第55話 魔術の授業 前編
今回と次回で魔術について深堀があります。それが終わったら武術大会が始まります。
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合格。
つまり今後は第三階梯魔術を自由に学んで良いということだろうか。
「こんなんはどうや?」
アルマイルは小脇に抱えていた数冊の本を俺に寄越した。
見慣れたデザインはこの世界で広く流通する魔術教本のシリーズである。本書は第三階梯をメインに扱ったバージョンであるらしい。
試しに開いてみるとそれは新品ではなく、所々でアルマイルのものと思わしき手書きのアドバイスがあった。
「これを俺に?」
「せや。一応自分に合うやつを選んだつもりやで。それは魔術を細かいところまで理論化した本でな?ピッタリやろ」
「はぁ」
確かに深い分析や解説多い本文は、俺のような人間には最適と言える。感覚的な文章より論理的な方が分かりやすいのだ。
「ありがとうございます」
「ええってええって。それよりお願いがあるねんけど」
「お願い、ですか?」
「せや。今日、ワイの屋敷で弟子集めて魔術の勉強する予定やねんけど、そこに自分も参加して欲しいんよ」
「それくらいでしたら構いませんけど」
こんなに良くして貰ってるし、まあ断る理由はないか。そう思って答えると、それまで黙っていたシュナイゼルが口を挟んできた。
「いや待て。何で坊主を連れてくんだよ」
「えー、言わなあかん?」
「当たり前だろうが。俺が坊主を親から預かってんだ」
「身内の恥やねんけどなぁ······まあ、しゃあないわ」
やれやれと首を振ったアルマイルは、仕方なくといった様子で続けた。
「最近ワイの弟子が弛んでてなぁ。年下の凄腕魔術師でも見れば、やる気ださんかなって思ったんよ」
「本当にそれだけかよ」
「せやで?仮にちゃうとしても、それを言う義理は無いやろなぁ」
クックッ、と意地汚い笑いを浮かべるアルマイル。これ以上の言及は不可能だと判断したのか、シュナイゼルは呆れ混じりの言葉を吐いた。
「チッ、まあいいか。もしこいつに害を与えてみろ。俺がお前を叩き切るからな」
「そりゃおっかないわ。ちゃんと気ぃ付けるで」
そうして、俺はアルマイルの屋敷に向かうことになった。
⚪️
「ここやここ」
馬車に乗って貴族街を移動すること数十分。着いたのは一等地に建つ立派な屋敷であった。
アルマイルの性格を思えば奇抜な建物に案内されるかと不安にもなったが、そこは貴族、最低限の威厳は確保しているらしい。
「どや。無駄に広くて見栄とハッタリで溢れた馬鹿みたいな場所やろ?」
「それ、肯定しても否定しても俺が苦しくなるんですけど」
「ははは、自分はカッタイなぁ。適当でええねんこんなんは。ほな、こっちやで」
下らない、本当に欠片の意味もない会話をしつつ、俺はアルマイルの案内で目的の場所へ向かう。
やがてたどり着いたのは厳重に警備された屋敷の一室であった。
壁をくり貫いて二、三部屋繋げたような広い空間。
窓や扉は魔術的な補強がなされ、多少の衝撃ではびくともしない造りになっている。
何故か床が土で出来ており入室にあたって靴を履かされたのだが、その理由は分からない。
そんな部屋にいたのは六人の男女であった。年齢は一桁から十代前半の子供に限定され、全員が魔術師のローブを羽織っている。
「師匠、そちらの子供は?」
アルマイルの弟子であろう彼らの一人、十代前半に見える青い髪の少女が俺を見て問う。他の弟子たちも俺という存在を気にしていた。
一体誰なんだろう。新しい弟子だろうか。師匠が連れてきたのだからそれなりに強いのだろうか―――
年相応に、不器用で微笑ましい探るような視線が突き刺さる。
「この坊主はワイの弟子候補や。今日は見学やな」
あ、まずはそういう方向で話を進めるのね。アルマイルと一瞬視線を合わせて頷き合う。
「弟子になるんですか!」
「かもって言うたやろ。お前らが下手な訓練しとったら、呆れて帰るかも知れんで?」
「それならお任せ下さい!一生懸命やりますので!」
元気溌剌に答える少女。他の面々も意欲的な表情をしている。
うん。十分な活力を感じる。
仮にもこの国最高の魔術師が抱える弟子たちなのだ。
弛んでるって言ってもそれはアルマイル基準の話で、実際には相当やるのかもしれない。
そう思って、俺はアルマイルとその弟子の練習風景を見守ることにした。
⚪️
アルマイルの教育はまず座学から始まったのだが―――
「机と椅子は自分で用意するもんやで」
何もない突き抜けた部屋で、弟子たちが土属性魔術を発動する。
なるほど。地面が土なのはそういう理由か。
「《大地の精霊よ―――》」
詠唱による補助に頼る者もいれば、無詠唱でちゃっちゃか椅子と机を完成させる者もいた。
彼らの年齢を鑑みれば驚くほど早熟な腕前だが、完成した席はなんというか、のっぺりした造りで面白味がない。
いや、一人凄い子がいるか。
俺は先ほど声をあげた青髪の少女に注目する。
彼女は無詠唱で自分の席を完成させると、その形を自在に操り始めたのだ。
土の操り方なら俺より上手いかも、あの娘。
「えっと、君もやってみる?」
感心して眺めていると、青髪少女が声を掛けてきた。許可を求めて前を向くと狐顔がニヤニヤしながら頷く。
「では俺も失礼して」
取り敢えず無詠唱の土属性魔術で地面に干渉し、椅子と机を形作る分の土を盛り上がらせる。
どんな形にしようか。適当な造りにするなら一瞬で出来るけど、弟子たちに刺激を与えろと言われてるのだからそれじゃつまらない。
よし、決めた。
イメージするのは、大学の新設されたばかりの校舎に置かれていた近未来的なデザインの席だ。
無駄なく、それでいて洗練されたシャープなモデル。
細かい部品も完璧に再現し、細すぎる脚は土の密度を高めることで強度を確保する。
やってる内に楽しくなってきて、我ながらかなり完成度の高いモノが出来上がった。
「よし」
これで、『俺なんかやっちゃいました?』て言えばいいんだよな!?
そんな風に調子に乗りながら弟子たちを振り返ると、彼らは度肝を抜かれるどころか早速俺の席を再現しようとしていた。
そして―――
「私も出来ました!かっこいいですねこれ!」
真っ先に青髪の少女が俺のと寸分変わらない席を作り上げる。
―――えぇ、今出来る全力だったんだけど、マジ?
「脚細すぎないこれ」「その分土が固いよ」「この部品はなんだろう」「それよりここの形状が―――」
ああでもないこうでもないと言いながら、一人二人と席を完成させていく。
最初にこれを作った俺が先んじてはいるが、決して差が大きい訳ではない実力を見せ付けられて、逆に負けた気分になってきた。
俺、この弟子たちをあっと言わせるの?
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そろそろ中弛みになりそうなので、次は出来るだけ早めに更新します。具体的には日付が変わった5日の0時ちょうどくらいか、遅くても明日の午前中には
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