第176話 遭遇、一触即発

 戦場であった平野から消えた数十の眷属たち。単体で部隊を壊滅させる戦力を持つ化物達がどこへ消えたのか、その場所によっては全てが手遅れになるかもしれない。


 そして最悪なことに、戦場から消えた気配は都市の方へと移っていた。


 市民はもちろん、あそこには主人公であるアーサーがいる。万が一この戦闘で彼が死ぬような事があれば、未来に与える影響は計り知れない。


 彼は世界最強の一人だ。ゲーム本編通りクレセンシアの敵となるならここで死んでほしいが、仲間にできる余地が少しでもあるなら助けるしかない。


 アーサーを救うため、俺はシュナイゼルの腹心であるヴァーゼルや、ハイアンの右腕のフランケル等を伴って都市へと戻った。


 そこで見た光景はーー


「なんだ、これはっ」


 敵国との国境沿い。防衛の最前線である都市の正門は、平時であれば堅牢な正門が閉ざされているものだ。如何なる物理、魔術的な攻撃も跳ね返すはずのそれが、今は木っ端微塵に突き破られていた。


 周囲に散らばる門番たちの死体は、拉致外の力で粉砕されたように全てが肉片と成り果てている。恐らくは正門を破壊した敵がそのまま門番を皆殺しにしたのだろう。


「こりゃあ、想像以上に不味いかもしんねえな」


「フランケルさん?」


「見ろよノルウィン。いや、あんまり見るもんでもねえか」


「何が言いたいんですか」


 強者たちの感覚によれば、この都市内部に眷属達がいる。それを前に視線をそらすわけにはいかない。俺は前を向いたままフランケルに話しの続きを促した。


「はぁ、最近のガキは肝が座ってて恐ろしいわ。ま、それは置いといてーー」


「おい、この緊急事態に無駄話はよせ」


「悪い悪い。俺が言いてえのは、死体が散らばってんのは全部門の内側で、んでもって飛び散った血肉が少しずつ乾いてきてるって事だ」


 フランケルの言葉を聞いたヴァーゼルさんが素早く全体を見渡す。


「なるほど。確かにそうらしい。貴様、見かけに寄らず目聡いのだな」


「そりゃあ長年裏社会で生きてればな。その長年の経験と勘がこの状況はかなり不味いって言ってやがる。敵は都市の内側から門をぶち破った可能性が高いぜ。しかも俺達が黒い騎士と戦ってる間にだなァ」


「つまり新手が都市の中にいると?」


「おうよ。あの騎士共よりよっぽど強い新手だわな」


 凄い状況判断能力だ。この一瞬で、これだけ瓦礫や死体が散乱した場を見ただけで、そこまで仮説を立てられるなんて。


 流石はハイアンの右腕といったところか。そしてそんな優秀な彼の仮説が当たっているなら、俺達が行く先にさっきの眷属より強い何かがいるかもしれないらしい。


 眷属一体ですら俺一人では苦戦したというのに、それ以上の化け物がこの都市の内側にいるかもしれないと?


 もうアーサーは死んでるんじゃないのか? いや、アーサーどうこうじゃなくって、俺がここで死ぬ可能性すらあるだろ。


「ま、なんであれここで道草食ってる理由にはならねえわな。行こうぜ」


「そうだな。ノルウィン殿には出来れば残って頂きたいのですが……」


「おいおい軍人様よ、こうなったら今更だ。大事にしたい気持ちは分かるが、俺達とはぐれた方が危ねえだろ」


「それくらい分かっている。ノルウィン殿。くれぐれもご無理はなさらぬようにお願い申し上げます」


「……荷物になるつもりはありません」


 この二人と比べて俺が大きく劣っていることは分かっている。それでもついていかなければ。ここで置いて行かれるつもりはない。


「んじゃ行くか。気をつけろよ二人共。さっきの騎士共の雰囲気は奥の方に感じる。冷静にーー」


 突然、本当に何の前触れもなく、轟ッと耳をつんざく金属音がフランケルの話し声を掻き消した。


「ッ、痛ッ!?」


 話し声どころか世界からあらゆる音が一気に遠のく。同時に耳元が激痛を発し、慌てて耳を抑えた手にはベッタリと液体がこべりついていた。


 この戦争で嫌という程触れてきたから、それが血液であるとすぐに理解できた。


 ーー鼓膜、やられた?


