第54話 変幻自在の魔術師

 ニートだった俺が、女の子にスマートにプレゼントを渡せるなんてはずもなく。


 それからしばらくは談笑が続き、いい加減渡すタイミングがなくなると感じた俺は、強行突破に出ることにした。


「ミーシャさん、これなんですけど」


 今日の買い物袋の中から小さな包みを取り出してミーシャに渡す。


「開けてもいいですか?」


「はい。いやその、ミーシャさんの好みとか知らないですしこれがお気に召すかとか全く分からないんですけど―――」


「ふふ、ノルが私のために用意してくれたものなら何でも嬉しいですよ」


 微笑ましい表情を俺に向けたミーシャは、そう言って丁寧に包みを開けた。中から出てくるのは小さな青い宝石が埋め込まれたペンダントである。


 高価な宝石ではないため値はそこそこ、ただし六歳の懐事情ではかなり手痛い出費ではあった。(シュナイゼルの弟子ということで毎月コツコツお小遣いは貰っている)


 もしかしたら、私のために無理をして買ったんじゃないんですか、とか。こんなに良いものじゃなくてもよかったんですよ、とか。


 そんな風に言われるかなと身構えてしまうのだが、予想に反してミーシャは嬉しそうに笑みを深めた。


「これ、見たことあります。確かマーシャル産の宝石ですよね。大切な人の無事を祈る、みたいな意味が込められていた気がします」


「あ、そこまで知ってるんですか」


「一応は貴族ですからね。金目の物は詳しくないといけないと言われて、昔色々と仕込まれましたから」


「あー。そういえばそうでした。その、俺とミーシャさん二人の無事を祈ってと言いますか」


 道を曲げられない俺が出来る唯一の方法。せめて無事を祈るお守りくらいは用意したかった。

 それでミーシャが安心するとは思えないけど。


「私としては、危ないことをしないのが一番なんですけど······それは今話し終えたばかりですもんね。すみません」


「いえ、それは俺が悪いですし」


「この話はやめましょうか。プレゼントありがとうございます。大切にしますね」


 そんなこんなでミーシャの誕生日のアレコレを終えた。

 正直、俺を大切にしたいミーシャと、自分自身を酷使していく俺とでは完璧に分かり合うことは出来ないんだろう。互いが関わっていくなかで、どちらかが譲歩しなければならない。


 今は、その負荷をミーシャに背負って貰う形で、とりあえずはまるく収まったのだ。


 いつか、もっと大きくなったら、ミーシャのために何か出来ることをしてあげたい。


⚪️


 その後、アルマイルと約束した二週間があっという間に経過した。

 必死の鍛練の結果、《フレイ》の発動は安定して出来るようになり、また魔方陣の解析を行ったことで他属性もたまに発動出来る程度にはなった。


 あとはアルマイルに試験を見て貰うだけなのだが、一体いつになったら来るのだろうか。


 確かに王宮で別れる前に『二週間経ったらシュナイゼルの屋敷に行くで』的なことを言われた記憶があるのだが―――


 そんな風に思いつつ今日も日課の鍛練を行うために、朝早くから訓練所に向かう。


 その途中でシュナイゼルと遭遇した。


 あれ?昨日の夜に急遽仕事が出来たとかで、慌てて王宮に向かって行ったはずなのだが。


「もう仕事終わったんですか?」


「まあな。かなりしんどかったけどなんとかって感じだ」


 がっくりと肩を落として溜め息をつくシュナイゼル。替えの利かない人材ゆえに多忙なのだろうなぁ。お疲れ様って感じだ。


「ゆっくり休んで下さい」


「おう、そうするわ」


「シュナイゼルさん、自室はそっちじゃないですよ」


「ああそうだった」


 自分の部屋の方向すら忘れるほど疲れているのか、俺に背を向けたシュナイゼルは肩をプルプル震わせながら自室へと向かって行った。


 いやぁ、もしシュナイゼルの後継となったら、俺もあんな生活を送ることになるのかな。

 あれ?そしたら鍛練も満足に出来なくない?


