第112話 死闘開幕

 それは、常人の理解を越えた光景であった。


「どうしたの?ねえ、もう終わり?まさかこれだけ?」


 黒い仮面の男が嘲りを含んだ声で笑う。


 構えもなく、かといってこれから魔術を発動させる素振りもない。

 その立ち姿は無防備極まりなく、仮にも王城の警備担当を前にして良い態度ではない。


 だが、誰一人として黒仮面を傷付けることは出来なかった。


 何故なら―――


「なんでだよ!なんで魔術が使えねぇ!?」


 そう。魔術師たちは己が武器である魔術を奪われていたから。


 既に発動を終えたもの、発動途中のもの、これから発動させようとしたもの。

 術の起こりから発動までのどの過程であっても、黒仮面が軽く手をかざすだけで魔力が霧散していく。


 そうして力を奪われた魔術師達に待っている結末は、死―――。


「ぐぁぁあ!?」


「あああがっ、あ···」


 黒仮面の背後に立ち並ぶ白仮面達が、それぞれの武器で猛然と斬り掛かる。

 魔術師側も緊急用の武器を持って必死に抵抗するが、訓練の大半を魔術に使う者と生粋の武人との差は明確であった。


 一人また一人と斬り殺され、少しずつ警備が緩くなっていく。


 とはいえ王城の警備もザルではない。魔術師が全滅する前に総勢百名を越える増援が辿り着いた。

 こちらは騎士や軍人から成る部隊で、彼らは皆が戦場を幾度も経験している猛者である。

 当然その実力は高く、個人技も集団戦もお手の物。世界最高峰の戦闘集団であった。


「何だよ、二十人もいねえじゃねえか」


「甘く見るなよ。もし敵が馬鹿じゃないなら、勝てる算段があっての行動なんだから」


「分かってる分かってる」


 最大限警戒をしながら仮面の集団を包囲する増援部隊。ほんの僅かな抜かりすらなく、少しずつ包囲を狭めながら、相手を擂り潰していく。


 だが―――


「うん。君たちもう少し頑張ろうか」


 その優勢が、またしても黒仮面の手によって覆った。


 彼がタクトの用に腕を振るった瞬間、白仮面たちに魔術の輝きが降り注いだのだ。

 魔方陣も詠唱もないそれが事象として起こった直後―――


「な、急に―――はやっ」


 白仮面達の速度が爆発的に跳ね上がった。


 速く、それ故に重い。

 増援による連携、完璧な包囲網が、個の力で内側から食い破られ始める。


 ただ人が剣を振るうだけで、甲冑を凹ませ、へし折り、その中にいる人間を押し潰す。

 白仮面の槍による一閃が、それを受けた盾を騎士ごと貫く。


 黒仮面の術を受けた白仮面は、一人一人が歴戦の勇士すら上回る実力を発揮していた。


 正体不明の術。考えられるのは身体強化の類いであろう。

 速度と威力の向上、それによって生じる強い衝撃に身体が耐えられるようになる魔術は、他にほとんど存在しない。


 ただ、本来の身体強化とは自分に掛ける類いの魔術であり、そこから発展させてもせいぜい仲間の数人を強化するのが限界である。


 現状のように十数人をまとめて、それもこれ程の強化など出来るモノではない。


「は~ぁ。こんな程度の魔術師しかいないなら、もう終わっちゃうんだけど?僕が天才だったのかそれ以降の人類が無能過ぎたのか。どっちだろうねぇ」


 欠伸混じりに戦場を行く黒仮面。彼の歩みを遮る者は既に皆殺しになっていた。

 華やかな王城の敷地が血と臓物で地獄と化している。


「んじゃあ、このまま食事会?お祭り?の会場まで行こっか」


「「「「「ハッ!」」」」」


 呑気な雰囲気を漂わせたまま先に進む仮面の一行。その道中で多くの警備に遭遇したが、一団はまるで無人の野を行くかのように、全くペースを落とさずに先へ進む。


 邪魔者は腕の一振りで発動させる超常的な力で全滅させ、そうしていよいよ会場が近付いてきたところで―――


「いやいや、流石にこれ以上はあかんわ」


 黒仮面の前に、狐顔の女魔術師が立ち塞がった。


「はぁ。もういいよ。君たちが弱いのは分かりきってるんだからさぁ。ここで無駄死にするより一から勉強し直したら?」


「舐めて貰ったら困るわ。ワイ、これでも魔術でこの国のトップ張ってんねん」


「君程度がトップだなんて、アルカディアはいつから人材難に陥ったんだろうねぇ」


「安心しーや。ワイがいる限り黄金時代、ピッカピカに輝いとる」


「あっそ。面白くないよそれ」


「奇遇やな。ワイもつまらん冗談には愛想笑いしない主義やねん」


「じゃあこのまま仲良くするのかな?」


「ハッ、まさか。ぶち殺したるわ」


「あっ、はは。笑える。魔術で僕に勝つ?魔術王とまで言われたこの僕に?」


 現最強の魔術師と、最古の魔術師が相対する。


⚪️


 一方その頃、王城の裏口では。


「うふ、うふふふ。大将軍様が私の相手になるだなんて。あのお方の言っていた通りになったわねぇ」


「貴様がカサンドラか」


 ガルディアスとカサンドラが向かい合う。

 人形の魔女は召喚魔術で八体の肉人形を呼び出し、それに呼応するようにガルディアスは槍を構えた。


 現時点ではシュナイゼルをも上回る最強戦力と、替えの利かない特殊なボディで攻め入ってきたカサンドラ。


 ここでも、死闘が始まろうとしていた。









―――――――――――――――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る