第102話 天才の本領

「待て」


 最終調整を終えて貴賓席に戻ろうとした俺を、リーゼロッテが引き留める。


 振り返った俺は、そこにある貌に驚いた。

 初めて会った日から凛とした振る舞いしか見せなかった彼女が、ここに来てそれを崩していたから。


 立派な姿は皇族としての仮面。

 恐らくは悔しさによってそれが剥がれ落ち、どうしようもなく醜い、敗者の顔が表れていた。


「妾は性格が悪くてのお。妾を負かした者が勝つくらいならば、お主が勝ってしまえと思っておる」


 何故これを俺に見せるのか。その真意を悟れぬまま、リーゼロッテは言葉を続ける。


「故に一つ、今のルーシーに打ち勝つ方法を教えてやる」


「勝つ方法ですか?」


「そうさな。もし、もしだが、お主がそれを再現できるのであれば、あやつに勝てる確率が大きく上がるであろうなァ」


 そんな方法があるのか。

 勿論勝ちたい俺は、視線でリーゼロッテに先を促した。やがて語られたのは―――


「速さ、これしかあるまいて」


「速さ?」


「今のルーシーにしか通用しない下策中の下策であるが、それゆえに効果は覿面であろうよ。お主は、さっき妾が言うた事を覚えておるか?」


「さっき······色々ありすぎてどれのことだか」


「ルーシーに勝つ方法よ。力か、技か、速さか、何か一つあやつに追い付けという話をしたであろう?もし可能であるならば、速さを引き上げよ。まだ順応しきらぬ左ならば、速度で振り落とせる」


 速度で振り落とせる。


 そうか、そういうことか!


 俺は咄嗟にレイモンドとの試合を思い返した。

 あの試合の終盤、俺に勝つために本気を出したレイモンドは、速度は跳ね上がったがその分技が単調になっていた。


 速度域が上がれば上がるほど、身体に染み付いた武しか発揮出来なくなるのだ。

 中途半端な、それこそ付け焼き刃のような技は、必ずどこかの段階で満足に繰り出せなくなる。


 今のルーシーは、まだ左手に慣れ始めた段階に過ぎない。

 それすらとんでもなく強いから厄介だが、もし速度を引き上げれば、動きを右だけに制限できるかもしれない。


「これは考え付きませんでした。ありがとうございます。参考になります」


「ふん。何か掴んだかのぉ。ただし、一つ覚えておくと良い。妾もそれを試そうとしたのだ。それでも、振り落とせなかった」


 つまり、より速い攻防でなければ左を封じることは出来ないということ。


 うん。十分だ。十分、ルーシーにも通じる。



「っ、ぁ」


 身体強化とハイアンのオリジナル魔術の併用によって、更なる速度域に踏み込みながらも。


 俺が抱えているのは頭が爆発しそうな程の頭痛であった。


 これまでの単発の魔術を連射するのとは訳が違う。


 今発動しているのは永続的な効果を発揮する魔術なのだ。故に二つ同時、それもルーシーへの警戒に意識を割いた状態での行使は、脳に大きな負担が掛かるらしい。


 今までも二つ同時は何度か試していたが、ここまで酷い頭痛はなかった。

 であれば原因はハイアンのオリジナル魔術にあるのだろう。


 天才を越えるために編み出した術は、それだけ複雑で脳に強い負担を強いるのだ。


 はっ、は。

 これは、短期決戦じゃないと不味いぞ。


 ルーシーは、紫電を纏った俺への警戒を強めている。

 取り敢えず六割くらいで様子見をしよう。


 そう決めた俺は、それなりの力で地を蹴り―――


「ッオオ!?」


 一瞬で流れ行く景色に、思わず悲鳴がこぼれた。とはいえ驚愕は一瞬。一歩で速度を知り、二歩で安定させ、三歩で掌握する。


 そして全力で槍を突き込んだ。


 かつてない神速の槍、それこそレイモンドの領域にすら近付いたであろう一閃をルーシーが優しく外に受け流し―――切れなかった。


「······う、そ!?」


 速度が上がれば威力も上がる。単純明快な話である。

 その分精密な槍捌きは失われるが、代わりに俺は一時的な剛力を得ていたのだ。


 ルーシーの受けが、正面から圧されていた。


 このまま押し込んでやる!


 そう決めてさらに槍を強く押し込み、一気の決着を狙う。しかし突如としてその一閃が空かされた。


 なんだ?何が起こった?


 ―――ていうか、何でルーシーが目の前から消えてるんだよ!?


 ハァ!? 


