第155話 侵攻開始
アウシュタット要塞都市をぐるりと囲う長大な外壁。
それはただ守るためだけに存在する壁ではなく、内部は大人数の出入りが可能な構造をしている。
外から攻めてくる敵に対し、壁の上部に兵を配置して投石器や弓、あるいは魔術などで攻撃を加えられるようになっているのだ。
そんな外壁の内側、壁に併設されるようにして、臨時の司令部だという建物は存在していた。
戦争以外に使う場面の無い巨大な建造物は、貴族が出入りするモノとは思えない武骨さであった。
華やかさなど欠片もなく、どこまでも機能性と利便性を重視したであろう外観。
先程からひっきりなしに軍人が出入りしており、既に動き出しているのが見て分かる。やはり司令部というだけあって、階級の高そうな軍人の姿が多いものだが―――
「どうぞ。中でシュナイゼル軍団長がお待ちです」
俺たちを見た警備らしき者の一人が、そう言って中に通してくれた。やっぱりシュナイゼル様々である。(ちなみにこちらのメンバーは、俺とドイルとフランケルだけ。流石に木っ端の十人隊が総出で司令部に行くことは許されなかった)
俺たちはそのまま警備に案内されて、司令部の奥に位置する一室まで辿り着いた。
「失礼します」
「おう、来たか」
中にいたのはシュナイゼルと、ヴァーゼルをはじめとした側近数名だった。彼らは大きな机にアウシュタット周辺の地図を広げ、難しそうな顔でそれを見下ろしている。
「メルトールが軍を興したと聞きましたが」
「おう。多分、八万くらいの軍勢になる予想だってよ」
「八万ですか!?」
さらりと言ってのけたシュナイゼルに、遅れてやって来た俺たちは驚愕した。
メルトールの国力はそこまで高くなかったはず。もし本当にそれだけの数を出してきたなら、ガチでこの地を落としてきているということだ。
「俺も流石に驚いたぜ。オブライエンの予想だと、メルトールは敵国と一時的に和平交渉を結んで、そっちに割くべき戦力までこっちに集中させてるって話だ」
「だとしたら向こうは総力戦のつもりなんですね」
「だろうな。相当きついぜ。ぶっちゃけ、俺でもここまでの規模の戦争はしたことがねえ」
未知の世界を目前にして、シュナイゼルの表情にも険しさが浮かんでいる。
「アルカディア中央からの応援って、まだ来てないんですよね」
「来てねえな。多分しばらくは来ねえよ」
アルマイルが一人でここまで飛んできたのは例外中の例外。
増援の到着にはかなり時間がかかるのが一般的だ。数千、規模によっては万を超す軍を大移動させるのだから、それは当たり前のことだが。
「オブライエンはどうするつもりなんですかね」
「さあな。そろそろ会議らしいから、その時に教えてくれるだろ」
「閣下はあの人物を信じられるのですか?」
それまで黙って話を聞いていたヴァーゼルが、少し意外そうな顔をして口を開いた。
「ん?まあな。人格に難あり、この都市でやってることも最悪だけどよ、戦争に向かう姿勢だけは評価できると思ってるぜ」
「閣下がそう仰られるなら、私としてはなにも言うことはありませんが······」
ヴァーゼルもシュナイゼル伝にオブライエンの過去を聞いたらしいが、まああれは実際にオブライエンの顔を見た者でなければ伝わらない本気度だろう。
俺たちの間で認識が異なるのは仕方ないのかもしれない。
「そもそもここでの戦争はオブライエンが一番得意だろ。俺たちを使わない戦術も、一応は理屈が通ってる。ならよっぽどの事態にならない限りは、素直に従っておくのが一番だろうよ」
「やはりそうですよね」
「そういうこった。お前らの気持ちも理解できるが、ここはグッと堪えてくれ」
「了解いたしました」
シュナイゼルの意見に納得したらしいヴァーゼルはそう言って引き下がった。
「んじゃ、そろそろ会議だし行くか」
○
同国、メルトール王国内の重要拠点にて。
メルトール王国の大将軍であるアイザックは、遥か遠くのアウシュタット要塞都市を見据えていた。
彼の傍らには副官であるフィエーロという男と、それからさらに一人―――道化師のような格好で、黒い仮面を装着した男がいた。
「いやぁ、いつ見ても大軍の威圧感は凄いものだね、うん」
仮面を被った道化、アルジャーノがヘラヘラと笑みを浮かべる。彼は拠点の外壁から眼下を覗き込んでいた。
そこに並ぶのは、地平線を埋め尽くすほどの大軍。メルトールが動員可能な人数ギリギリが集められている。
その全員がアルカディア王国へ侵攻するためにここにいる。敵への害意を、殺意を許容している数万の軍勢は、ただそこにあるだけで圧倒的な雰囲気を放っていた。
何百年経っても変わらぬ人の業。それを見下ろすアルジャーノは、どこか馬鹿にするように口許を吊り上げる。
「おおコワイコワイ」
「黙れ道化。閣下の前でその下衆な口を開くな」
アイザックの副官たるフィエーロが鋭くアルジャーノを睨みつけた。
「あれ、もしかしなくても僕に喧嘩売ってるよね?うん、そうだよね?」
「だったら何だと言うのだ?」
「いや別に何でもないけどね。なんか怒られてるなあって思うだけかな、うん」
「貴様ッ」
「やめろフィエーロ」
「ですがッ」
「今回侵攻に踏み込めたのは、この者の協力があってこそだ」
「くっ。······命拾いしたな、下衆が」
敬愛する主に咎められ、渋々引き下がるフィエーロ。その一部始終を見ていたアルジャーノは、ニヤニヤと笑みを浮かべているだけだった。
そんなアルジャーノが誰にも咎められないのには大きな理由がある。
このふざけた格好、ふざけた態度でありながら、メルトールが敵国と一時的に結んだ和平交渉を成立させたのが、他ならぬアルジャーノだったのだ。
その後も彼はメルトールに多くの協力をし、結果としてここまで早い段階での侵攻が可能となった。
―――それから数時間後、メルトール王国軍は国境を超えてアルカディアへの侵攻を開始した。
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