第101話 ノルウィン対ルーシー
『そしてもう一人の若き俊英は、ルーシー=フォン=バルトハイム選手!アルカディア随一のバカ······英雄であるシュナイゼルの才を受け継いだ少女です!』
アルマイルの声が場内に響き渡ると、俺とは反対側の通路からルーシーが現れた。
その瞬間、俺は自分に集まる視線を引き剥がされる感覚を覚えた。
俺に熱狂し、声援を浴びせる観客全員が、まとめてルーシーに引き寄せられたのだ。
俺自身の視線も含めて。
これが本物。
生まれながらに最強に至る資格を得た人間の輝き。
ほんと、勝てないよなぁ。
『さあ、本日の主役がアリーナに揃いました。彼らは戦う者ですから、これ以上の言葉は不要でしょう。語らいは剣で、槍で、後は雌雄を決するのみ』
―――双方、構え。
アルマイルの指示を聞き、俺達は互いに得物を構えた。
俺は構えにしては緩く自然体で、ルーシーに至っては脱力してただ剣を持っているだけ。
互いに速さを活かした手数型だから、自動的に立ち姿は似たものとなる。
堅く、重たく、どっしりとした構えは足枷でしかないのだ。
「よし」
この一戦、絶対に負ける訳にはいかない。
ここでの実績を足掛かりにして、俺はクレセンシアに近付かなければならないのだ。
「ルーシー、もし負けても俺を恨むなよ」
「······?別に、恨まない」
『試合開始!』
合図と同時に全力で後退すると、開いた間合いを踏み越えて来たルーシーが、下から掬い上げるような剣閃を放つ。
奇しくも一年前の決闘と同じ始まり方。されどあの時と決定的に違うものがある。双方の実力だ。
ルーシーの攻撃を受けた途端、巧みな剣捌きに絡め取られて槍が激しく跳ね上げられる。それとほぼ同時、俺は更に一歩間合いを詰め、ルーシーの腹部に拳を叩き込んだのだが、
「······見えてる」
流石にこれを食らってくれる甘い相手ではなかった。
空の左手で拳を掴み取られ、そのまま捻り上げられる。
「ぁ、ぐ」
思わず抵抗するが、あまりにルーシーの力が強く振り解けない。それどころか手首は可動域を越えた方向へねじられ―――
俺は自爆覚悟で、ルーシーが掴む手首を中心に、火属性第一階梯魔術を発動させた。
「······ッ!?」
慌てて手を離したルーシーが下がる。彼女の手の内は僅かな火傷が出来ていた。
その代償として俺の手首は強烈な熱に焼かれ、見るも無惨な状況になってしまったが―――
患部が白い輝きに包まれると、数秒して光が収まった時には酷い火傷が完治していた。当然、痛みもない。
「······そういうこと」
手のひらに残った小さな火傷を見て、ルーシーは僅かに顔をしかめる。
俺の狙いは回復魔術による長期戦だ。
回復手段の無いルーシーに対し、こうして小さな傷を与え続けて競り勝つ。
「恨むなって言っただろ?悪いけどまともに戦うつもりはないからな」
「······それでも、いいよ」
そう答えて再び接近するルーシーに対し、俺は惜しみ無く魔術を振舞うことにした。
ここは決勝戦。これ以上実力を隠す相手はおらず、次の試合に備える必要もない。
相手の顔を覆うように水を生み出し、素早く射出させた炎で弾幕を張り、更にルーシーの足元を狙ってぬかるみに変える。
しかしそこまでやっても―――
「つくづく、天才かよ」
水を避け、火を剣で切り落とし、ぬかるんだ地面を無理矢理踏み付け魔術の中を突き進んで来るルーシーに、俺は思わず顔をひきつらせる。
いや、まあ、これは俺本来の実力ではない。
発動が第一階梯のみに制限されたこのフィールド内でなければ、より上位の、威力や数に優れた魔術があるのだ。
だから実戦ならこうはならないはずだ。
でも、今、この状況下であれば、俺の魔術よりルーシーが勝る。
「······私が勝つ」
そうして近付かれれば、至近距離で無数の斬撃が弾けた。