 ヤバイ。ヤバイ。何がヤバイって、そんなのわからないけどとにかくヤバイ。

 この局面で、よりにもよってルーシーレベルの猛者が、視界の外にいるのが不味い。


 俺は今の状態で出せる最大速度で、ルーシーがいない方、つまり前方に飛び出した。


 その直後、すぐ真後ろで剣が風を割く音が鳴った。


 十分に距離を取ってから振り返る。そこにいたのは剣を横薙ぎに振るった体勢のルーシーであった。


 今、我武者羅に前進していなければ、俺はあの剣にやられてたのか?


 なんだ。何がどうなってルーシーは俺の背後を取った?


 わからない。分からないから、迂闊には攻められない。


 まさか、こんな簡単にハイアンから教わった魔術が破られるなんて。


 いや、これは全力ではないのだ。第一階梯を越える強さで発動させれば、より強くより速くなる、って、それは言い訳か。


「······こないの?」


「言ったろ。まともには戦わないって!」


 一旦身体強化を解いてから、俺は牽制の火属性魔術を放った。そしてほぼ同時に紫電をルーシー目掛けて射出する。


 先に放ったのは炎。だが圧倒的な速度で先んじたのは後発の紫電である。


 最初の炎に気を取られたルーシーは、その後に到達した紫電への対応が遅れた。


 小さく体勢を崩しながら紫電を回避し、次なる炎は剣で掻き消す。


 流石の反応速度だ。


 初見殺しの技を含んだ連撃すら一度目で防ぎきる実力は圧巻に尽きる。


 だが、俺の魔術はここで終わりではない。


 体勢を崩したルーシーに風属性魔術を叩き込み、さらに大きく崩す。


 それから、土属性魔術で足元を―――ぬかるみに変えるのではなく、複雑に隆起させる。これが止めとなって、ルーシーはその場に尻餅をついた。


 まあ、これまでぬかるみに変える方法しか見せてこなかったからな。


 一年半、ずーっと忍ばせてきた毒のようなものだ。

 俺に出来る土属性の罠がアレ一つだと錯覚したからこそ、こんな容易い手に引っ掛かった。


「これで!」


 地面に尻と片手を付いたルーシーを出迎えるのは、遅れてぬかるみに変わった地面である。

 優しく、深くルーシーを包み込んだ沼は、直後に俺の魔術によって固く固定された。


「終わりだろッ!!」


 完璧に身動きを封じた。

 もはや一歩どころか、ルーシーは立ち上がることすら出来ないはずだ。


 無防備な身体目掛けて、俺全力の突きを放つ。


 最後の一撃。万が一ハイアンのオリジナルが通じなかった場合に残した、これが最後の切り札なのだ。


 これを破られたらこれ以上の隠し球はない。


 だからこそ、油断無く、全力全開で槍を突き込む。


 完璧な手応えで放たれた一閃が、ルーシーが片手で構える剣に触れる。拮抗は一瞬。座った体勢で踏ん張りがつかない剣は、押され、下に弾かれて―――いや、違う、これはッ!


 慌てて槍を引き戻そうとするも、時既に遅し。

 ルーシーの剣は俺の突きの威力を利用して、片手では出せない威力で以て地面を強烈に叩いた。


 完璧に固めた地面に大きな亀裂が走る。再び魔術で固め直そうとするが、ルーシーが飛び出してくる方が先であった。


「······もう、引っ掛からない」


「は、はは、まじかー」


 純粋な勝負では勝てず、切り札として用意してきたハイアンの魔術はよく分からない動きに下され、そして最終手段すらこうして破られてしまった。


 短い時間であったけど、俺の全てをかけた攻防だった。


 それが破られたのだから、俺はもうすっからかんだ。


「はぁ」


 ―――本当に、こうなるなんてなぁ。


 もし全てが通じなかったとき用に、これは悪あがきみたいなものだけど。


 最後に一個だけ残した作戦とも呼べない策がある。


「ッ!!」


 それを実行に移すため、俺は再びハイアンの魔術と身体強化を重ね掛けした。


 俺の狙いは、この状況でのスタミナ勝負だ。


 さっきのぶつかり合いで分かったが、この速度域で戦えば俺にもルーシーにも強い衝撃が伝わる。


 それを長時間、それこそ俺の魔力が尽きるほど長きに渡って蓄積させ、ルーシーを倒すのだ。


 俺の思考力がパンクするか、あるいは魔力が空になるか。それともルーシーが倒れるか。


 はは、ルーシーが、この期に及んで更なる進化を遂げる可能性も、あるよなぁ。


 なんだこれ。アルクエの製作者はどんな意図でルーシーを壊れキャラにしたんだよ。


「流行らんわこんなゲーム」


「······? よく分からないけど、続き、やるの?」


「そうだよ。もう何もねえから、最後はお前が望んだ通りガチ勝負だよ馬鹿が!」


 こっちは必死こいて頑張ってんのに、のほほんとその先まで飛び越えていきやがって!


 内心でそう叫びつつ、俺はルーシー目掛けて突っ走った。

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