第175話 逃走と新たなる死闘の予感

 ガルディアスを屠るべく剣を振り上げた眷属が、青き落雷に身を貫かれてその動きを止めた。


 融解し崩れ落ちる甲冑。戦場が停滞する。自らの死を悟っていたガルディアスは、それを防いだ者に視線を向けた。


 悠々と死地に足を踏み入れて不敵に笑う金髪碧眼の男。圧倒的な二つの存在感に見劣りせぬその人物は――


「ハイアンか……なぜお前がここにいる?」


「下らん戦ならアルカディアの勝ちで終いだ。今さら俺様の助力など要らんだろう。それよりも面白そうなものが此処にあったんでな」


 そう答えたハイアンは、早速再生を始めた眷属を見て笑みを深める。


「なるほど。これは貴様が押される訳だ」


 致命傷から即座に復帰する再生力。ハイアンの記憶にある姿より強くなったガルディアスを上回る戦闘力。肌を突き刺すような感覚は格上に対して抱くそれである。


 人類最高峰の強さを持つがゆえに、ハイアンは眷属の脅威度を把握した。総合力、存在感の桁ではまず勝てない。


 しかしそれでもなおその場で余裕を浮かべるのは、己に絶対の自信を持っているから。ハイアンは剣を構えて一歩を踏み出した。それに反応して眷属が動き出し――


「油断するな!そいつは――」


 ガルディアスの警告を搔き消したのは、耳をつんざく轟音であった。


 爆発音が弾ける眷属の踏み込み。その足元が衝撃で消し飛び、生じた推進力で彼我の間合いを飛び越える。成長を遂げたガルディアスですら押し負けたスペックの猛威、人外の速度域で眷属はハイアンへと牙を剥き――


「遅いな」


 なんと後手から、蒼電が一切合切を凌駕した。雷を纏いし最速の男が悠々と先手を奪い取る。


『■■ッ!?』


 瞬きよりも短い刹那で描かれる無数の剣筋。眷属を中心とした周囲に数多の斬撃痕が刻まれた。


 ガルディアスが武を極めたように、ハイアンは速度を極めている。それぞれ総合力では眷属に劣れども、ただ一点、そこだけは優位を譲らない。


 細かな傷ゆえに一つ一つは即座に再生する。軽い攻撃ゆえに攻防が長引けば眷属が優位を取る。

 されどヒットアンドアウェイを繰り返すハイアンは、切り結ぶ瞬間だけ必ず先手を取り、眷属を一瞬だけ剣圧で押すのだ。


 そして自分が不利になる前に距離を取る。


 蒼電弾ける超速度の攻防。この場にいるガルディアス直属の部下達ですらその目でハイアンと眷属を捉えることが出来ない。


 弾け飛ぶ瓦礫の山と、武器の衝突によって巻き起こる轟音と衝撃波が、異次元の戦闘、その一端を知らしめていた。


「おい大将軍。いつまで見物を決め込むつもりだ」


「ふは、この私を顎で使うとは」


 そんな次元に、しかしガルディアスは迷いなく足を踏み入れた。

 彼もまた世界に選ばれし存在。そこに立ち入る資格を持っているのだ。

 圧倒的なスペックでハイアンすらをも喰らわんとする眷属の隙を、ガルディアスはこれ以上ない完璧なタイミングで見切って槍を放つ。


『■■■■ッ!?』


 漆黒の甲冑が抉れ、眷属が僅かに怯いた。その隙に容赦なく叩き込まれる神速の剣舞。稲光が閃く。


「どうした木偶の坊、一撃当てれば貴様の勝ちだぞ?」


 圧倒的な速度と威力で振るわれる斬撃を、それ以上の速度で回避するハイアン。速度差で振り回し、時折剣や落雷によるダメージを与えることで眷属の注意を引き付け、


「フンッ!」


 ガルディアスが警戒の隙間を縫った一閃を放つ。


 ハイアンもガルディアスも、それぞれ一人では眷属と拮抗、あるいは押すことなど出来なかっただろう。


 速度だけ、技だけなら、無尽蔵の再生力を持つ眷属にいずれ対応されてしまう。しかし二人ならば優位にまで立てる。そしてさらに――


『■■■ッ!?』


 眷属が弾けるように都市の城門の方を振り返った。まるでそちらから何かがやって来るのを察したように、はるか遠くを見定めて――


「この気配、シュナイゼルか」


 一瞬遅れてガルディアスも気付いた。旧時代最強の一角を落とした新時代の担い手が、その存在感を滾らせながら接近してくるのに。


 二対一でこの戦況。そこへさらにもう一人の、それも圧倒的な強者が加われば、いくら眷属と言えど勝ち目はない。


 それを悟ったのだろう。ハイアンとガルディアスに警戒を向けながらも、眷属は一歩後退するとたちまち逃走を開始した。


 向かう先は正門の方向。そのまま外へ逃げようとしているのだ。


 ガルディアスは本気の眷属には追い付けず、速度で勝るハイアンも長時間敵と一対一になる危険性を考慮すれば無策で追い掛けることは出来ない。


 それゆえ、二人は一定の間隔を空けながら眷属を追跡をすることになる。そうして相手に僅かな自由を与えてしまえば、


「愚図共が。俺様の道を塞ぐか」


「この程度で私の障害になるとは思えないが……」


 追い掛ける二人の行く先を塞ぐように、眷属との間に無数の黒い甲冑が出現する。単体でノルウィンが死闘を繰り広げるレベルの怪物が一度に数十体。アイザックを取り込んだ個体を逃がす目的で、いっせいに牙を剥いた。



「オラァ!」


 渾身の力を込めて槍を突き込んで眷属の頭部を粉砕する。即座に再生を始めた所に続けて落雷を直撃させると、融解した甲冑はそのまま動かなくなった。


「これで、三体目ぇ……ハァ、ハァ」


 魔力消費量は体感で六割。既に魔力切れの症状による頭痛や吐き気が凄まじく、全身の倦怠感も激しくなっている。


 正直これ以上戦いたくないんだが、周囲を見渡せばまだ数多くの眷属が残っているようだ。


 フランケルやヴァーゼルといった猛者が一方的に敵を刈り取ってはいるが、落ち着くにはまだ早い状況だろう。


 もう少し踏ん張るか。


 そう思って槍を構え直した時、急に周囲の眷属がいっせいにその姿を消した。周囲に広がっていた緊張感も同時に消える。


「消えた、のか?」


 不意打ちへの警戒を続けるものの、やはりどれだけ待っても敵が出てくる気配はない。


「ご無事ですか」


「あ、ヴァーゼルさん。はい。俺は大丈夫です。それよりも……」


「はい。この状況、危機を脱したと思わない方がよろしいかと。恐らくは戦場が移っただけでしょう」


「移った?」


「はい」


 シュナイゼルの部下であるヴァーゼルがここから遥か遠く、都市がある方を鋭く睨み付けた。


「かなり遠いのでうっすらとですが、先程の存在感を向こうに感じます」


「向こうって、あっちは都市の方じゃ!?」


「はい。一体どんな目的かは分かりませんが……」


「いや、おい、待てよ?」


 都市の方に今の数十体が移動した?


 あそこには本来の主人公であるアーサーがいるんだぞ!?もし、万が一戦闘に巻き込まれて死んだりしたら――。


 やばい。やばいやばいやばい!


「今すぐ行きましょう!」


「ノルウィン殿!?」


 俺はヴァーゼルを連れて都市の正門の方へと向かっていった。

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