 うわ、それまでに実力を高めておかないとヤバいじゃん。さっさと試験を合格して第三階梯魔術を学んで、同時に槍ももっと練習しないと。


 さあ頑張ろう!最近は槍の調子が良いし、そろそろ訓練の内容をハードにしても良いかもしれない。


 気持ちを切り替えて足早に稽古場へ向かい、辿り着いた俺は早速槍を振るおうとしたのだが―――


「えっ!?」


「おう、昨日の夜ぶりだな」


 そこにシュナイゼルがいたことで、思わず声を上げてしまった。


「いや、さっき廊下ですれ違ったじゃないですか!?」


「は?寝ぼけてんのかよ。さっき帰ってきてそのままここに来るまで、俺は一度も坊主とすれ違わなかったぜ?」


「いやいや、でもすごく疲れたから部屋で休むって―――」


 そう言葉にしながら、俺は現状の不味さに気がついた。

 過去を振り返ればウルゴール邪教団の襲撃、そして未来に起きると予想される襲撃。

 多くの敵がいる中で、シュナイゼルが二人いる事実。もし片方が敵の擬態だとしたら?


 俺と同じ懸念を抱いたのか、あるいは敵が俺を騙すために演技をしたのか。目の前のシュナイゼルが目を剥いて俺に詰め寄った。


「そいつどこにいやがった!?サラスとルーシーは無事か!?」


 二人の安否も勿論気掛かりであるが、目の前の男を信用できない内は協力することはできない。それ以前に俺自身の命が危ない。


 そう考えた瞬間脳裏に無数の選択肢が浮かび上がり、俺の身体はその中から最善を選び取っていた。


 土属性魔術で即席の槍を生成し、同時にアルマイルから教わった《フレイ》を発動する。


 発動に必要な時間、魔力、全てが既存の第一階梯レベルに抑えられながらも、その火力は圧巻の一言。


 かつて俺が引き起こした水蒸気爆発にも引けを取らない威力の爆発が目の前のシュナイゼルに牙を剥いた。


 こいつが偽物ならこれで本性を表すはず。

 仮に本物だったとしたら―――まあ本物ならこの程度では怪我すらしないだろう。


 うん。これは弟子が師匠に向ける全幅の信頼なのだ。だから問題なし!


 さて、鬼が出るか蛇が出るか。爆発の煙を割いて現れたのは―――


「おいテメェ、いや理由は分かるがいきなり師匠に向かって何してんだコラ」


 額に青筋を浮かべた、鬼よりも蛇よりも恐ろしい男であった。

 偽物では決して纏えない存在感。胸を鷲掴みにされる感覚に、俺はこの人が本物の師匠であることを確信する。


「いや、すみません。マジですみません。他に速やかに確認する方法がなかったので仕方がなかったと言いますかこれで安心して二人の無事も見に行けますし取り敢えず許して貰えるとありがたいのですが―――」


「おう、後で訓練な。また手合わせしようぜ」


「いやちょっと体調が悪いかなぁなんて―――」


「あっははははは!!ひぃー、ひひ、あひゃ、あはははは!!」


 突然場を満たす笑い声。二人して後ろを振り返ると、そこにはシュナイゼルの姿をした『誰か』が、シュナイゼルらしからぬ態度で腹を抱えて爆笑していた。


「おい、坊主が言ってたのってアレか?」


「はい。恐らくは······」


「よし、取り敢えずボコるか」


「あー!ストップストップ!ちょいと待ってや。ここまで大事にするつもりはないねん!」


 偽シュナイゼルが両手を上げて降参のポーズを取る。いきなり過ぎる展開に驚きが浮かぶが、俺たちが気になったのはそれよりも聞き覚えのある相手の口調についてであった。


「テメェ、まさか」

「あぁー、そういう」


 俺たちの疑いや警戒が全て呆れに変わる。そんな俺たちの視線の先で、シュナイゼルの格好をした『誰か』は虚空を指先でなぞって幾何学的な魔方陣を描くと、魔術の輝きを纏ってその姿を変えた。



 筋肉質で巨大なな肉体は細くしなやかな女性のそれへ。特徴的な狐顔の女アルマイルは、悪戯がバレた子供のような雰囲気でヘラヘラとした笑みを浮かべた。


 そして、姿を戻してから開口一番、俺に向けてとんでも発言を飛ばしてきた。


「あ、今の魔術見とったけど、アレで合格でええよ」


 マジですかい。

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