第99話 決勝の前に

 ルーシーがとぼとぼとアリーナから戻って来る。


 あれだけの死闘を繰り広げた後だからだろう。その顔には深い疲労が浮かんでいた。


「お疲れさん」


「······ちゃんと勝ってきた」


「だな。次で決勝か」


「······私が勝つ」


 普段の寝ぼけ眼ではない。先程の試合で華開いたルーシーは、確かな自信を持ってそう言いきった。


 確かにあの両利きは脅威に他ならない。暴力だけで準決勝まできたリーゼロッテが、なにも出来ずに負けていたのだから。


 しかし両利きはルーシーだけではないのだ。俺もまた、自信を持って答える。


「いーや、俺が勝つね」


「······私だもん」


「そーいうのは試合でやりなさいよ」


 少しムキになったルーシーとの間にサラスヴァティが立つ。双子の姉は、精神的な疲労が抜けない妹を椅子に座らせると、小さくため息をついた。


「確かにそうだな。どうせ数時間後には戦うんだし」


「······それなら私は、少し休む。時間になったら、起こして」


 言い争うより疲労が勝ったか。

 ルーシーは目を閉じて小さく寝息を立て始めた。

 このクソうるさい闘技場で寝られる胆力が凄いのか、あるいはリーゼロッテとの死闘はそれほど疲れるものだったのか。


 あんな死闘を演じたルーシーだけど、こうして寝てるところだけを見れば、小さくて可愛らしい女の子なんだなぁ。


「ねぇ」 


 ルーシーが寝たのを確認してから、サラスヴァティが静かに口を開いた。


「ん?どうした?」


「あんたは不安じゃないの?」


「何が?」


「ルーシーと戦うことがよ。さっきの、凄かったじゃない。私は勝てないって思ったわ」


「まあ、それはそうだけど」


 サラスヴァティの言う通りだろう。ただでさえ化け物みたいに強いのに、これ以上は正直に言って反則だ。


 でも、俺も両利きと同じ動きが出来るかもしれないから、怖さより興奮の方が大きいのだ。


 早く試したい。早く戦いたい。そんな気持ちが大きくなる。


 その思いを正直に言うべきか、判断が出来ずに黙り込んだ。


 ―――ルーシーにまたしても差をつけられたから、サラスヴァティは落ち込んでいるかもしれない。


 なのに、追い討ちを掛けるように俺まで強くなりました~なんて伝えたら、一体どんな気分になるのだろう。


 そうして無言で悩んでいると、先に声をあげたのはまたしてもサラスヴァティであった。


「その感じだと、あんたも何かあるのね」


「······よく、分かったな」


「一年も一緒にいれば分かるわよ。はぁ。そっかぁ、遅いのは私だけってことなのね」


 一瞬だけ遠い目をするサラスヴァティ。幼い容姿に見合わぬ表情は、少女がこれまで感じてきた苦労や葛藤によるものだろうか。


 直ぐに笑顔を張り付けてしまったから、俺にはよく分からない。


「ねえ、ノルウィン。両利きって今から頑張ればなれるかしら?」


 空元気か、本当に気持ちを入れ換えたのか。どちらにせよサラスヴァティが明るく振る舞うなら、俺が引きずることじゃないよな。


「多分、出来ないってことはないと思う。左利きの子供が右利きに矯正されることがあるって聞いたことがあるから」


 日本ではよくある光景だ。それと同じ要領でやれば、まだ七歳のサラスヴァティにだって可能だろう。


「そっか。じゃあ頑張らないと」


「その訓練も付き合ってやるよ」


「ふふ、強くなる方法がいっぱいあるって良いわね」


 ―――何とか話を軌道修正出来たか。


 その後は、サラスヴァティと談笑しながら、決勝戦の時が来るのを待った。








――――――――――――――

ちょっと短め。決勝の前に休憩タイムです。次で戦います。ルーシーとノルウィンです。結局残ったのはこの二人でしたね

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