右で剣を振ったと思えば、手首のスナップだけで剣を左手に投げて攻める手を切り替え、さらには蹴りや体術まで仕掛けてくる超高度の連撃。
その練度は、リーゼロッテに見せたモノより数段高くなっている。
何とか槍と魔術で応戦するものの、それすらルーシーの剣が上回った。
槍を振るおうとすれば技の起こりを潰され、一呼吸すら許されない緊張の中では精密な魔力操作が出来ず、雑な魔術など即座に対応されてしまう。
「ぐっ!?」
やはり、まともに戦えば差が浮き彫りになる。
戦いへの理解、ひらめき、そして左右の練度。全てでルーシーが勝るのだ。
特に左手。同じ両利きでもその練度は大きく異なる。
天才が死闘で左を開花させたのに対し、凡人の俺は約一年半振りの左を最終調整で少し使っただけなのだから。
は、これでルーシーは身体強化を用いていないというのだから、でたらめが過ぎるだろう。
「くそがッ!!」
一方的な攻防の最中、俺もろとも風属性魔術で吹き飛ばすことで、一度距離を取り直した。
今のでルーシーが更に傷を負うことを期待していたが、上手く回避したのか強風に飛ばされたはずなのに向こうはけろりとしている。
「いや、まずいな。本当にまずい」
技、身体能力、戦いの勘、理解度、度胸。
ルーシーは全てにおいて俺に勝る、完全上位互換なのだ。
魔術という違いこそあるが、瞬きすら出来ない極限状態での攻防の最中に、複雑な術を放つ余裕はない。
これまで必死に思考力を鍛えた結果、何とか足止めのような魔術を放つのが精一杯だった。
ああもう、リーゼロッテが言ってた通りだな。
俺は、先程行ったリーゼロッテとの最終調整を思い出す。
○
一手も受けられずに戦斧で吹き飛ばされた俺を見下ろして、リーゼロッテは冷たく言い放つ。
「このままではルーシーと勝負にもならんぞ。あやつの本領は技であるが、そもそも妾に抗うだけの力を有しておるのでな。お主は力で劣り、得意の技ですら劣るであろう?」
「それは、そうですが」
「無論、今のお主が魔術を使っていない点は考慮しておる。その上で言うておるのだ。お主に隠し球があるように、あやつもまた追い込めば限界を越えてくるのでな」
その通りであった。隠し球が無くとも、土壇場でそれを作ってくるのが天才だ。
だからこそ、並大抵のやり方でルーシーに勝てるとは思わない。
「さらに言うがな、どのような魔術師とて、集中を崩されれば本領は発揮出来んものだ。そしてあやつの左右による攻めは、他に思考を割いたまま捌けるほど容易くはない。故に、お主では絶対に勝てん」
「絶対ですか?」
「ああ、いや、幾つか方法はあるがのう。技なり、力なり、速さなり、何か一つあやつに追い付けば、器用なお主ならそれを取っ掛かりに出来るであろうよ」
それは、実際にはなにもないと言っているに等しい。
ここまで頑張って、限界まで絞り出した上で、俺は足りないと言われたのだから。
俺は天才ではない。今から短時間でそれを伸ばすことはできない。
だから、普通なら負けが確定しているのだろう。
でも―――
俺の顔を見たリーゼロッテが笑う。
「ふ、そうか。策があるのだな。本当に惜しい事をしたものだ。本気のお主と戦いたかったのぉ」
○
その時、裏社会でハイアンが笑った。
自分と同種の存在が、さらに一歩、こちら側に近付いてくる感覚がしたから。
未だその雰囲気は遥か下方。己に追い付くには途方もない時間がかかるだろう。
それでも、確かに、近付いてきた。
○
ハイアンから授かったオリジナル魔術、紫電を纏い、さらにそこに身体強化を併用した俺は、ルーシーに穂先を向けて槍を構える。
「これで、速度は追い付いたろ」
こんなに早く切り札を切らされるとは思っていなかったが、こうしなければ勝てないなら仕方がない。
出した以上は、対応される前に速攻でかたを付ける!
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