第110話 主要人物たち

「少し話がある。弟子を連れてこちらに参れ」


 国王陛下の言葉に従い、俺とシュナイゼルはサラスヴァティ達を置いて壇上へと向かった。


 そこにいたのは国王をはじめとした王族と、その派閥に属するであろう大貴族家の当主達。


 クレセンシアが高位貴族に囲われ、よくわからないヘボクソの護衛を付けられていたように、王族と思わしき者達はほぼ全員が大貴族を側に置いていた。


 その中で例外は国王ただ一人。この人物だけはたった一人で誰よりも上にいるから、今さら囲いなど必要ないのだろう。


「よくぞ参った。取り敢えずそこに座るといい」


「ハッ。失礼致します」


 まずシュナイゼルが促された席に座り、その後に俺が続く。


 恐らくは必然なのだろう。俺達が用意された席はクレセンシアの隣であった。


 ―――これは、どういう状況だ?


 現時点で理解できるのは、ここがとてつもない権力の集まる魔窟であることと、その渦中に俺達が飛び込んでしまったことのみ。


 落ち着け。落ち着いて、分かる事から冷静に把握していこう。


 壇上の長いテーブル席には、国王以外に王族と思わしき人物が三人いる。


 一人はアルクエで多くの出番を持つ第一王子、エドモンド=フォン=アルカディアであった。


 武と智を高次元で両立させた完璧超人で、ストーリー本編では主人公であるアーサーの後ろ楯となる男だ。


 年齢はアーサーの八つ上だったから、現時点では十四か十五歳だろう。

 まだ未成年だと言うのに、蒼く澄んだ瞳は深い叡知を宿らせている。

 将来アルカディアを背負って立つ重圧が、少年を早熟過ぎる傑物に育てたのだろうか。


 そんなエドモンドの側には、いかにも文官ですといった雰囲気の貴族がいた。


 シュナイゼルを前にしても決して平伏しない彼は、確かエドモンド派の中心人物だったはずだ。


「お久し振りです、シュナイゼルさん」


 エドモンドが朗らかな笑顔と共に口を開いた。

 彼は、ストーリー上では神算鬼謀を誇る知恵者であるが、気を許した相手に対しては気さくに接する一面を持っている。


 シュナイゼルもその一人だから、この挨拶に裏はないだろう。


 ただ、裏は無いが―――


「今回はビックリしましたよ。政からは距離を取っていたあなたが、突然妹の派閥に関心を示したのですから。何が目的なんですか?」


 ―――表のまま、彼は躊躇いなく言葉で刺してくる。


 シュナイゼルという大駒が、どの派閥にも属さず浮いていた状況。

 浮いたままなら良かったのだろう。

 しかしここに来てクレセンシアに近付く動きを取ったから、大貴族達の均衡にヒビが入ってしまった―――って感じかな?


 アルクエで知る政界と現状を照らし合わせると、そんな予想が出来る。

 いやそれ俺のせいじゃん。


「富や権力に興味など御座いません。ただ―――」


「だったら何故わざわざ取り入ってきた!?」


 シュナイゼルの返答に対して声を荒らげたのは、クレセンシアの側にいた男であった。

 この世界で初めてクレセンシアに会った時、護衛として彼女の側にいた老人だ。


 あの時と変わらず陰険なオーラを放っている。

 長く貴族として過ごした経験からか、一方的に言い放つ姿にはそれなりの圧力を感じた。

 仮にも人の上に立つ人材なのだろう。


 しかし、いや、だからこそか。


「ヘンリー卿、今は俺がシュナイゼルさんと話しているんだけれど」


「は、は、大変申し訳御座いません」


 より高位の、目映い程の輝きを纏う者の言葉に、平伏するしかなかったようだ。

 ヘンリーというらしいクレセンシアの囲いは、エドモンドの一言で黙らされてしまった。


 それに視線をやるまでもなく、第一王子はシュナイゼルへ言葉を放つ。


「富も地位も名声も欲しくないのは見ていれば分かります。というより、既に持て余す程に持っているでしょう。だからこそ気になるのです。貴方程の人物が何を思って王族の中に割り込んできたのか。俺には想像も付きませんでした」


