第61話 あとはサラスヴァティだけ
オォォォォオオオオオオオオオ!!
試合終了の合図と同時に、場内で歓声が爆発した。
観客席を埋め尽くす者達は立ち上がって叫び、明らかに俺一人の戦いぶりに興奮している。
今は、今だけは俺がこの会場の中心なのだ。彼らの心には確かに俺という存在が刻まれている。
試しに近くの客席に手を振ってみると、そこにいた観客達がさらにうるさくなった。
まるでスーパースターだな。
そんな風に感じつつリーナから退場すると、脇に控えていた二人が近付いてきた。
誰だと考えるまでもない。俺がよく知る圧倒的な存在感と、それを現時点で上回る怪物。そんなコンビはこの世に二つとないだろう。
「おう、よくやったな坊主」
シュナイゼルがニカッと破顔して乱暴に頭を撫でてくる。
「ありがとうございます。えっと、そちらの方は―――」
「あ?この人はガルディアス大将軍、俺の直属の上司だな」
シュナイゼルの横に立つ長身痩躯の男が、俺を見下ろして僅かに笑みを浮かべる。
「君の事はシュナイゼルや噂話でよく聞いていたぞ。今日は実に良い戦いぶりであった」
「あ、ありがとうございます」
声が上擦った。
ガルディアスとただ話しているだけで身体が萎縮してしまう。単純な強さならシュナイゼルとそこまで差は無いはずなのに、この存在感の圧の差は何なのだろうか。
「本線も期待しているぞ」
「はっ、はい!」
「んじゃな。こっちはまだまだ仕事があるんだよ」
「分かりました。二人にもそう伝えておきます」
どうやら彼らは僅かな時間を作って会いに来てくれたようだ。
そこまでして俺に会うべきと考えたのだろうか。
ガルディアスは俺に何を見たのだろう。果たして俺は彼のお眼鏡に叶ったのだろうか。
⚪️
貴賓席に向かうその道中、試合を見ていたらしい一般人に散々声を掛けられ、サインを求められ、あとなんか狐顔の女魔術師が俺の試合で賭け事の胴元をしていたらしく。賭けにタコ負けた奴らに腹いせで追い掛けられたが、それらを何とか振り切ってようやく貴賓席に辿り着くことが出来た。
数十分ぶりに貴賓席に戻ると、大勢いる貴族達が俺に注目していた。
こちらを値踏みしようとする視線。さっきよりもその数が多いのは、俺が第一試合で自らの価値を示したからだろう。
「ノルウィン君。先ほどの試合は感動したよ。私はマルデューク伯爵家の―――」
サラスヴァティ達の方へ向かうと、一人の貴族に呼び止められた。用件を訪ねるとマルデューク家で行われる晩餐会に参加してほしいらしい。
ああ、俺を囲い込もうとしているのだろう。
普通なら貴族との繋がりは喉から手が出る程欲しいモノだが、既にシュナイゼルと手を取り合っている俺からすれば格落ちも良いところ。やんわりと断ってさっさと移動する。
「ただいま戻りました」
「よくやったわ!やっぱりあんた強いじゃないの!」
「当たり前じゃないですか。サラスヴァティ様も強いですよ」
「そうよね!そう、そうよ!」
自分に言い聞かせるように何度も頷くサラスヴァティ。まだ自信が足りないようだけど、さっきよりは元気が出ている。
ちゃんと圧勝したかいがあるというものだ。
「······お疲れさま。楽チンだった?」
「まあまあって感じか?あの中に去年の準優勝者がいたらしいんだよ。今年で一番強いのがその子だとしたら、楽に勝ち上がれると思う。正直、もう少し強いかと思ってたんだけど」
周囲で俺達の会話に聞き耳を立てていたらしい貴族達が僅かにざわめく。彼らと共にいる今大会の選手っぽい子供達が化け物でも見るような目をこちらに向けてきた。
はぁ。その反応を見る限り、あのレベルもトップクラスなんだろうなぁ。
「······大丈夫。私と当たれば楽しいから」
「出来ればルーシーとは本選の決勝まで避けたいけどな」
「······私は、すぐにでも、やりたい。予選は、おべんきょうすること、ないし」
勉強することねぇ。
確かに遥か格下を刈り取るだけの作業は正直に言って何の足しにもならなかったけど。
「ちょっと、二人だけで話さないでちょうだい」
「······あ、ごめん」
「ていうかそろそろルーシーの番じゃない?あなた次でしょ?」
「そういえばそうだな。準備とか大丈夫なのか?」
「·····いらない」
「あなたねぇ」
「まあルーシーが不安そうに準備する方がある意味怖いですし」
「確かにそうね」
『予選大会第二試合を三十分後に開始致します。出場する選手は控え室までお越し下さい』
サラスヴァティの気を紛らわしながら談笑していると、場内アナウンスが響き渡った。
周囲で数人の子供達が立ち上がる。次の試合に出場するのだろう。お気の毒にってやつだ。
「······勝ってくる」
「凡ミスとかするなよ」
「ルーシーが凡ミスなんてするわけないじゃない」
―――そんなこんなで開始が近づく第二試合。
シュナイゼルの娘ということで俺の時と同様に注目を集めた一戦は、その期待とは裏腹に随分と冷めた展開となった。
なんと試合開始から終了まで、ルーシーは一歩たりとも動かなかったのだ。ひたすらスタート地点でぼんやりと立ち、迫り来る敵だけを適当に捌いた。
最初は舐めているようにも見えるルーシーを打倒しようと複数の挑戦者がいたが、その全員がたったの一手で気絶させられたのを見て、それ以降は誰もルーシーに近付こうとしなかった。
そうして、最も期待されるルーシーが大して何もしないまま、彼女以外のところで勝負がついて本選出場の三人が決まった。
「······楽しくない」
ルーシーは帰ってきて早々にため息をこぼす余裕っぷり。かつて地球で『IQが違いすぎる者同士では会話が続かない』と耳にしたが、剣でも似たような事象があるのだろう。
ルーシーが楽しいと思う相手はめったにいないのだ。
「おつかれさん」
言いたいことはあるが、取り敢えずこれで二人の本選出場が決定したのだ。
あとはサラスヴァティただ一人。俺たちの見立てでは全く問題がないが―――
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