赤髪の双子編

第15話 運命の出会い

 ロメリアの街を馬車で出発してから十日、ひたすら馬車に揺られ続けてようやく目的地にたどり着く。


「でっか···」


「坊主はアルレガリアを見んの初めてだよな」


 窓枠に頬杖を付くシュナイゼルが、遥か遠くに見える巨大な外壁を指差した。


「あれがアルレガリア。アルカディア王国の王都だ」


 アルカディア王国の王都、アルレガリア。


 日本で読んだ設定資料集では、世界最高の都と明記されている都市だ。

 規模、人工、文化、歴史、経済、娯楽、全てにおいて世界最先端の場所。

 それは外壁ですら例外ではない。

 天高く聳え立つそれは、目を凝らせば決して大雑把な造りはしておらず、表面には芸術の限りが尽くされている。


 懐かしくて、そして凄まじい光景だ。

 あの日、あの時。俺が人生をかけていたゲームと同じ光景が目の前にある!

 ただのイラストではない。

 目で見て、音で感じて、匂いで確かめ―――確かにあれはアルレガリアなんだ!


 もっとよく景色を見ようとすると、慌てた様子のミーシャが俺の身体を掴んで馬車に引き戻してきた。


「ノル!危ない真似はしないで下さい!」


「あ、すみません」


 どうやら無我夢中で景色を楽しむ内に、窓から身を乗り出していたらしい。


 反省だ。


「あの、ミーシャさん。もう離して貰えるとありがたいんですけど」


「駄目です。アルレガリアに着くまではこうしていましょうね」


 そのままミーシャに抱えられ、膝の上でお座り状態。

 目線が上がったことで見える範囲は広がったが、何となく情けない。


「ぶは、落ち着けって」


 ゲラゲラと笑うシュナイゼルを見てると恥ずかしさが込み上げてきて、俺は誤魔化すようにそっぽを向いた。


 別に良いのだ。

 さっきより遠くまで見渡せるし、ミーシャの匂いや柔らかさも堪能できる。

 特に後頭部に触れる二つの山はえも言えぬ感触。

 いつかは山頂を目指してみたい―――あれ?


