第14話 出発

「ノル、朝ですよ」


 肩を揺すられて目覚めると、目の前にミーシャの顔があった。


「おはようございます」


「おはようございます」


 この世界に来てから欠かさず続けているおはようの挨拶。

 なんというか、これをするだけで人と関わり、真人間になれた気がするのだ。

 要は気の持ちよう。

 やる気が上がる。


「ミーシャさんは毎日朝早いですよね」


 俺を着替えさせようとしてくるミーシャをブロックしつつ他愛もない話を振る。


「ノルを起こすのも仕事ですから」


「へー」


「早起きなんて慣れですよ。始めた数日が辛いだけで、あとは習慣になりますから」


「訓練みたいなものなんですね」


「ふふ、そうかもしれませんね」


 魔術や学問と同じか。

 何事も最初の一歩は辛いし不安なものだ。


 訓練といえば······


「ミーシャさん。新しい本って持ってきてもらえました?」


「はい、既に机に置いてありますよ」


 ミーシャが視線を向けた先、確かに勉強机には本が置かれていた。

 勉強を隠す必要がなくなり、今では堂々と机に置けるようになったのだ。


 随分と変わったよなぁ。


 ―――あれから、1ヶ月ほどが経過している。


 シュナイゼルはあの後すぐに帰り、俺たちは普段通り別館に戻った。

 弟子入りまでは本館で暮らしても良いと言われていたが、今さら見ず知らずの家族と関わって遠慮するより、勝手知ったる別館わがやの方が落ち着く。


 この1ヶ月は、以前はこそこそと隠れて行っていた魔術や勉強、基礎体力作りに集中する日々だった。


 とはいえ、それももうおしまいなんだけどな。


「今日の予定って、どんな感じですか?」


「はい。これから十五分後に朝食を食べ、その後にお勉強です。午後はシュナイゼル軍団長が迎えに来ますので、お昼ご飯を食べたら出発の準備をしましょう」


 今日が、弟子入り前最後の日なのだ。

 いや、まあ戻ってくる可能性とかもあるから、最後かは分からないけどさ。


 でも、少しだけ寂しい気持ちがある。


 この世界にやって来て、右も左も分からなかった初日。

 手探りで状況を整理して、なんとかミーシャを仲間にした日。

 こそこそと隠れて勉強や魔術の練習をするのは楽しかったし。

 

 何だかんだ、充実してたんだなあ。


「ははっ」


「どうしました?」


 面白いものでもあったかと、顔を覗き込んでくるミーシャ。


「いえ。この部屋で色んなことをしたなと思いまして」


「そうですねー。確かに、思えば色々ありましたね」


 手に回復魔術の光を宿しつつ、ミーシャはしみじみと呟く。

 彼女もここで俺と一緒に魔術を学んでいたのだ。

 吸血鬼騒動の後は一生懸命さが増し、今では回復系統ならば俺よりもミーシャの方が勝る程だ。


 俺の力になりたい。不甲斐ないままでは嫌だ。

 俺の弟子入りに付いてくるミーシャは、今後も色々と頑張ってくれるのだろう。

 こんなにありがたいことはない。


「よしっ」


 今日も1日頑張ろう!


