第53話 ミーシャの思い

 ミーシャのプレゼントを選ぶ買い物を終えて屋敷に戻る。

 慌てて用意した品になってしまったが、俺にしては良いものを買えたのではないだろうか。


 出来れば早い内に渡しておきたいけど、誕生日であってもミーシャは普通に仕事中。

 流石に今から渡しに行くのは不味いだろう。というわけで、とりあえず魔術の訓練を開始した。


 通常の《フレイ》にアルマイルが施した改良は、この四日で全て解析することが出来た。あとはその魔術を発動させ、完璧にモノにするだけだ。


 気絶する寸前まで失敗を繰り返し、魔力の回復を待つ時間は勉強や槍の練習にあてる。


 ミーシャはこんなに頑張らなくてもいいと言っていたが、やはり俺には他に選択肢がなかった。


 将来、ほぼ確実に俺は死地に足を突っ込んで行くだろう。

 その時半端な実力では真っ先に死んでしまう。

 そうならないよう、今出来る訓練をし続けるしかないのだ。


 ただ闇雲に努力をするのではなく、その中身を精査し、質の高い努力を人より長時間積み、それでようやく強者達の仲間入りが叶う。


 俺が歩む先は、そんな強者たちですら容易く死んでいく地獄絵図。油断も隙も妥協も許されない。


 ごめんなさい、ミーシャさん。


「やっぱり、他に道はないです」


 渾身の一突き。たゆまぬ訓練によりだいぶ様になってきた槍捌き、それをさらに磨きながら、俺はプレゼントを渡す際に掛ける言葉を決めた。


⚪️


「ミーシャさん、お疲れ様です」


「はぁ、ようやく終わりましたよ」


 部屋に戻ってきたミーシャは、両手に多くの荷物を抱えていた。食べ物からアクセサリー、日常で役立つ小物まで盛り沢山。今日という日を考えれば、間違いなくそれらは誕生日プレゼントなのだろう。


 この屋敷で過ごした一年間、彼女が紡いだ縁がプレゼントの数だ。

 シュナイゼルの弟子という立場がある俺ですら、こんなには貰えないだろう。


 これはミーシャの可能性だ。このプレゼントの数だけ、彼女の人生には可能性がある。俺から離れても幸せに暮らせるであろう、そんな可能性が。


「持つの手伝いますよ」


「ふふ、大丈夫ですよ。使用人の私が手伝わせてどうするんですか」


「ミーシャさんの事は仲間だと思っていますから」


 そういって半ば強引に幾つかを分取り丁寧に机に並べる。その途中、ラブレター入りの花束があるのを見てしまった。


 おお、そうか。ミーシャって可愛いし気が利くし要領が良いし一緒にいて落ち着くし頼りになるし、こういう誘いもあるんだろうなぁ。


 なんか、今さらそんなことを実感してしまった。

 仲間なのに、ちゃんとこの子の事を見てこなかったのかもしれない。俺は。


「ふふ、それ、気になりますか?」


「ああ、はい。ちょっとだけ」


 ミーシャに悪い虫が寄ってくるなら俺が全力で排除してやるぞ。具体的には、あることないこと並べ立てて、ニコラスとシュナイゼルとハイアンとアルマイルをけしかけてやる。


「普通に断って来ましたよ。ノルの方がずっと好きですから」


「それは嬉しいです」


 嬉しいし小っ恥ずかしいけど、でも、断ったのか。

 俺としてはミーシャにいつまでも傍にいて欲しいけど、本人の幸せを願うならこんな異質なガキの専属をさせるよりも、誰かと結ばれた方が良いに違いない。


 俺と一緒にいれば、絶対どこかで決定的に道を踏み外す時が来るだろう。真っ当で安全な道は、きっとどこかで途切れる。


 それでも、サラスヴァティやルーシーは共に歩めるだろう。彼女たちは根っからの戦士だ。いばらの道だって剣1本で切り開ける。しかしミーシャは違う。


 手遅れになる前に―――


「ミーシャさん。俺は、ミーシャさんの安全を保証できないです」


「······」


「すみません。多分、周りから何を言われたって、俺はこの生き方を変えることは出来ないんです。いつか周囲まで危険に巻き込んでしまうかもしれない。そうなった時、隣にミーシャさんがいたら―――」


「それで良いじゃないですか」


「えっ」


 だいぶ覚悟を込めて口にしたのに、それを良いと断じたミーシャは、笑顔のままその先を口にした。


「それでも私はノルの成長を横で見ていたいですよ。ノルが危ないことをするのが止められないのは、もう理解できましたから。ならせめて、私は帰る場所を綺麗に整えておきたいです」


 多分、俺の面倒を見たい的なニュアンスなんだろうけど、捉え方によっては告白だぞこれ。


「それに、普段はこの屋敷でノルの帰りを待っているだけですから。危険なんてそんなにないと思います」


「確かにそうですけど、でも確実とは―――」


「ノルは、昔から自分の主張をしませんよね」


「はい?」


 突然の話題転換についていけず、疑問が口からこぼれた。


「一年半以上一緒にいますけど、最初に私にお願い事をして以来、特にこれといって頼み事をしてきてないんです」


 そういえば、そうだろうか。


「まだ六歳なんですから、好きな時に好きなことを言ってもいいんですよ?周りがそれを認めないなら、私だけはちゃんと聞いて上げます。それが、まあ、この四日で考えて出した私なりの答えです。私だけはノルが我が儘でいられる場所になってあげたいなって、親心みたいに思いました」


「―――」


「で、どうですか?ノルは私にいて欲しいですか?」


「そりゃ、勿論そうですよ。危険とか、そういうの抜きにしたら、ミーシャさんと一緒にいたいです」


 最初の仲間だし、可愛いし、ていうかもうミーシャがいないと俺生活できない。今の生活を支えてくれている(主に世話面で)のはミーシャだ。今からいなくなられたら、俺はこの部屋を綺麗に維持することすらできないだろう。


「だったら私はずっとノルの面倒を見続けますよ」


 そう締め括って、ミーシャはにっこりと微笑んだ。


「····」


「どうしました?」


「いや、思ったより重たいなぁって」


「昔、兄にも似たようなことを言われましたねぇ。お前は好きな人が出来たらメンヘラになるぞって」


 うわ、マジでそれだ。俺への愛情は肉親に向けるそれだけど、もしこれが純粋な愛だったらかなりやばいやつだ。


 うん。だって、俺何も言い返せないもん。ここまで言われて、それでも嫌ですとはなれない。


「そしたら、これからもよろしくお願いします」


「ふふ、こちらこそ、ですね」


 こうして、俺とミーシャのわだかまりのようなものは、溶けたような溶けないような、とにかく今後も一緒にいることになったのだが―――


 流れに身を任せていたら、プレゼントを渡すタイミングがっ!!


 これからの流れで上手くプレゼント渡せないんだが!?

 

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