 脳内で現実逃避エロポエムを歌っていると、またもや遠くの光景に目を奪われる。


「凄い人ですね」


 外壁の真下から、何千人に及ぶかと言う長蛇の列が続いていたのだ。

 検問所から伸びるそれは、日本でもそうは見られない程長い。

 あの様子ではしばらく順番待ちの時間になりそうだ―――と思いきや。


 俺たちが乗る馬車を見た衛兵らしき人物が、ダッシュでこちらに向かって来た。


「よお」


 窓枠から軽く挨拶をするシュナイゼルと、片膝をついて恭しく礼をする衛兵。


「こ、これは軍団長!どうぞこちらへ!」


 そのまま俺たちの馬車は、衛兵の案内で別ルートからすんなりと壁の内側に入ることが出来た。


「······か、顔パスッ」


 突然のVIP待遇。

 羨ましそうにこっちを見る順番待ちの人たちを前にして、シュナイゼルの地位を今さらのように痛感する。



「驚いたか?こう見えても、俺ってば結構偉いんだぜ?」


「知っていたと言いますか、普段があまりにも軽すぎて忘れていたと言いますか。ミーシャさんも貴族なんですよね?こういうのってあるものなんですか?」


「私程度では王都の検問所を素通りは出来ませんよ。せいぜい地元で通じるくらいです」


 死んでも地元には戻りたくありませんけどね、と最後に付け足して、膝に乗っかる俺の頭をナデナデするミーシャ。

 最近、とてつもなくこの人に甘やかされている気がする。

 いいぞ、もっとやれ下さい。


「坊主、鼻息荒いぞ?」


「気のせいです」


 そんな下らないやり取りをしつつ、俺たちはとうとうアルレガリアに到着した。


 アルレガリアは、壁の内側も凄まじかった。

 その様相を一言で表すなら、ただただ『巨大』に尽きる。


 メインストリートや商店街、住宅街ですらその規模はロメリアとは比較にならず。

 中世ヨーロッパ的な世界観であるというのに、ここだけは高層の建築物が建ち並んでいる。


 王都の中心部に目をやれば、超巨大な白亜の王宮が君臨していた。

 エンデンバーグの屋敷がごみに見えるほど荘厳な建築物。あれと並ぶ建物といえば、地球にいる頃にネットで見たヴェルサイユ宮殿くらいじゃないだろうか。

 王宮全体がもはや芸術品のようだ。


 とにかく見るもの全てが刺激的で、これならば世界一の都市と言われても納得が出来てしまう。


「ふふふ。ノル、楽しいですか?」


「はい、こんな景色は初めて見ました!」


 実際には何度も見たことがある。

 見て、プレイして、憧れを抱いたこの世界。

 ああ、本当に凄い。


 あれも、あそこも、あの店も!全部ゲームで見たことがあるぞ!


 憑依してから4ヶ月も経って馬鹿みたいだけど、この景色を前にしてようやくアルカディアクエストの世界に来たのだと本当の意味で実感する。


 だけど、衝撃はまだ後に控えているはずだ。


 俺の予想通りなら、この後に強烈な出会いがあるはずなのだから。


⚪️


 俺たちを乗せた馬車は市民が生活する第一区画を通り過ぎ、貴人の住まう第二区画、俗に言う貴族街に入った。


 どこを見てもエンデンバーグ男爵家とは比べ物にならない屋敷が建ち並ぶ煌びやかな空間。

 確か設定資料集では、貴族街の構造そのものが芸術的な観点から設計されているとの記述があった。

 そう思って見てみると、確かに美しいものがある。


「凄いですね」


 俺を膝に乗せるミーシャも、周囲を見渡して放心状態になっている。

 アルカディア王国の威信にかけた街並みは、貴族の心すら奪うようだ。


 シュナイゼルの屋敷はそんな貴族街の奥、つまり王都の中心部に位置していた。

 流石は大貴族、王宮の近くに居を構える事を許されているらしい。


「着いたぜ」


 これまた素晴らしく美しい屋敷の前で馬車が停まる。

 本当に、掛け値なく美しい屋敷であるのだけれど、ここに来るまで無数に似たような建物を見てきたから、もうお腹いっぱいだ。

 すごいなーとしか感想が浮かばない。


 ミーシャに至っては景色に感動する段階を通り過ぎたのか、これから生活することになる屋敷を見て「よし、頑張りましょうっ」と一人気合いを入れている様子だ。


「面白くねーな」


 俺たちの反応を退屈そうに観察するシュナイゼル。


 ―――しかしその表情が途端に満面の笑みに変わった。


 シュナイゼルの表情に釣られて、その視線の先を目で追ってみる。

 そちらは屋敷が建つ方向。

 ただしシュナイゼルが見ているのは屋敷ではなく、その扉から出てきた二人の少女であった。


「パパー!」「······おかえり」


「うわ、本物だ。本当にいる」


 彼女たちの姿には見覚えがあった。

 というより、見覚えしかなかった。


 彼女たちはシュナイゼルの双子の娘だ。

 赤い髪をぶんぶん振り回して走る、元気の有り余った方がサラスヴァティ。

 その後方。ノソノソとマイペースで歩く、あまり元気がなさそうな方がルーシー。


 名前だけではない。どちらが姉でどちらが妹か、その性格や好物、その他何だって知っている。


 ここに至るまで、沢山の興奮や感動があったが、彼女たちはそれ以上に大きな衝撃を伴って現れた。



 だってあの二人はアルクエのメインヒロインなのだから。


 ―――これから、俺ってここで暮らすんだよね?






――――――――――――――――

やっとここまで書けた······。

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