 は? え? なんで?? てか鼓膜破れたら血って出るものなんだ。結構痛いな。


 突然の事態に脳みそが理解を放棄する。そうして場違いな思考を挟んだ後、ようやく少しずつ状況が飲み込めてきた。


「ーー殿! ノルウィン殿!」


 すぐ近くでヴァーゼルさんが何かを叫んでいる。あれ、でもフランケルさんは?


 ていうか眼の前のこの黒い影はーー


「あ」


 見上げる程の巨躯。肩に担いだ特徴的な大剣。そして敵対者を萎縮させる圧倒的な雰囲気。それらはさっきまで俺が戦場で感じていたものと瓜二つであった。


 明確な違いは、さっきまでそれを放っていた者はアイザックという生身の人間だったこと。


 そして今目の前にいる黒い影は、アイザックと瓜二つでありながらも、どこからどう見ても眷属のナリをしていること。 


「アイザックが、眷属?」


 想定していた最悪すら超える現状がようやく理解に至る。しかしその時には遅かった。理解までの数瞬は、オブライエンを倒し、シュナイゼルと渡り合った強者を前にして晒して良い隙ではなかった。


 アイザックの造形をした眷属がこちらに敵意を向け、それと同時に視界の端でヴァーゼルさんが激しく動き出す。


 多分、初動はヴァーゼルさんが先だったのだろう。いち早く危機を察知して俺の前に立った彼は守るように剣を構え、そして次の瞬間には俺の目の前から消え失せていた。


 僅かに遅れて数十メートル先の家屋が衝撃音をあげて倒壊する。見れば一瞬で瓦礫と化したそれの下から力ない人の腕が覗いていた。


 腕が纏う騎士服、あれ、ヴァーゼルさんのやつだよな? え? 吹き飛ばされた? 今の一瞬で?


 じゃあ最初に消えたフランケルさんも?


「無理だろ、俺じゃ」


 ヴァーゼルさんとフランケルがやられるような猛者相手に俺がどうしろと?


 アルジャーノが用意した超えるべき壁ってこれか?


 いや無理だろ。そもそもこの思考の間すら敵の気分で生かされてるだけで、その気になればもう死んでるだろうし。


 けど、まァ。諦める理由にはならないか。クレセンシアを助けるための命だ。この命はそもそも俺のものじゃねえだろ。


 こいつを1秒でも留めておくことが、こいつをほんの僅かでも削っておくことが、回り回ってクレセンシアを救うかもしれない。


「一秒でも、逃げるッ!!」


 身体強化、風属性魔術による加速、そしてハイアンのオリジナル魔術を同時に発動させーー


「が、ァァァ!!」


 その三つに過剰な魔力を乗せ、意図的に暴走させた。どうせ一人で戦えば死ぬ。そんでもって中途半端な力はこいつにクソ程も通用しない。


 なら後先を考える必要はない。今持てる全てをここで吐き出すしかないだろう。


 なんでこう、こっちに来てからの俺の人生って窮地しか無いんだろうな。まあ、そういう生き方を選んだからか。


 全てはシュナイゼルの弟子となる事を選んだ日に決められていたんだ。でも、なあ。弟子になるよう仕組んだのはノルウィンの父親だし、ああ、くそ、やっぱなんか陰謀を感じる。


 ーーて、現実逃避はこんなもんでいいだろ。向き合えよ俺。


 そうして前を向けば、目の前には最強を取り込んだ眷属が君臨していた。






ーーーーーーーーーーーーーーーー

てなわけで久々の更新です。リハビリも兼ねてるので文章力だいぶ落ちてるかと思いますがよろしくお願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る