 その追求に対し、どこか気まずそうに後頭部をかきながら視線を泳がせるシュナイゼル。そのまま俺の方を見てきた。


 うん。俺のせいだもんな。


 俺がクレセンシア好き好きムーヴし過ぎたから、それを汲んでくれたんだよね、あんた。


「事情が複雑でして、手短にお伝えすることが難しいのですが」


「構いません。俺はただ知りたいのですよ」


「畏まりました。そこまで仰られるのであればお答え致しましょう。ですがその前に一つ確認がございます」


「確認?」


「はい。殿下は国王陛下より何も伺っておられないのですか?」


「父上から?」


「はい」


 エドモンドは国王の方を振り返る。

 何も語らずに、ただ見返す実の父。それを前にエドモンドは唐突に真剣な表情をすると、なんとその場で熟考を始めた。


「父上とシュナイゼルさんで?なんだろう?シュナイゼルさんってことは軍絡みだよね?昇進を望んでる?いや、そんな人じゃないし、望まずとも既に大将軍は確約されてる。それに昇進するなら俺の派閥の方が確実だし。いや、待てよ?シュナイゼルさんクラスなら、クレセンシアの派閥に入れば即座にトップだ。空き巣を狙ったのかな?いやいやわざわざ他の貴族の反感を買う必要も無いし。それなら戦争―――もないよね。今すぐどうって情勢じゃない。うん。軍絡みではないか。そうすると、まさか弟子の方で何かあるのかな?」


「あのさぁ、うるさいんだけど?」


 一人で結論を出したエドモンドが俺の方を向くのと、この場にいるもう一人の王族が口を開くのは同時だった。


「あ、ごめんよシエル」


「グチグチ気持ち悪い。それやめてっていつも言ってんじゃん」


「あ、ははは。厳しいなぁ」


 エドモンドに罵倒を浴びせるのは、シエル=フォン=アルカディア、この国の第一王女である。


 姉妹なだけあってクレセンシアとよく似た可愛らしい容姿をしているが、中身は全くの別物だ。

 今のエドモンドに対する罵倒からも分かる通り、こちらはかなりきつい性格をしている。

 インターネット上では、メンヘラと口汚いギャルを足して二で割ったキャラ、なんて言われていたか。


 そんなシエルであるが、なんと彼女はアルクエの主要キャラの一人である。


 魔神の依代となった妹がこれ以上罪を重ねないようにと、魔神討伐を目標とする主人公達の仲間になるのだ。


 うーむ。


 なんというか、ようやくちょっと慣れてきたな。


 もし主要キャラに会うような事があれば度肝を抜かれるかと思っていたが、シュナイゼルやサラスヴァティたちとの出会いを通じて、少し耐性が付いてきたらしい。


 今も驚きこそしているが、当時のように我を失いそうになることは無い。


「あの、殿下―――」


「ああ、すみませんシュナイゼルさん。えっと、確か父上から何か伺っていないかという所まで話しましたっけ?」


「はい」


 あっちへ行ったりこっちへ行ったりした会話が何とか戻ってくる。

 ようやく落ち着いたエドモンドに対し、それを見かねていた国王陛下がため息をついた。


「はぁ―――、思考を巡らすのは構わないが、巡らせたまま散らかるのはお前の悪い癖であるぞ」


「すみません。でも考え出すと止まらないんですよね」


「平時であれば構わんが、緊急時には迅速な判断が求められる。余の後を継ぐのであれば、早急に改善せよ」


「あはは、頑張ります」


「やる気があるのやら無いのやら。まあよい。それで?余に聞きたい事があるのだろう?教えてやっても良いが―――」


「その前に俺の仮説を聞いて貰ってもいいですか?」


「構わん。述べてみよ」


 挑戦的な笑みを浮かべるエドモンドと、それを真っ向から受け止める国王陛下。


 それは、アルクエで稀に見た光景であった。


 国王陛下は、あえて息子に答えを与えず、自力でそれに辿り着くよう促すのだ。

 全てはエドモンドが次期国王に相応しい人材となるよう成長させるため。


 今から九年後の世界観であるアルクエでは、エドモンドは既に国王としてほとんど完成されていたため、その機会はストーリーを通してせいぜい二~三回しかなかったが。


 まだ子供のエドモンドには、未来より多くのこうした機会があるのだろう。


 国王や大貴族達が見守るなかで、エドモンドは爛々と目を輝かせて口を開いた。


 そして―――


「恐らく、シュナイゼルさんの弟子がクレスの護衛になるのですよね?」


 正解を言い当てると同時に、ヘンリーが激昂した様子で俺を睨み付けてきた。


 うっっわ、これ敵対確定ですわ。




――――――――――――――――

こういう頭良さそうなキャラとか陰謀とか描くの難しすぎる。


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