第67話 銀髪の戦女神

 あれからすぐにルーシーのところへ戻ったのだが、周囲があからさまに注目を向けてくるのが不快で仕方がない。


 国王陛下から直接言葉を頂いた。それだけで貴族達の俺を見る目が極端に変わったのだ。

 ああもう、鬱陶しくて堪らない。


 その状況を作りやがった王様は貴賓席の最上段でゆらりと寛いでやがるし、こっからじゃクレセンシアはよく見えないし。

 くそ、マジで良いことが1個もねーぞタコ。


 気分を切り替えるように下のアリーナへ目を向けた。


「ルーシー、次の試合は強い人いるか?」


「······いる」


「え、マジ?ルーシー目線で?」


「······そう。あの人」


 ルーシーが指差した先は―――ってここからじゃ誰を示してるのか分からないな。


「どんな人だ?」


「······銀色の髪の毛のあの人」


 言われた特徴の人物を探すと、確かに一人だけいた。

 風に乗って流れる銀のツインテールに、その輝きとは対照的な深みを感じさせる薄い褐色の肌。

 挑戦的な、野性的な笑みで対戦相手を物色する貌はまさに猛獣のそれで―――


 え、あれ、リーゼロッテさんじゃん。

 絶対に隣国ヴァルキュリアの王女さんじゃん。

 主人公のパーティーに参加まではしないけど、とあるイベントで一時的に仲間になるチートキャラじゃん。

 仲間にならないためストーリークリア後の最終的な強さが不明だから作中最強候補からは外されてるけど、まともに成長してたら絶対候補に入るって言われてるやつじゃん。


 え?なんで?


「陛下。あの出場選手に見覚えがあるのですが······」


 国王の方でも気付いた者がいるのか、何やら小声で話し合いを始めている。

 流石に隣国の王族が来るとなったら相応の歓迎があるだろうし、こうして国王陛下本人が気付いていない訳がない。

 ということは非公式での訪問か?


