武術大会予選編

第57話 武術大会が始まる

 アルマイルの屋敷での頼み事を終えた俺は、直ぐ様武術大会に向けた調整を始めた。


 武術大会は、第一階梯魔術の使用が許されたトーナメント形式の試合である。

 この国の主流武器は剣だが、世界各国から猛者が集まる同イベントでは多くの武器と相対することになるだろう。


 というわけで残りの二週間、俺は稽古場にいる騎士たちと戦い、剣や槍、戦棍、果ては暗器に至るまで多くの対策を積んだ。


 そうして迎えた武術大会開催の二日前。

 事前情報により全部門で参加人数の超過が発表され、俺達は予選から戦い抜く事となった訳だが―――


「全然余裕じゃない!」


「······楽チン」


 俺と一緒に訓練をしていた双子は、余裕の表情であった。

 まあ、それもそのはず。

 ここバルトハイム公爵家は武の名門であり、アルカディア王国内に限れば最高の環境が整っていると言える。


 そんな場所で物心がつく前から鍛練をし続けてきた二人に、敵はそう多くないのだろう。

 果たして十歳までの子供の中に、毎日十時間レベルで訓練を積む二人に勝てる者がいるのだろうか。


 そしてそんな二人と共に鍛練を積む俺もまた、優勝候補の一人ではあるのだろう。

 まあ何人候補がいたってその頂点に立つルーシーが反則級に強いからなにも意味がないけどね。


「ノルウィン、稽古するわよ。戦うほうで」


「いいですよ。ガチなやつですか?それとも役割りを決めますか?」


「そうね······今回は全力で勝負しましょ」


「分かりました。じゃあ本気で。このまま俺が勝ちを広げますので」


「今何勝何敗けだったかしら?」


「百五十三勝八十二敗で俺の勝ち越し中ですね。割と圧勝中で―――あだっ!?」


「うるさいわね!さっさとやるわよ!」


 俺の頭をひっぱたいてスタスタと歩いていったサラスヴァティは、自信満々の表情で木剣を構えた。

 が、対して俺は槍をぶら下げたまま。

 舐めた態度に見えるが決して構えていない訳ではない。むしろ逆、なにも知らぬ者が突っ込んで来れば―――


「あれ、来ないんですか?」


「あんたが卑怯で姑息で弱虫でチキンなのは散々知ってるもの。どうせそれも技の一つなんでしょう?」


「ふっ、くく、あはは、酷い言い様ですね。でも正解です」


 穂先で地面を叩いて反動を生み、さらに手の内で回転を加えて槍を大きく旋回させる。振り回された槍の石突(槍の根元)はいとも容易く地面にめり込んだ。


 この間、僅か瞬き二回分の出来事である。


 不用心に突っ込んで来る相手は今の一撃でおしまいだ。

 ちなみにルーシーには全く通じなかった。


「ほらやっぱり」


「じゃあ、始めますか」


「そう、ねっ!!」


 試合開始と同時、弾けるようにサラスヴァティが飛び出した。

 一歩の踏み込みで異様な加速を見せ、二歩で五メートルは空いていた間合いが潰される。


 これ、身体強化かよッ!?


 この間俺に教えろとせがんできたけど、もう実用的なレベルまで仕上げてきたのか!


