第181話 決着間際

「はぁ、はぁ、はぁ」


 酷い虚脱感に足元がふらつく。

 オブライエンの代役である俺が身体を動かすことはない。だというのに脳を酷使した疲労は肉体にまで及んでいた。


「少し休むか? 数分なら指揮を変わっても問題ないだろう」


「いえ、まだやれます」


 そう答えながらも苦痛が全身に染み渡る。


 味方と敵の流れを読み、損耗具合を考慮した上で即座に作戦を立て、それをサインによって実行させる。言葉では簡単に聞こえるが、実際は思考が焼き切れそうになるほどの負担が掛かった。


 そもそも味方はオブライエンのサインが通じない者が大半なのだ。その上圧倒的な強さを誇る敵に戦場を掻き乱されれば、出したそばからサインが無駄になることもざらであった。


 人と戦場の流れ、雪だるま式に積み上がっていく情報は、俺一人では到底捌き切れなかっただろう。オブライエンの部下であった男が補助に入ってくれたからここまで保てたのだ。


「やはり無理はよくない。ここは私が……」


「いえ、辛いのは慣れてますから」


 なんのために普段から自分を追い込んでいるのだ。

 限界を決めればそこが自分の天井になる。だからもう少し粘れ。


 再び集中を深めて広い視野を戦場へ向ける。




 それからさらに時間が経ちーー


「これでェ、詰みだろッ!」


 最後のハンドサイン。それによって速やかに作戦を実行に移す部隊が、残った眷属を左右から挟んで粉砕した。


 既に何度も致命傷を受けていた眷属は、再生することなく活動を停止、つまり俺達の勝利が確定する。


 俺にも、部隊にも、喜びの色はなかった。喜ぶ気力すら使い果たす程の死闘だった。味方は大勢死に、残った者達もかなりの負傷を負っている。


 勝ちというよりは負けなかっただけ。内容はほぼ負けに等しい。


 それでもここは守り通した。これ以上の犠牲を出させなかった。少しはオブライエンに顔向け出来るだろうか。


 いや、おっさんならきっと、嫌味の一つでも吐いてさらに成長しろと言ってくるに違いない。それが容易に想像できてしまうから、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。


「なんとか、なりましたね」


「ええ。不思議なものです。若き日のオブライエン様を見ているような気分でした」


「俺は代わりになれていましたか?」


「そうですね……全く満足のいくものではありませんが、まあ、百歩譲ってほんの少しだけ」


 まだ足りない。彼の目がそう語り掛けてくる。厳しい評価だが、今はオブライエンガチ勢から少しは似てると言われたことを誇るべきか。


 さて、次はどうするかーー


 その時だった。


 耳をつんざく轟音が都市全体に響き渡った。土煙をあげて遠くで建物が倒壊し何かがこちらへと吹き飛ばされてくる。


 途中でさらに複数の建物を粉砕しつつ飛来する黒いナニカは、俺達からほど近い場所に着弾するように吹っ飛んできた。


「な、何が起こったというのだ!?」


「全体! 落ち着け!体勢をーー」


 混乱に包まれる部隊。俺は風属性魔術で周囲に立ち込める煙を晴らした。そうして見えてきたのは、


『■■■■ッ』


 全身がボロボロになったアイザック型の眷属。


「おお、派手にぶっ飛んだじゃねえか」


「全く、これではどちらが化け物か分からん」


「さっさと終わらせようか」


 そしてそれを追ってきたであろうシュナイゼル、ハイアン、ガルディアスの3名であった。


 オブライエンの部下を含めた俺達の部隊は、地獄のような戦場を生き抜いた猛者の群れである。


 それが、


「……終わりだ」「なんなんだよ、なんなんだよあれはァ!?」「ッ!?」


 突如現れたアイザック型の個体、その強大なる存在感に呑み込まれた瞬間、ほぼ全員が戦意を喪失した。


 勝てる勝てないではなく、まず勝負の土俵にすら乗れていない。強者であるほど敵の強さを察してより絶望を深める。


 だがその中で戦意を滾らせる者もいた。


 一目でアイザックだと分かるその姿に主の仇を重ね、復讐の炎を燃やすオブライエンの部下たち。彼らは積み重なった疲労も忘れて武器を構える。


 震えながらも必死に己の足で立つアーサー。背後で気を失う幼馴染みだけは守らんと、彼は半泣きで眷属を見据えている。


 旧き時代の残り火と、次なる時代の小さな炎が燃えている。


 そしてこの時代の頂点に瞬く恒星たちはーー


「まずは俺が行くぜ」


「ならば私はシュナイゼルの後隙を埋めよう」


「俺様は好きにやらせてもらうぞ」


 目を焼き尽くさんばかりの熱量を放って戦場に君臨していた。アイザック型の雰囲気に支配された戦場を三人が塗り潰す。


 戦場に乱入した3人の内、大剣を持ったシュナイゼルが真っ先に飛び出した。


 足元の地面を抉るほど強く踏み込み、両手で握った武器を上段から全力で叩き込む。それは後の防御を考えない決死の攻撃であった。


 最強の全力により大きく揺らぐ眷属。一見押しているように見えるがその実それは悪手である。受けながら次に備える眷属の方が、乾坤一擲の大勝負に出たシュナイゼルより先に動けるからだ。