⚪️


 朝の勉強と、勉強が早めに終わったから急遽挟んだ運動を終え、昼食を採り、気付けばシュナイゼルの迎えが来る時間になっていた。


 ミーシャと共に別館を出て、敷地の正門前に向かう。

 仮にもこの家の子供が遠くに行く訳だが、誰の別れの挨拶もなかった。

 せいぜい、この1ヶ月で関わりが出来た使用人が、小さく会釈してくる程度。


 家族たちの見送りはない。


「よお、久し振りだな坊主」


 正門前に停まる大きな馬車から、見覚えのある男が降りてきた。

 長身痩躯、しかし痩せているのではなく限界まで引き絞った筋肉が、鋼鉄のように全身を覆っている。

 黒髪を風になびかせるその男は、世界最強、シュナイゼルである。


「お久し振りです、シュナイゼルさん。それとも師匠って呼んだ方が良いですか?」


「どっちでも構わねえよ。んで、そっちの女の子がミーシャだよな?」


「はい。初めまして、ミーシャ=シュトラウスと申します。ノルウィン様の専属メイドとして私も同行させていただきますので、これからよろしくお願いします」


「おうおう、よろしくな。ま、初めましてじゃねーんだけど」


「?」


 ミーシャが気絶してる間、この屋敷まで運んだのはシュナイゼルだからな。

 それを知らないミーシャはこてんと首をかしげるばかりだ。

 可愛い。

 ほんと、年齢差さえなければ惚れてそうだったよ。

 まあ今でも惚れてるんだが。


「んじゃ、もう行くか?別れの挨拶は済ませたかよ」


「はい。もう大丈夫ですよ。ミーシャさんは······」


「私は昨日のうちに同僚と話していますので」


「だそうです。こちらはいつでも出発できますよ」


「よっし、じゃあ行きますかァ!」


 気合いを入れて馬車に飛び乗ろうとしたシュナイゼル。しかしその一歩目を遮るように、俺の後方から声が飛んできた。


「随分と酷いじゃないか。父親に挨拶もなく行ってしまうなんて」


「ち、父上?」


 後ろを振り返れば、そこには微笑を讃えたイケメン紳士が一人。

 ノルウィンの実父、ニコラスである。


「ケッ。お前がこいつに語る言葉なんてねーだろうがよ」


「そう仰られると耳が痛いですね。確かに、私たちは語り合える程歩み寄りをしていません」


 その言葉通り、この一ヶ月間、ニコラスはこちらに接触してこなかった。

 まあ、俺が駄目元で出してみた要望は全て通ったから、厳密にはなにもしてもらっていない訳でないんだけど。


 ただなあ、それとこれとは別だ。

 この人は何を考えているかが理解できないから、信用できないのだ。

 ぶっちゃけ怖い。

 一見こちらのためになる行動も、蓋を開ければニコラスのためだった、なんて可能性すらあるのだから。


 警戒するこちらを知ってか知らずか、ニコラスは笑顔のまま俺に話し掛けてきた。


「家族の団欒、なんて状況ではないからね。旅立つ息子には私からの助言をあげようかな」


「助言、ですか」


 神算鬼謀を得意とする人間の助言、正直に言うとめっちゃ聞きたい。

 後ろで露骨に顔をしかめて世界最速貧乏ゆすりを始めたシュナイゼルが別の意味で怖いけど、俺は顔で続きを促した。


「そうだね。私たちのような人種がどういう風に物事を進めているか。その基本となる考え方だよ。いいかい、ノルウィン―――」


 そうして語られる、知恵者たちのやり口。

 ニコラスは穏やかな、それこそ愛する息子に向けるような口調で、それを述べた。


「―――必要なのは全てに複数の意味を持たせることだ。一つの行動に一個の意味、これでは凡人の歩みと変わらない。もし君がどこまでも飛躍して行きたいのなら、全ての行動に二つ、三つ、凡人やそこらの天才を置いていくつもりで、頭を働かせなさい。極東の島国のことわざでは、これを一石二鳥と言うらしいね」


「っ!?」


「大丈夫かい?」


「え、あ、はい」


 ビックリした。

 いきなり日本の言葉を聞いたから、飛び上がるかと思った。

 アルクエの製作は日本の会社で行われているから、ゲーム内では語られなかった世界観として、日本によく似た国があるのかもしれない。


 今は、そう納得しよう。


「話を続けてもいいかな?」


「はい、大丈夫です」


 狼狽える俺の何が面白いのか、ニコラスは笑みを深めてから続きを語る。


「そのために必要なのは知識だ。沢山の本を読みなさい。無数の知識を蓄え、それを点とし。そして点と点を結んで新たなる地平を描く。それが出来る思考力を持てば、君も立派な腹黒タヌキだ」


 最後の一言は、ニコラスなりの冗談なのだろか。こちらに一歩でも寄り添うために、わざと変なことを言ったのだろうか。


 相変わらずこの人の考えは分からないけれど、今授かった言葉の大切さだけは理解できた。


「だから、そうだね。一度に二冊の本を読む訓練は絶対に続けた方がいい。君の力になるから」


「そこまで、知ってるんですか」


「それは勿論。誰がなんと言おうと、私は君の父親だからね」


 からかうようにウインクをするニコラス。

 もう中年も近いくせに、イケメンだから今の仕草に嫌気がない。


 ほんと、ここまで冷遇してくれたくせに、何故か嫌いになれない男だ。


「ありがとうございます。今受け取った言葉は、すごく参考になりました」


「ならよかった。君の成長をここから祈っているよ。それじゃあ、行ってらっしゃい」


「はい。行ってきます」


 誰の見送りも無いかと思っていたけど、最後にニコラスに笑顔で見送られながら―――


「んじゃ、今度こそ行くぜ」


「はい。よろしくお願いします······あ、届かない」


「ノル、私が抱っこしますので」


「ぶは、大人びててもそこら辺はガキなんだなお前っ」


「ちょ、いいじゃないですか別に!」


 ―――俺は、4ヶ月間過ごした屋敷から出発した。


 ようやく、ようやくストーリーを変えるために、本格的に動き出せるのだ。



―――――――――――

前話のあとがきで序章終わり(キリッ)とか言ってたけど、よくよく考えれば出発のシーンないの可笑しすぎワロた。

というわけで、実家とのお別れの回。

次回からガチで物語が動き出します。

以上、序章終わり詐欺でした(許してニャン🐱)

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