第69話 お呼ばれされました!
「お帰りなさい、ノル」
「ああもう、今日はホントに疲れましたー!」
自室で待っていたミーシャを見ると、途端に身体から力が抜けてしまった。
俺の帰る場所を、日常を整えて待っている。以前そう言ってくれたからだろうか。この人を見ると気が抜けるというか、安心してしまうのだ。
ベッドにダイブ―――汗やもろもろで自分が汚いことを思い出し、寸前で倒れ込む先を椅子に変更。それにドカッと身を預けてボーっと天井を見上げた。
「そんなに大変だったんですか?」
「はい。いや、まあ武術大会って世代の頂点を決めるイベントですから、敵が強いのも大変なのも当たり前ではあるんですけど。でも今回は例年よりずっと強い選手が多かったみたいで」
「そうなんですね。怪我とかはありませんでしたか?」
「はい、特には。サラスたちも無事に突破できましたし」
「それはよかったです」
安心して微笑むミーシャだが、今の会話で何か引っ掛かったのか首をかしげた。と思えばはっとして口を開く。
「サラス?呼び方を変えたんですか?」
「ああ、それなんですけど――」
サラスと呼ぶようになったのは今日からだし、ミーシャはそこら辺を何も知らないのだ。
サラスヴァティを愛称で呼ぶようになった理由、それに連ねてレイモンドと友達になった経緯などを伝えると、ミーシャは嬉しそうに俺の頭を撫でてきた。
「そうですか。新しく友達が出来たんですね」
「まあ、そんな感じです」
目を細めて、本当に嬉しそうにしている。
俺の親代わりになると以前言っていたけど、そんな彼女からしたら戦いばかりの俺が年相応な事をしてくるだけで嬉しいのだろうか。
ううむ。罪悪感が酷い。
年相応どころか、これからより激しい戦いに参加する訳だしな。
「レイモンド君とは仲良くなれそうですか?」
「はい。今日話しただけでも波長が合うなと感じましたし、何より―――」
「なにより?」
「いや、まあ、こういう言い方はアレですけど、向こうも俺もあんまり友達が多くないので、お互いを大切にしたいなって感覚があるんですよ」
今のは口からでまかせだ。
本当は、『何より同じ槍使いだから』と言おうとした。
しかしミーシャとの談笑に戦いを想起させるワードはよくないと思ったのだ。
「ノルは優しくて素直な子ですから、これから沢山友達が増えると思いますよ」
「そうですかね。まあ、学校でも行けばそうかもしれないですけど」
「行かないんですか?」
「頼めば行かせてくれるかも知れませんけど、時間の無駄になると思うんですよね。今さら基礎的なことを学ぶ気にはなれないですし」
「やっぱりここで訓練した方が強くなれるんですか?」
「そりゃあ、国内最高水準の設備が整ってますからね。シュナイゼルさんを通してアルマイルさんと連絡を取れば、魔術の訓練にも事欠きませんし」
「それでも私は学校は大切だと思いますよ」
どうやらミーシャは俺を学校に行かせたいらしい。
まあ学校に行けば嫌でも周囲の子供と足並みを揃わせなきゃいけないからな。
俺一人の幸せを第一に考えるミーシャとしては、それは絶好の環境なのだろう。
「それに、ほら、強くなる方法って単に鍛えるだけじゃないと思うんですよ」
「人脈ですか?」
「ふふ、流石ノルですね。先に言い当てられちゃいました。その通りです。私の実家は商売の真似事をしていた貴族家だったので、そこら辺の考え方に少しだけ理解があるんです。急造では信頼関係なんて築けない。より強く結び付くなら長い時が必要になるって」
ふむ。まあ一理あるけど、俺だってそれを考えて来なかった訳じゃないんだよな。
ミーシャは長年の情が信頼関係になると言いたいのだろうが、俺は必ずしもそれが最優先だとは思えない。
勿論、サラスヴァティやルーシーのような存在は必要だろう。俺は彼女たちに何度も助けられてきてるしな。
でも、信頼よりも打算や利益を与える、あるいは交換し合う関係だって不純ではないはずだ。
そういった繋がりでは実力と結果が信頼に直結する分、並みの情では比較できない安定があると思う。
でも、まあ、今日のレイモンドの件を考えてみると、多少はアリかもしれないな。
例えば、あまりにも受ける価値の無い授業は参加しなくていい、基本的に自由にしてていいみたいな特例が許されるなら。
―――うわ、許される例、あるなぁ。
アルカディア王立軍事総合学校の生徒会は、ある程度独立した権限を与えられている組織だ。その一員になれればあるいは······って何年後の話だよ。
少なくとも十歳にならないとあそこの学校には所属できないだろ。
流石にそれよりも注目すべき目先の事が多すぎる。やめだやめだ。優先順位が違う。いずれは考えるけど今じゃない。
「もし学校に行きたくなったら私に言ってくださいね」
学費とかどうするつもりだろう。
こう言ってるってことは、ミーシャが払うつもりでいるのだろうか。
「わ、分かりました」
「別に学校だけじゃないですよ?他にもやりたいこと、欲しいものがあれば言って下さい。ノルがしておかしくない事なら、できる限りの協力をしますから」
「ありがとうございます。その、俺、ミーシャさんになにもできてないのに」
「いいんですよ。私がしてあげるのが好きなだけですから」
そう言って微笑むミーシャは、とてもきれいに見えた。
⚪️
それからしばらくして、シュナイゼルが部屋を訪ねてきた。
「なんですか?」
「ああ、明日の午後は丸々予定空けといて欲しくてな」
「予定は、まあ空けられますけど。どうしたんですか?アルマイルさんが何か言ってたりとか?」
「いや、そうじゃねえ。お呼ばれだよお呼ばれ」
「お呼ばれ?」
ニヤニヤと格好つけた笑みのシュナイゼルが、キザったらしい所作で懐から何やら高級感漂う封筒を取り出した。
「俺と坊主、それからサラスとルーシーで王城の食事会に来いってさ」
それを聞いた瞬間、俺は弾けるように顔を上げてシュナイゼルに詰め寄った。
「それ!!クレセンシア王女殿下も来ますか!!??」
「お、おう、来るっ。来るから落ち着け馬鹿ッ」
「よっしゃぁぁぁぁぁぁあ!!予選頑張ってよかったー!!!」
第一印象は最悪だったけど、挽回できるチャンスだ!!
絶対に、今度こそ好感度上げてみせるぞオラァ!!
―――――――――――
オラァ!!3話目ギリギリセーフで投稿じゃあ!
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