努力と知識と根性で始める最弱無双のシナリオブレイク
太田栗栖(おおたくりす)
プロローグ
第1話 こんにちは異世界
「ふざけんな馬鹿がよ!!」
モニターの前に座る青年が、怒りに任せて台パンをする。
画面に映るのは、血溜まりに沈む金髪の少女とそれを見下ろす少年。少年が持つ剣は血で赤く染まっていた。
『た、倒したのか?』
『分からないわ、アーサー。まだ警戒は解かないで』
『了解だ』
アーサーと呼ばれた少年とその仲間たちは警戒を続ける。
しかしいつまで経っても金髪の少女は起き上がらない。やがて仲間の一人である神官服を着た少女が、恐る恐る血溜まりに近寄って倒れた少女の顔を覗き込んだ。
『もう、亡くなっています』
『それじゃあッ』
『はい。私たちは、邪神ニーズヘッグの呪いから世界を救ったのです!』
その台詞がメッセージウィンドウに表示された瞬間、モニターの画面に映る全ての登場人物が感情を爆発させた。喜びを叫び、あるいは感傷に浸り、誰もが困難を乗り越え満足気な様子だ。
すぐ傍に少女の死体があるというのに、それを悲しむ者はほとんどいなかった。唯一、金髪の少女と似通った顔立ちの少女だけが、複雑な表情で押し黙る程度。
「糞が、これで何度目だよ!目の前で人が死んでるのに満足ですってか?!あ!?お前らだって人殺しだろうが!主人公面して喜んでんじゃねーぞタコがよ!」
その状況に、青年は唾を吐き散らかす勢いで罵倒を並べる。
しかしそんな青年の感情も空しく、画面はこれまでの冒険のハイライトを流しつつエンドロールへ移行。
最後に登場人物の集合写真的なイラストが大きく表示され、ハッピーエンドで物語は幕を閉じた。
【アルカディアクエスト】
それがたった今青年がクリアしたゲームであり、同タイトルは社会現象を巻き起こすほどの人気を博している。
この作品を語る上で絶対に外せない要素は、究極のマルチエンディング機能である。
アルカディアクエストには序盤から無数のイベントやフラグがあり、その選択次第で物語は100以上のルートに分岐するのだ。
それだけの膨大な数、普通は楽しみ尽くす前に飽きが来るだろう。しかしアルカディアクエストは、魅力的な登場人物たちによってその問題を解決した。
登場人物全員が主人公。
ネット上でそんな風に言われるほど、全てのキャラが作り込まれているのだ。全員に信念があり、それぞれの覚悟を胸に戦いに身を投じている。
当然、全員が救われるルートなど存在しない。信念の食い違いから争い、命を落とすキャラクターも存在する。
だからこそゲーマーは思うのだ。
―――自分の推しキャラが活躍するIFのストーリーを見てみたい、と。
そしてその願いを叶えるのが、究極のマルチエンディング機能というわけだ。
しかしたった一人だけ、いかなるルートでもハッピーエンドを迎えられないキャラクターが存在する。
クレセンシア=フォン=アルカディア。
アルカディアクエストのラスボスであるクレセンシアだけは、100以上存在するどのルートを辿っても、最期は悲惨な死を遂げてしまう。
一時期、インターネット上で有志がしらみ潰しに分岐の検証を行ったが、絶望に太鼓判を押す結果に終わった。
クレセンシアだけは、絶対に助けられない。
「ぁぁぁぁぁあああああぁああぁ!!」
青年は、クレセンシアの抱き枕(自作)に顔を埋めておいおいと泣いた。彼は残された数少ない戦士の一人。未だにクレセンシア救済ルートの存在を諦めない過激派である。
「なんでっ!なんでだよ!?なんでクレス(クレセンシアの略称)たんだけ救えないの!?他のキャラは隠しルートあるじゃん!アイリスは助けられたじゃん!」
青年は泣きながらもスマホにデータを入力する。今回の検証は失敗したが、それは無意味ではない。失敗した、その情報自体が次に繋がるのだから。
時間が掛かるのは承知の上。たとえ人生をかけることになろうと、最後の一人になろうと、青年はやり遂げる所存である。
「よし、次は入学試験のイベントをスルーして、クレドの好感度を下げてやってみるか」
恐らく、次も失敗するのだろう。それでもめげることなく、青年は決意を新たにモニターに向かう。
しかし、丸2日寝ていない身体は流石に睡眠を強く訴え―――気付けば、青年は意識を手放していた。
⚪️
(あれ、どこまで進めたっけ?)
次に目覚めた瞬間、青年の身体はアルカディアクエストを進めるべく反射的に起き上がっていた。
まず身体が動き、続けて脳みそが活性化する。そして―――
「はあ?」
青年は、あまりの衝撃に思考を放棄した。
「いや、え、ちょっ、え、まじ?」
意味もなく疑問が口からこぼれる。それもそのはず。目覚めた青年を待っていたのは、見慣れた自室ではなく見慣れない部屋であったからだ。
それが現代日本的な様式であればまだよかった。しかし彼を取り巻く光景に日本的な要素はない。
中世ヨーロッパの屋敷のような室内。ベッドで寝ているということは、青年がいる場所は寝室なのだろう。用意された寝具は全て高級感が漂っており、どうも現実感に欠ける。
「ま、夢か」
異世界転生。ゲーマーとして多くの作品に触れてきた青年はそんな単語を思い浮かべたが、流石にあり得ないとその発想を切り捨てる。
そして再び眠りについた。これが夢なら、寝れば覚めるであろう。そう期待して―――
「まじ、かよ」
再び目覚めた彼を出迎える、中世ヨーロッパ的な寝室。
今度こそ困惑の渦に叩き落とされた青年は、焦りと恐怖で飛び起きた。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ。
理解の範疇を越える事態に、ただただ恐怖する。止まっているのが怖くて取り敢えず室内を物色して回ると、大きな姿見を発見した。
「え?」
ピタリと立ち止まった青年は、姿見に映る自らの姿を凝視する。
「なんで俺、ノルウィンになってんの?」
青年は、アルカディアクエストに登場するモブキャラになっていた。
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