「ハッ、バカが」


 しかしその状況下でシュナイゼルが笑う。彼の身に突き立つのは敵の剣ではなく、


「馬鹿はお前だろう、シュナイゼル」


 ガルディアスの冷たい一声だった。眷属のカウンターを美しい槍捌きで絡め取った男は部下に鋭い視線を向けている。


「いや、今のは閣下を信じたからこそって言いますか」


「私抜きで勝てなければ意味はない。いつまでも旧時代に頼っているようではな」


「すぐにでも超えますよ……ッ!」


 シュナイゼルが吼える。呼応するように眷属もまた雄叫びをあげるが、


「黙れ、耳障りだ」


 無慈悲なる雷が漆黒の甲冑を焼き尽くした。並の眷属なら一撃で戦闘不能になる魔術であり、ハイアンのそれは俺のモノより遥かに高出力なはず。


 それを受けてなお仁王立つアイザック型の個体は、まさに別格と言えるだろう。ただ無傷ではない。被弾直後の動き出しからは、平時の身軽さが無くなっていた。


 そこにシュナイゼルの剛剣が叩き込まれる。


「ぐ、あハァ、これだけやってもまだ互角……、かよッ」


「強がるな化け物。負けているぞ」


「うるせえ引きこもり野郎がっ!」


 ハイアンに茶化されたシュナイゼルがさらに気合を入れた。そして無呼吸で弾ける連続攻撃。人智を超えた攻撃の応酬、その余波で周囲の瓦礫が吹き飛ばされていく。

 

 俺も、オブライエンの部下たちも、誰も割って入ろうなどとは思えない。その渦中に当然のようにガルディアスが槍を突き入れる。


「ここだな」


 一体何がどうしてそうなったのか、その過程は何一つ分からない。ただ結果として眷属の手から大剣が吹き飛んだ。


 それを為したであろうガルディアスは、さらに眷属の身体に槍を突き込み、


「ッラァ!!」


 突き入れた槍の石塚をシュナイゼルが大剣でぶん殴るように押し込み、そして、


「これで詰みだ」


 槍を介してその内側、眷属の体内へと電流を流し込んだハイアンが笑う。


 全身から煙をあげてドロドロと溶けていく漆黒の巨大。融解していく身体は再生することなくどんどん小さくなっていく。


 これで終わりか。場の多くがそう思った。しかし溶け消える間際、眷属の甲冑が俺の方を向きーーそのヘルムの奥に宿る炎が、ほのかに輝きを増した。


 それから僅かに残った眷属の身からじわりと闇が溢れ出す。ドクドクと不気味に脈打つそれは、粘性を帯びているのかゆっくりと地面に広がっていく。


「やっぱり、邪神の……」


 俺はそれに見覚えがあった。ゲーム内で一部の特殊な眷属や、クレセンシアを撃破した後に漏れ出る闇。あれは邪神の一部なのだ。


 あれに触れて無事でいられる者はいなかった。闇に耐性の無い者は激痛に悶えて死に果て、耐性のある者は自我を壊され邪神の手先へと変貌してしまう。


 そして作中で唯一強い適性を示した者ーークレセンシアは、徐々に闇に侵食され、自分が自分でなくなる恐怖と孤独に戦い、最期には人のまま殺される事を願った。


 あれが、あれが、あれがーーッ。


 怒りで思考が真っ赤に染まる。その勢いで魔術を発動しようとしたその時、


「……ッ!?」


 どんな呪いも魔術も気合で吹き飛ばせるシュナイゼルが、顔面蒼白となって大きくその場を飛び退いた。それを見て我に帰る。そうだ。あれ相手に暴走するなんて愚の骨頂だ。


 落ち着け。今は落ち着け。


 シュナイゼルに続いてハイアンとガルディアスもまた後退する。


 他の者らは広がる闇の異常性を認識しつつも、シュナイゼルの本能に訴えかけるナニカを感じ取ることは出来ないようで、ただ見守る者が多かった。


 そんな中、残った甲冑から漏れ出るように闇が広がりを見せる。しばらくすると甲冑自体も溶けて闇の一部となり、


「あいつは……」


 甲冑すら溶けて無くなったあと、黒い液体の中からアイザックの死体が出てきた。


 ガルディアスが無言で目を細める。同じ時代を築き上げた者の哀れな末路に感じる所があるのだろうか。


 まあそれは関係ない。今はこの眷属の元となった闇をどうにかしなければならないのだ。


「おい、止まったぞ」


 猫が全身の毛を逆立てるような雰囲気で闇を見ていたシュナイゼルがそう言う。見れば確かに、闇の拡大がピッタリと止まっていた。未だ脈打っていて、気味の悪さだけが残る。


「あ、動いたーー」


 動いた。そう思った瞬間、地面に広がる闇からうぞうぞと何かが生えてくる。細長いモノがついたそれを手だと認識した時には、無数の腕が何故か俺の方に伸びてきていた。


「嘘だろ!?」


 あれに触れられたら真っ当な終わり方はしない。俺は慌ててその場を飛び退いた。しかし手の本数が尋常ではなく、そしてそもそもあり得ないほどに速い。


 一瞬で追い詰められ、全身に手が纏わりついてくるのはすぐの話だった。


「ヤベッ……」


 決死の思いで腕の一本を引き剥がす間に無数の腕が絡み付いてくる。そうして全身を雁字搦めにされ、そのまま俺の意識は闇にのまれていった。



 ノルウィンが闇に絡め取られる様を、遥か遠くからアルジャーノが観察していた。


「本当に彼を繋いだのなら、それくらいモノにしてくれないと困るからね??」


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