第174話 最強×最強×最強

 時代の頂点に立った男が、槍で自らの天井をこじ開けた。そうして至った武の極地、ヒトを越えた領域にて真なる武人が笑う。


『■■■ッ!!』


 轟、と信じられない破壊音を響かせて眷属が駆けた。先ほど以上の初速、からの加速。ガルディアスに呼応してさらに出力を増した踏み込みは最早人智を越えていた。


 そこから繰り出す斬撃も、当然現代の人間にとっては未知の領域。ようやくこの場にやって来た増援たち、ガルディアス直属である彼らの眼をもってしても、それは捉えられるものではなかった。


 されど迎え撃つ武人は笑みと共に槍を旋回させる。


「なんだ」


「あれは本当に閣下の槍か?」


 部下たちによる戸惑いの声。進化を経たガルディアスの槍は、部下たちがよく知るものでは無くなっていたのだ。


 柔らかく、巧く、それでいて堅い。大将軍として全ての要素を高めたからこそ、限界を越えた武は相反する性質を矛盾無く内包する。


 万物を打ち砕く眷属の一撃と、武を極めた珠玉の一突き。中空で双方の得物が衝突する。一瞬の後の轟音を予測した部下たちは慌てて耳を塞ぎ――


「は?」


 予想に反して、轟音は控え目なものだった。柔らかさで威力を殺し、技術で巧みに受け流し、それでも残った分だけを堅さで受ける。そうした槍によって、化け物の一撃は破壊力を失っていたのだ。


「どうした、追い付いてしまったぞ。これ以上は無いのか?」


 ガルディアスの顔に浮かぶ笑み。それを崩さんとした眷属が全身を躍動させ、人にはない圧倒的なスペックで磨り潰しに掛かった。


『■■ッ!!』


 斬撃が乱れ飛ぶ死の嵐。呼吸すら入り込む余地のない刹那、無数の火花が弾けては散り逝く。


 それはただ強く速いだけの攻防ではない。立ち位置、重心、受けの種類、全て最善手で捌かねば受けられない攻めは、常に相手の思考を疲弊させる。


 しかしそれだけやっても、


「ふ、ハハハッ」


 男の笑みが止まない。


 それどころか急速な成長によるズレを瞬時に修正し、より正確に眷属の攻撃を撃ち落とし続ける。一合、二合、打ち合う度に槍が自由度を増していく。


 今この瞬間すら彼にとっては稽古台に過ぎないのだ。


「私はどこまで往けるッ!?」


『■■■■ォォオ!!』


 とうとう槍が剣を弾き飛ばした。それと同時に眷属は理解する。ただの暴力でこの武に打ち勝つのは不可能であると。


 ゆえに眷属は、その身が神速の槍に貫かれるのもお構い無しに後退した。勝てない。並みの攻撃も通じない。下手に攻めても相手の経験値の足しにされるのみ。


 ならば相手の許容量を超える一撃で、一切合切を破壊してしまえばいい。


 再び眷属が地面を蹴り込んだ直後、超常的な破壊をもたらす斬撃が無数に繰り出された。


 あれだけの堅牢さを誇る甲冑が、その動きでひび割れるほどの高威力。先程の攻防を上回る圧倒的な破壊力で、前方にあるモノを一つ残らず粉砕していく。


 前進、前進、前進。間合いが詰まる。面での制圧を為す斬撃の嵐は、最早天災と遜色ない破壊をもたらしている。


 しかしそれを前にしたガルディアスは、ふっと笑みを深めると真正面から槍を突き出した。


 己の限界はどこか。どこまで行ける?

 苦しい、だからどうした。苦痛も所詮は雑念。それを感じる心の余裕すら槍に傾けろ。

 必要なのは槍だけ。力みも無駄な思考も何もかも削ぎ落とした先、完璧な槍を思い描けばそれでいい。


「オァァア!」


 接触の瞬間、初手の斬撃に槍を合わせ、最も威力が乗らないタイミングで打ち落とす。


 その間に迫っていた第二、第三の斬撃は身を捻る事で回避。回避後は身を捻った方向に従って槍を横薙ぎに振り払い、第四の斬撃を跳ね返す。


 そこまでやっても息を休める暇はなく、


『■■■っ!』


 ガルディアスの前方を、嘘のような斬撃の嵐が埋め尽くしていた。これが英雄すらも凌駕するスペック、眷属が最強足るゆえんである。


「は、はっ」


 これにはさすがのガルディアスも後退せざるを得なかった。ただしそれは負けを意味する後退ではない。退くことで余裕を産み、再び槍を自由に扱うのだ。


 受け流し、打ち緒とし、逸らし、跳ね返し――呼吸はおろか瞬きすら許されない刹那の応酬が再開される。


 時間にすれば十秒にも満たない、されどそれは無限にも感じられる地獄のような攻防である。


 ガルディアスの心身に疲労が溜まっていく。徐々に精細さを欠いていく槍。時間経過と共に英雄が追い詰められる。


 一方で眷属には未だ僅かな衰えもない。無限にも思える再生力を持つ化け物は、この期に及んでまだ全力を維持していた。


 その差が徐々に、確かに開く。拮抗していたからこそ僅かな差が致命的に勝敗を分ける。


「ぐ、が」


 ガルディアスが明確に押され始めた。人間であれば逃れられない疲労、怪我、消耗。慣れない限界以上の実力を発揮したことに加え、眷属の攻防を押し付けられたこともまた、彼の体力を奪っていたのだ。


『■■■ッ』


 眷属が止めの一撃を振り下ろした。それを――否、敵の背後を見たガルディアスが凄絶な笑みを浮かべ、


「がはっ!?」


 眷属の一撃をその身に受けた。一歩退き、重要な臓器も逸らすような角度で、眷属の剣を受け止める。そして受け止めたそれを抱え込むように固定し、その背後で――


「随分なやられようだな、大将軍」


 青電が炸裂する。稲妻が最強の一角の到来を告げる。

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