第100話 いざ、決勝戦へ

 サラスヴァティと話して決勝を待つ途中、俺はふと一つの不安を抱いた。


 俺、このままじゃルーシーに勝てなくね?


 俺も両利きではあるが、ノルウィンに憑依してからは右しか使っていないのだ。


 恐らくこの身に染み着いた動きは右に片寄っているはず。その中で急に左を用いて、付け焼き刃未満の技がルーシーに通じるだろうか?


 あの天才は既にリーゼロッテと戦い、ある程度の慣れを得たはず。それを前にした時、俺の槍で打ち勝てるとは思えないのだ。


 その結論に至り、ならサラスヴァティに模擬戦闘を頼もうかと考えるも、流石にそれは気が引ける。


 じゃあどうすれば―――


「サラスヴァティよ」


 突然、横から声が響く。


 そちらを振り向けば、ルーシー同様に疲労困憊といった様子のリーゼロッテがいた。

 疲れつつも凛々しさを保っているのは、彼女が皇族だからか。


「な、なによ?」


 そんな相手に対して、サラスヴァティはどこか気まずそうな顔で反応する。


「ルーシーと試合前に約束を交わしたのだ。妾が負けたら、お主に謝罪をすることになっておる」


「謝罪って、この前の試合のことよね」


「そうさな。先の試合、妾はあえて力を抜くことでお主の成長を促したであろう?我欲で神聖なる試合を汚した事に対する謝罪である」


 そう言って頭を下げようとしたリーゼロッテに先んじて、サラスヴァティが食い気味に言葉を放った。


「別に良いわよそんなの。私が弱かっただけじゃない」


「しかしそれでは」


「いいわよ別に。今となってはむしろ感謝してるくらいなんだから。あんたに引き出されなければ、ルーシーとの間にもっと差が生まれてたんだもの」


「ふむ······それが本心であるならもう何も言うまい。約束は果たしたのだからな。妾は彼処で休む。何かあれば話しかけるが良い。ではな」


 そう言って背を向けたリーゼロッテに対し、俺は咄嗟に声を掛けていた。


「リーゼロッテ皇女殿下」


「随分と気が早いのぉ。妾は疲れておる。せめて席に座らせて欲しいのだが?」


「申し訳ございません。それほどの頼みでして」


「ならば手短にな」


 リーゼロッテは目の前にあった椅子に深く身を預けると、気だるげに俺を見上げた。



 試合後に回復魔術は掛けられるはずだから、精神的な疲労が残ってるということだろう。


 天才二人のぶつかり合いはこうも過酷なものなのか。


 そんなリーゼロッテにもう一回戦えと言うのは少しだけ申し訳ないな。

 いや、でも案外こいつは喜ぶんじゃないか?


「畏まりました。実は決勝前の最終調整が必要になりまして、そのお相手をリーゼロッテ皇女殿下にお願い申し上げたかったのです。ですが、お疲れとあらば致し方ありません。別の者に―――」


 疲れ切って鋭さを失っていたリーゼロッテの瞳が、僅かに輝きを取り戻した。


「よかろう」


 座ったばかりの席から立ち上がり、うんと伸びをするリーゼロッテ。しなやかな肉体は次なる闘争に歓喜しているようにも思えた。


「よろしいのですか?」


「ちょうど暇をしていたところでな。構わんよ。疲労は抜けきらぬが、お主相手では良いハンデであろう?」


 からかいでも悪意でもない。純粋に、真っ直ぐな瞳を俺に向けて、リーゼロッテはそう言い切った。


 確かにその通りだ。


 無駄な魔力消費は出来ないため、最終調整は単純な武術のみになるだろう。


 その条件でリーゼロッテと模擬戦闘を行うなんて馬鹿げている。

 確かに彼女はルーシーに負けはしたが、逆に言えばそれ以外では止められなかったのだ。

 魔術抜きの俺が勝てる相手ではないだろう。


「そうですね。よろしくお願いします」


 サラスヴァティに断りを入れ、俺はリーゼロッテと共に闘技場を出てその裏手に回った。

 ここなら人影はない。好きなだけ戦うことが出来るだろう。


「それで、最終調整と言うておったが······珍しいものよな。お主がことここに至るまで不安要素を残しておるとは」


「確かにそうですね。今から調整して間に合うかは分かりません。本当にさっき気付いたばかりでして、まだ試したことすらないのですから」


 そう答えて、俺は土属性魔術で生み出した槍を構える。相対するリーゼロッテは、同じく俺が生成した戦斧を担いでいた。


「そうか。先手は譲ってやろう。好きに攻めてくるが良い」


「では、お言葉に甘えてッ!!」


 俺は全力の突きをリーゼロッテに放って―――








 それからしばらくして。


『様々な物語に満ちた武術大会もいよいよ次で最後。決勝の舞台は、ここまで行われた数々の死闘を締め括るに相応しい二人が揃いました』


 普段はエセ関西弁でお茶らけているアルマイルも、今だけは真剣な言葉を並べている。


 大歓声のなか、俺はアリーナへと進んでいた。


『まずはこちら、予選から圧倒的な実力で勝ち上がり、本選ではかのレイモンド選手を退けその実力を見せ付けた、今大会の優勝候補!ノルウィン=フォン=エンデンバーグ選手!』


 アリーナに立つと、さらに大きくなった歓声が俺を出迎えた。その歓声が―――


 向こう側からルーシーが現れた瞬間に爆発する。


 いよいよ俺達はアリーナで向かい合った。





―――――――――――

リーゼロッテとの戦いは試合中の回想で深く触れます。(ネタバレ)


それから、今回で本作が100話に到達しました!

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