 驚きながらも、俺は即座に作戦を練り直した。使えると分かってしまえば対策はいくらでも立つのだ。


「ッァ!!」


「ふんっ!」


 振り下ろされた剣を槍で受け流し、そこから互いに様子見の攻防を繰り広げる。

 天才肌ではなく特別な力も持たない俺達の戦いは、毎回実力以上に地味な展開となる。


 今もまさにそうだ。

 間合いを詰めつつも剣は牽制のそれ。少しでも俺が攻め気やフェイントを見せれば、警戒して一気に下がっていく。


 以前は逃げるサラスヴァティを無理矢理捕らえる事も出来たが、身体強化を使われると厄介だ。


 この魔術は体内で発動プロセスを全て行う特殊性から、本来であれば魔術の才を持たない戦士が逆に得意だったりする。


 サラスヴァティも恐らくはそれか。


「っ、あんたとの戦いはいちいち長いのよ!」


「そのためのスタミナですからね」


「ああもう!」


 何度攻撃を仕掛けられても揺らがずに防ぎ、こっちからはあまり攻めない。そんなスタイルだからこそ、俺は受けの技を多く持っている。


「これで、どうっ!?」


 裂帛の気合いと共に渾身の一撃が振るわれる―――その直前、サラスヴァティの技の起こりを槍で抑え、そのまま剣を跳ね上げた。

 こうして槍で触れてしまえば、無防備な武器を無力化するくらいは容易いのだ。


 無手になったサラスヴァティはそれでも諦めずに体術を仕掛けてくるが、流石に槍を持って万全な俺には通じない。


 数度の駆け引きの末、槍で足を引っ掛けて転ばし、首筋に穂先を突き付けて勝負を決する。


「これで百五十四勝ですね」


「~~ッ!!」


 苛立ちながら立ち上がったサラスヴァティは、しかしその感情を何にぶつけるでもなくプルプルと震えている。


「サラスヴァティ様?」


「何よ?」


「いえ、その、大丈夫かな~と」


「うっさいわねっ。ほっといてちょうだい」


 サラスヴァティは俺達から離れると、遠くで黙々と剣を振り始めた。多分今の戦闘の駄目なところを修正しているのだろう。


 それにしても、さっきの戦闘は良かったな。

 仮にも身体強化を用いたサラスヴァティ相手に、あれだけ一方的な戦いが出来るとは思わなかった。

 最近、さらに多くの技を覚えたからかな。その組み合わせがより多彩になり、出来ることが飛躍的に増えた感覚がある。


 うん。これなら武術大会で十歳が相手になっても、そう簡単に負ける気はしないぞ。


 開催まであと二日、とことん頑張るか。


⚪️


 その頃、アルカディア王国の王都、アルレガリアの正門前にて。


「皇女様、到着いたしました」


「ふむ。ここがアルレガリアか。下らんな」


「お気に召しませんか?」


「過度な装飾など不要であろう?妾を満足させるのは、血湧き肉躍る闘争のみよ」


 芸術の限りが尽くされたアルレガリアを見上げて顔をしかめる隣国の皇女が、武術大会に参加するためにこの地に降り立った。


 未だ十歳ながら大人とも渡り合う実力を持った、武を愛し武に愛された戦女神。まだ見ぬ闘争に夢を馳せ、彼女は子供に見合わぬ獰猛な笑みを浮かべる。


⚪️


「レイモンド、武術大会でパパは一緒にいてやれないんだぞ?」


「やだぁ。ぼく、怖いよぉ」


「はいはいしっかりなさい。あなたの槍は一番強いんでしょう?」


「でも怖いよぉ」


 アルレガリアの噴水広場で、小さな少年が両親にすがり付いておいおいと泣いていた。


「大丈夫よ。あなたはガルディアス大将軍閣下の最後の弟子なんだから。それに私たちも持てる全てをあなたに注ぎ込んできたわ。自信を持って挑んできなさい」


「うぅ」


 シュナイゼルを鍛え上げた大将軍が最後に見出だした槍の天才。後にアルカディア=クエストで主人公たちの仲間になる少年もまた、武術大会に参加する。


⚪️


「分かっているな?お前の役目は武術大会で上位入選を果たし、王族の前で暴走して隙を作ることだ」


「イエス、マイロード」


 跪く少年が無機質な声で主に答える。その貌は白い仮面に覆われ、それを見下ろす主は黒い仮面を装着していた。






 ―――様々な目論見が渦巻く中、武術大会が始まる。







―――――――――――――

今日はもう一話更新出来たらいいな。


あと、カクヨムコンテスト用に近々新作を一個あげる予定です。そっちの作品も努力寄りの作風にするつもりです。


ではでは。

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