第111話 襲撃

「恐らく、シュナイゼルさんの弟子がクレスの護衛になるのですよね?そういった話を二人でしていたのではないですか?」


 エドモンドが放った一言が、壇上の面々を大いに刺激した。


 国王とシュナイゼルが感心したように笑い、クレセンシアは何で分かったと言わんばかりに目を見開き、そしてヘンリーとかいうオッサンが俺に敵意を向けてきた。


「何故そう思った?」


「先日捕えた少年の記憶から、謎の組織がクレスを狙っていると判明したらしいですね」


「それは知っていたか」


「はい。幾つか情報網はありますので。そしてそれによると、クレスを狙う奴らは先の裏社会動乱にも関与していたとか」


 エドモンドの穏やかな視線がヘンリーを突き刺す。優しいのに、どこか冷たさを内包した雰囲気だ。


「父上は、ヘンリー卿が主導の警備体制では、クレスを守り切れないと判断したのではないですか?まあ、他にも色々と理由は考えられますが―――」


 他に考えられる様々な理由。

 それはきっと、さっきから怒ったり狼狽えたり顔を真っ青にしたりするヘンリー自身の問題なのだろう。


 このオッサンは、王族に付き従う貴族としては明らかに無能が過ぎる。

 もっぱら家柄だけ優れた無能ってところだろうか。


 こうして能力を疑問視されている今も、ただ放心して口をパクパクさせているだけ。

 王族に不信感を抱かれているのだから、最低でも安全と断言できる警備体制を提案するとか、何かないのだろうか?


「へ、陛下ッ、それは誠でございますか!?」


 ―――しまいにはエドモンドに質問されているのに、それを無視して国王に直接問い掛けてしまうという醜態まで晒してるし。


 これが王族の護衛だなんて歪んでるだろ。


 こんな無能がクレセンシアの傍にいたから、アルクエではウルゴール邪教団に付け入る隙を

与えてしまったのだ。


 うん。さっさと護衛なんて変えてしまえ。そうすれば少しはクレセンシアの安全が改善されるのだから。


 そう思って事態を見守っていると、国王はエドモンドにうっすらと笑みを見せた。


「息子よ。仮説は概ね正しいものであったぞ」


「なら良かったです。いや、まあ、シュナイゼルさんの弟子をここに呼んで来た時点で無関係とは思えなかったので、端からヒントはあったんですけどね」


「よいよい。自ら考え、答えを出すことに意味があるのだ」


「いつも父上が仰っている言葉ですね」


「そうだな。余は普段から大切なことは伝えているつもりだ。 さて、ヘンリーよ」


 エドモンドとの会話を短く終えた国王が、次にヘンリーへと向き直る。


「へ、陛下?」


「先程の問いに答えよう。余は確かに娘の護衛を変更すると決めておる」


「何故ですかッ、私の方で万全な警戒を―――」


「それでは足りぬと言っている。なあ、余はなにも、王族を用いた派閥争いをするなとは言っておらん。例え我らが操り人形に成り下がろうとも、それで国が強くなるのならば容認するつもりだ。しかし、我らが死ぬとなれば話は別だ」


「そ、そのようなことは決して」


「無いと断言できるか?シュナイゼルやハイアンですら討ち漏らした敵がいる組織に狙われたクレセンシアを、お前が守り切れると?万が一死なせたらどう責任を取るつもりだ?」


「それは、普段私に付けている腕利きを殿下へ―――」


「クレセンシアが王城にいる今はそれで良いだろう。しかし四年後は?アルカディア王立総合軍事学校に通い出せば、大人が付きっきりとはいかなくなる。その時につける予定であったお前の孫は、ああ、そうであった。先の武術大会を予選敗退していたな」


「······」


 何となく、この状況を見て思う。

 国王はヘンリーをクレセンシアから外す機会を待っていたんじゃないかなと。


 恐らくヘンリーは大貴族であり、その規模によっては王族であっても無碍には出来ない。

 だからこそ、無理やり引き剥がすのではなく、あくまでもヘンリー側に落ち度があるから仕方無く護衛を変える。


 そうしてクレセンシアから遠ざければ、あとは少しずつ王族の権力からは離れていく。


「そこのノルウィンは、知っての通り槍と魔術に秀でた戦士だ。まだ六歳でありながら、既にアルマイルが用いる魔術も一部習得しているとか。学校に通う同年代の護衛として、これ以上の適任者をお前は用意できるのか?」


「······申し訳ございません。私の下にそのような人材はおりません」


「そうであろう?それゆえに、四年後はノルウィン=フォン=エンデンバーグがクレセンシアの護衛となる。これ以上の無益な反論は、余やシュナイゼルへの敵対と取るが、どうだ?」


「い、いえ。私もそれが最善かと」


「ならば正式に決定であるな。ノルウィン、娘を頼んだぞ」


「······お任せ下さい」


 嬉しいやら、まだ六歳なのに平然と大人の会話に混ぜてくるのがおかしいやら。


 まあ、それだけ特別視されているのだろう。これまでやってきた事を思えば当然っちゃ当然の対応だろうし。


 それにしても、ようやくここまでこれたのかぁ。


 四年後からになるけど、俺はクレセンシアの護衛になるんだなぁ。


 学校に通うなら、主人公達とも顔を合わせることになるだろうし、いよいよアルクエの中に足を踏み入れるんだ。


 頑張らないとな。


 そう心に決めてクレセンシアを見つめる。

 向こうも俺を見ていたのか目が合った。そして何故か思いっきり顔を逸らされる。


 ―――こんな避けられ具合で、護衛なんて務まるのか?


⚪️


 その頃、王城の正門前にて。


「貴様ら、そこで止まれ!止まらなければ魔術を放つぞ!」


 厳重に敷かれた警備、その一部である魔術師が声を張り上げた。

 彼が見つめる先には、悠々と歩いてくる怪しげな一団がいた。武器を持ち、あるいは魔術師のローブを羽織る彼らは、何故か全員が白い仮面を装着している。


 そして彼らを従えるように先頭を歩く男は、黒い仮面を付けていた。


「聞こえなかったのか!?そこで止まり、仮面を捨てて両手を上げよ!」


 忠告を叫ぶ魔術師には僅かな焦りが浮かんでいた。


 それもそのはず。

 明らかに真っ当ではない人物がここにいる事自体が、本来なら絶対にあり得ないのだ。


 王城は貴族街の中心部に位置し、ここに来るまで騎士や魔術師からなる警備が何重にも敷かれている。


 それに気付かれない、あるいは無理やり突破してきたのであれば、相手はとてつもない実力者ということになる。


「警告はしたからな!」


 怪しげな集団の先頭が規定防衛ラインを踏み越えた瞬間、魔術師達が無数の魔術を発動する。


 王城の警備を担当する彼らは皆が熟練者。展開された魔術の数々は敵を殲滅するには十分すぎるものであった。


 いかに強者であろうと、この圧倒的な火力を前にして出来ることはない。


 だというのに、


「丁寧な詠唱に魔方陣。あははは。全部僕が考えた時のままで、全く進歩がないじゃん」


 先頭を歩く黒い仮面の男は、仮面の内で笑みを深めた。






―――――――――――

この章も終盤ですね。


あ、新作は今日の24時に投稿しますね

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