 何にせよここからじゃよく見えないな。


 俺は無詠唱で遠見の魔術を発動し、眼下の王女様に注目した。

 ズームアップされた視界が美しい顔を鮮明に写す。どうやら彼女のお眼鏡にかなう選手はいなかったようで、随分とがっかりした表情を浮かべている。


 が、いきなりリーゼロッテは顔を綻ばせると周囲を見渡し始めた。

 何か嬉しい発見でもあったのだろう。必死に視線をあっちこっちに向け―――そして。


 俺の真横。

 ルーシーを視界に捉えて獰猛な笑みを深めた。


 向こうからは俺たちなんて豆粒ほどにしか見えていないだろう。だというのにリーゼロッテがルーシーを見つけたという確信が宿る。


「······ふぅん」


 ルーシーもまた珍しく笑った。最近では俺ですら目の前の天才をこうさせることが出来ないのにも関わらず。


「何でまた格上が出てくるかなぁ」


「なんかいやだわ、あいつ」


「だよねえ」


 サラスヴァティと二人でしみじみと呟く。多分、純粋な才能ならルーシーの方が上なんだろう。しかし十歳のリーゼロッテは、年齢差の分だけルーシーより強い部分がある。


 俺達から見たら、才能も経験値も上回る相手。厄介極まりない。


 彼女は確実に本選出場を果たすだろうから、今のうちに戦い方を見て色々と分析をさせて貰おう。


 そう思い、俺は羽ペンとメモ帳を取り出して学習の構えを取る。ほんの僅かな気付きすら余さずここに書き綴ってやるのだ。


 それから程なくして選手紹介が始まったが、リーゼロッテ=オブ=ヴァルキュリアの名が叫ばれることはなかった。

 彼女は単なるリーゼとして紹介され、やはり非公式での訪問であることが判明する。


 身分すら隠しているのは―――これはアルクエで知る彼女の性格から分析した予想だが―――単純に自分の実力だけで判断して貰いたいからだろう。

 彼女はまず最初に身分を評価される自分に嫌気がさしていたはずだから。


『試合開始!』


 審判の合図が会場に響き渡る。

 今回は目ぼしい選手がおらず、開始と同時に膠着状態が広がっていた。

 誰も攻めない。むしろ誰が最初に攻めるのか、互いに牽制しながら時間だけが過ぎていき―――


「ふん。つまらん連中だ」


 その中でただ一人、リーゼロッテが戦斧(木製)を担いで歩き出した。向かう先は盾を構える少年だ。

 その選手は空いた手に短剣を持っており、防御をしつつ隙を突く戦い方を好むのだろうことが分かる。


 ああいった手合いは守りを得意としている。崩す方法は、翻弄するか圧倒的な力で守りごと相手を押し潰すかしかないのだが。


 リーゼロッテは―――圧倒的に後者であった。


ふんッ」


 気合い一閃、担いだ戦斧を全力で振り下ろす。

 戦斧はその性質上、身軽な剣を速度で上回ることなどあり得ない。重さは威力を増すが速度を殺す。それが戦場の常識である。

 しかし銀髪の乙女はそんな常識を嘲笑い、容易く越えて見せた。


 重く、速い。故にらち外の破壊力を乗せた一撃は、盾とそれを構える選手の腕をまとめて粉砕して吹き飛ばす。


 数メートル飛んで地面を転がった選手の身体が神秘的な光に包まれた。それはアリーナに張られた結界が持つ、『一定以上の怪我を負った選手を自動的に治癒する』という効果が発動したからだろう。


 この予選が始まって一度も見なかった光景。つまりリーゼロッテの一撃は、今大会で今のところ最強の威力を秘めているのだ。


 しかもそれすらまだ様子見な雰囲気があった。


「ん?どうした。今のは妾を攻める絶好の機会であっただろうに。なぜ雁首揃えて突っ立っておる?まとめて薙ぎ払われたいのか?」


 人の背丈ほどある超大な戦斧。常人には持つことも叶わぬであろう超重量の武器は、選ばれし者だけに許された特別製。

 それを軽々しく担ぎ直しながら、リーゼロッテは次に襲い掛かる相手を定めて再び歩き出す。


「く、来るなぁ!」


 さっき戦斧に砕かれた選手の惨状を思い出した哀れな獲物が、必死の形相で逃げ出した。

 彼もそれなりの覚悟をもってこの場に臨んだのだろう。しかし並の覚悟など吹き飛ばしてしまうほど、リーゼロッテという存在は理不尽が過ぎた。


 その上、ただ理不尽なだけではない。

 リーゼロッテは戦士に必要な要素を全て兼ね備えた若き俊英であった。


「つまらん。つまらんぞ」


 一歩、二歩、尋常ならざる加速力でたちまち相手に追い付く。


「逃げるならせめて狩人を楽しませろ」


 レイモンドのような特化型を除けばおよそ最上に近い速度域で、またしても戦斧が暴虐の限りを尽くす。哀れな獲物が、血反吐をぶちまけてアリーナから弾き飛ばされた。


 結界があるから死にはしないのだろうが、思わず目を背けたくなってしまう。

 俺、本選であれに当たるかもしれないの?


 戦々恐々としながら試合観察を続けていると、王族がいる方がにわかに騒がしくなった。 


「急ぎ確認を取れ。余の方でも手を回してみる」


「畏まりました!」


 国王の側近が素早くどこかへ向かい、続けて国王本人もまた移動を開始する。

 かなり慌ただしい様子は尋常ならざる状況を示唆していた。

 これは確実にリーゼロッテ案件だ。


「はぁ」


 ああもう!

 何で俺が出場すると決めた大会に限って、あんな化け物が国を跨いで参加してくるんだよ!


 俺の運命を嘲笑うように、アリーナでは次の獲物が冗談のように吹き飛ばされていた。






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