出来るわけもなく、仮に魔術師が現れたとしても、回復魔術を許すようなシュナイゼルではない。


 つまり、詰み。人生の際に立たされたアイザックは切断された大剣をしばし見つめた後、清々しい笑みを浮かべた。


「まさか、ガルディアスではなく、オブライエンでもなく、新時代に殺されるとはな」


「俺の……はぁ、はぁ、勝ち、だ、ろ?はぁ……はぁ」


「フハァ、そうだなぁ。いや、しかし、なぁ。この俺様が満足して逝けるとは……」


 お互いに大将軍となってから、ガルディアスとは直接戦う機会がほとんど訪れず、その他に可能性を持っているオブライエンは、彼を充足させるタイプではなかった。


 ゆえに老衰かつまらない策に嵌め殺されるか、どのみち退屈の中で死ぬことになると考えていたアイザックであったが、そんな彼を超える者がいた。


 だから、悔しさこそあるけれど、一個人としては満足して逝ける。


 傾く巨体。膝をつき、数々の伝説と共に地に堕ち―――


 同時に歓声と絶望の悲鳴が響き渡った。オブライエンの忠臣等は目に涙を浮かべ、感極まったように雄叫びをあげる。


 メルトール王国軍の兵士達は絶対的な柱であった大将軍を失い、戦意喪失して涙を流す。


 単位で数えればただ一人が負けただけ。されど大将軍として数十年に渡ってメルトールを支えてきたアイザックは、単位で計れるような人物ではなく、その損失はあまりにも大きい。


 メルトール陣営が、もう戦えなくなってしまうほどには。


 その様子を確認したシュナイゼルは、最早戦争は終わりだと判断して大剣を鞘に収めようとして――


「ま……だァ」


 血溜まりに沈んでいたアイザックが起き上がる。血反吐を吐き、腹からは臓物をこぼし、それでも凄絶な表情で戦意を滾らせる様は、まるで地獄から蘇った悪魔のよう。


「俺様はァ、大将軍だッ! 国を背負い、立つッ!! 負けは、許されんのだぁぁぁあ!!」


 折れた大剣を振り上げて走る。


 オブライエンやその部下達に譲れない思いがあったように、国を背負うアイザックにも同じモノがあった。


 自分が勝たなければ。勝てないのであれば、これからの将来、メルトールの脅威となる新時代の担い手をせめて殺さなければ。


 でなければ、フィエーロと自分を失ったメルトール王国は今後、戦乱の渦に飲まれて消えることになる。


「あがぁあああばばばぁあっ!!」


「ホント、『コレ』は重てぇんだな」


 シュナイゼルは納めかけの大剣を握ってアイザックを迎え撃ち、そして今度こそ二度と起き上がれぬよう完全に断ち切った。


 再び崩れ落ちる巨体。シュナイゼルは事切れたアイザックに騎士の礼をしてからその場を離れる。


「あんたにオブライエン、偉大な生き様を越えて俺は行くぜ」


 それからほどなくして、メルトール王国軍が降伏を宣言した。

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