第173話 最初の超越者

 邪神の眷属は、アルクエ中盤間際では負けイベのボスとして登場し、その後も度々アーサー達の前に立ち塞がる強敵である。


 素の状態でも成長途中のアーサーを上回るそんな化物が、一時代を築き上げた英雄を取り込んだらどうなるのか――


 その答えが今、ガルディアスの目の前にあった。


 比喩でも何でもなく、瞬きの猶予すら与えぬ異次元の戦闘。

 ガルディアスが最大限の警戒を向ける先で漆黒の甲冑が忽然と消え、そして直前まで敵が立っていた地面が衝撃で吹き飛ぶ。

 ガルディアスはその時点でようやく敵が踏み込んできた事実に気付かされるのだ。


「■■■」


 大将軍の警戒を速度でぶち抜く俊敏性。そこから至近距離で繰り出すは致命の一撃。慌てて槍を斜めに差し込むも受けごと派手に吹き飛ばされる。


 そうしてガルディアスの身が宙に浮いた所に黒影が迫る。間を置かぬ追撃が喉元を断ち切らんと閃き――


「舐めるなよッ!」


 ガルディアスは今度こそ剣を受け流してみせた。


 先程の攻防は地に足を付けながらだった。ゆえに力の逃がし先が限られていたが、前後左右どこにでも受け流せる宙であれば、脱力するだけで『受け』となる。


 それでも角度やタイミングを違えれば死ぬのみだが、槍の名手であるガルディアスにミスはない。


 さらに――


「ふ、シュッ!」


 受け流した力を殺さずそのまま体を一回転。遠心力に乗せた槍が振り返ったところで眷属にぶち当たるよう調整して、完璧なカウンターを叩き込む。


 大将軍として鍛えた強靭な肉体、そこに敵の威力を上乗せした反撃の一手は――


「それでも、この程度か」


 僅かに甲冑を欠損させるのみ。

 その損傷が音を立てて修復されていくのを見て、ガルディアスは死の気配が強まるのを感じ取る。


『■■■■ッ!!』


「ははっ」


 彼の口から自然と笑みが溢れた。


 名実共にアルカディア最強となってから幾十年。彼が築き上げた伝説は数知れず、戦場の数だけその勇名は轟いてきた。


 生物として単純に強く、知恵者としても優れ、欠点など無いまさに時代の頂点。対抗馬とされたアイザックですら、とことんぶつかり合えば最後には殺せる自負があった。


 そんな男が久しく背中に感じる寒気。最後にガルディアスがそれを覚えたのはまだ若かった頃のこと。当時の時代を彩った大将軍たちの戦いを見た瞬間である。


「あの時と同じ、か」


 つまり、目の前の敵は――。


「槍一つで登り詰めたかと思ったが、今になって私が挑戦者になるとはな」


 ガルディアスは眷属を一睨みし、先ほど感じ取った彼我の実力差を思い出してから覚悟を決めた。


 このままでは恐らく勝てないだろう。己が死ねば眼前の脅威は市民へと向かう。それだけは防がねばならない。


 どうやって防ぐか、などと思考を挟む必要はない。


 手段は既にその手に握っているのだから。


(やることは変わらない)


 静かで、優しく、深い集中。爆発的な戦意を見せるシュナイゼルとは真逆の性質を持つガルディアスが、ゆっくりと槍を構えた。


 遅い、眷属にとってはあまりにも遅すぎるその動き。されど眷属がそれを咎めることはなかった。


 化物としての本能が訴えかけるのだ。あれは隙ではない。下手に手を出せば痛手を負うのだと。


「そういえば、私は私の限界を見たことがなかった。ちょうど良い。お前で試すとしよう」


 ――アルジャーノの仕掛けに反応して強くなるのは、何も新時代の担い手達だけではない。


 既に役目を終えようとしている旧時代が一人、己の限界を否定した。


 そうして一度否定してしまえば、これまで積み上げてきた全てが彼をさらなる領域へと飛翔させる。



 周囲が死体で溢れる地獄絵図すら今のガルディアスの意識には入らない。凄惨な光景もえげつない臭気も、槍にとっては不純物である。


 研ぎ澄まし、余分を削り、そしてまるで滑るように、ゆらりと動き出す。

 まるで舞い落ちる木の葉の如し捉え所の無い接近。応戦するように眷属が振るった刃をヒラリとかわし去ると、


「――ッ!」


 刺突一閃。右籠手を槍で鋭く穿つ。


『■■■ッ!』


 追撃を嫌った眷属が無理やり剣を横薙ぎに振り払う。当然それは真っ当な受けを許さぬ怪力だが、ガルディアスは地面に槍を叩き付けると棒高跳びの要領で天に逃げた。


 頭上は人間同士の戦いにおいて明確な弱点となる。加えて地から天へ切り上げる剣を学ぶ機会など普通はなく、ゆえに敵の攻め手を制限できる。


 宙へ飛ぶだけでガルディアスは二つの利を取った――否。


「ここなら軽いな」


 利は三つ。


 天という解放された場でのみ、圧倒的な力を容易く受け流せる。そして流した力を攻めに転じさせることも可能である。


 彼は天に舞い、そこで暴虐的な攻めを容易く受け流して攻撃に転用した――が、その程度のカウンターはさっきの焼き増しに過ぎなかった。


 眷属はガルディアスが大した損害を与えてこないと知ると、一切合切の攻撃を無視して意識の比重を攻めに寄せ始める。すると、


「ぐっ、お!?」


 一撃必殺の斬撃が弾幕のように繰り出される。近付くどころか即座に退かねば全身をズタズタにされる圧倒的攻勢、やはり眷属の身体スペックは人のそれを凌駕していた。正面からまともにかち合っても勝機はない。


「これは少し厳しいか」


 厳しい。そう口にしたガルディアスはしかし、何故か槍を片手に突撃の構えを見せて、


『■■――ッ!?』


 バカな、と。そう言いたげな雰囲気をした眷属目掛けて、大将軍はなんとバカ正直に突撃した。


 向かう先は斬撃の嵐。彼が知るシュナイゼルの一撃よりさらに重い攻撃が連続で繰り出される死地である。


「は、はァ」


 初撃を回避して笑う。


「ッ!」


 ニ撃目に薄皮を抉られつつもさらに距離を詰める。


「コォ――」


 そして、特殊な呼吸音を奏でたと同時、なんと彼は三撃目に槍を合わせにいった。


 当然圧倒的なスペック差に押し負けて弾かれる。されど四、五、六と続く攻撃にも槍を向け、弾かれていたのが徐々に小さくなり、やがて――


「見えた、ぞォ」


 技の威力が乗る前、動き出しを抑え、逆方向に力を加えることで勢いを殺し、なおかつその一連の作業を握る手が白む程の全力でこなして、ようやく紙一重の受け流しを叶える。


『■■■ッ!?』


 奴隷上がりのガルディアスは言葉が上手くない。気の利いたことは何一つ言えないし、そもそも言おうとすらしない。


 彼は常に槍で全てを示してきた。そしてそれは今日も同じである。貴族が飾った言葉で民衆を奮わせるように、彼は己の半生を映し出すその槍で語るのだ。


 ――自分が生きている間は、アルカディアを堕とさせやしないと。


 深まる集中。極限まで研ぎ澄まされた槍が徐々に暴虐の嵐を刈り取っていく。一つ一つ、致命の一撃を受け流し、一歩ずつ近付き、そして、


「なん、だ、これは?」


 ガルディアスの雰囲気が僅かに変じる。既に己という器を極め切った後、さらに成長を求めたことで一つの境界線を越えたのだ。


 彼の脳裏に、一瞬だけ異様な光景が映った。どこまでも暗闇が続く無の世界。封印が施されたような巨大な扉と、その前で佇むくたびれた雰囲気の青年が一人。


 青年はガルディアスを見て僅かに驚き、それから小さく唇を震わせる。


『よく一人でここまで来れたね。でも残念君じゃない』


 そんな声が脳みそに直接響いた直後、ガルディアスの意識は元に戻っていた。直前まで見ていた異様な世界は跡形もなく、目の前には眷属がいる。


「なん、だったんだ?」


 それは、アイザックも、シュナイゼルも、ノルウィンも、この時代を生きる誰もがまだ知らぬ領域である。


 遥か遠くから戦闘を見守るアルジャーノが僅かに目を見開いた。その驚愕は、ガルディアスが彼の想定を越えてきたことの証左。


「まさかニコラスの助けなく踏み越えるなんてね。これもまた収穫かなあ」


  

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