第6話 協力者を得たぞ!

 早朝、扉を叩くノック音が響く。入室を許可すると、入ってきたのは専属メイドのミーシャであった。


「お坊っちゃま、おはようございます」


「おはようございます」


 この世界にやって来てから毎朝繰り返してきたやり取り。

 しかし今日は、少しだけ異なる点があった。


 たくさんの洗濯物を抱えたミーシャが、タオルの隙間に隠していた二冊の本を取り出したのだ。

 学習すら禁じられた俺に率先して本を用意する。

 エンデンバーグ男爵家への裏切りとも取れるその行為は、彼女が俺の協力者である何よりの証である。


 ―――裏切りの原因は、昨日のこと。


 一人で出来ることに限界を感じていた俺は、いつものように部屋にやって来たミーシャに協力を求めたのだ。


『僕を助けてくれませんか?』


『はいっ、はい!勿論でございます!』


 やる気満々に何度も頷くミーシャを見て、なぜ他人事にここまで高いモチベーションを持てるのか疑問に思ったが、理由はちゃんとあった。


 どうも、彼女の生い立ちと俺の状況は被る点があるらしく、それで心打たれたらしい。


 動機にしては少々弱い気がしたけど、まあよくよく考えてみればノルウィンはまだ五歳である。

 家族にすら冷たくされる子が必死に助けを求めてくれば、感情的な女の子なら落ちることもあるのかもしれない。


 ―――よく分からないけど、協力者が得られるなら問題はない。

 ミーシャは可愛いし、それに万が一俺に学を与えようとしたことがバレたとしても、彼女は貴族出身のため殺されたりすることはないらしい。

 解雇され、最悪実家に戻されるだけで済むとか。

 俺のせいで死ぬとかがないなら、なおさら良しだ。


 ちなみに、ミーシャなら勧誘しても平気と考えたのは、俺の状況に同情する素振りを見せていたからだ。


 その判断は今思えば迂闊だった。

 同情は演技で、ミーシャがエンデンバーグ家の手の者である可能性も残っていたのだから。

 

 それを失念して結果を急いだのは、事態が進まないことへの焦燥感からだろうか。


 俺は魔術の訓練を始めてから、この身体の才能の無さを実感していた。

 ゲームを通して主人公達の力を知るからこそ、ノルウィンの無力さは焦りを感じるには十分だったのだ。


 結果としてミーシャは仲間になったから良いものの、もし目の前のメイドが敵側の人間だったら、俺は今頃さらに束縛された日々を過ごしていたのだろう。


 次からは、もっと思慮深く行動しよう。


「いかがされましたか?」


「いえ、何でも」


 昨日の反省をしていると、ミーシャは心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


 うお、近くで見るとやっぱり可愛いな。

 下手したらアルクエのヒロイン達より優れてるんじゃないか?


 そんな俺の専属メイドは、後ろ手で扉を閉めると鍵を掛けた。


「これで二人っきりですね」


 弟に向けるような笑顔を浮かべるミーシャ。

 主と従者という関係から、秘密を共有する仲間になったからだろうか。

 昨日から、ミーシャは度々俺に笑顔を向けてくれる。


 可愛いから嬉しいんだけど、正直クレセンシアへの思いが揺らぎかねないほど魅力的だから、程々にしてほしいんだよね。


「それでは、本日のご予定ですが」


 ふんすっ、と鼻息荒く語り出すミーシャ。

 俺の力になれるのがそんなに嬉しいのか。

 いや、でもまあ、あるよな。確かにこういうの。

 正しくない大人にこっそり反抗する時って、変にやる気が出てくるんだ。

 その気持ちに俺への庇護欲が乗れば、こうなるんだろう。


「基本的に、午前は集中的に魔術の訓練。昼休憩を挟んだ後、午後は語学と一般教養の勉強をします」


「魔術の訓練は疲労感が溜まるので、出来れば勉強を先に済ましておきたいのですが······」


「それは難しいでしょう」


「なんでですか?」


「別館を担当する使用人のスケジュールを全て調べ上げたのですが、午前中が最も忙しく、反対に午後は大した仕事がありませんでした。思わぬ邪魔が入り難い午前中に、大掛かりな準備がいる魔術の訓練をするべきでしょう」


 なるほど。

 確かにその通りだ。


 ていうか今、さらっとすごいこと言ってなかった?

 別館の使用人のスケジュールを全部調べた?

 昨日の今日で?


「いかがされましたか?」


 驚いてミーシャの顔を凝視すると、当の本人はやったことへの自覚がないのか、こてんと首をかしげた。


 ちくしょう、可愛いじゃねえか。


「な、何でもありません。そういうことでしたら、早速魔術の訓練を始めましょう」


「はい!」


 ミーシャがうっきうきで魔術教本を床に広げる。

 机を用いないのは、いざという時に土魔術で床をくりぬき、勉強の証拠をその中に放り込んで上から蓋をするためである。


 そして、さらにその上から絨毯を被せてしまえば、土魔術による特徴的な接着跡も見えなくなるという寸法である。


「さて―――」


 ゲームで扱われた魔術は、ゲームの都合上仕方ないが戦闘に役立つものばかりだった。

 まあ、戦闘メインのゲームに羽虫避けの魔術(あるかは知らない)があったとして、どこで使うんだって話だからな。

 魔術の種類に偏りができるのは仕方ないだろう。

 しかしこの世界にはもっと広く、そして深い魔術の知識があるはずなのだ。

 既に戦闘系の魔術知識を網羅している俺は、そっちまで極める必要がある。


 ゲームで得た知識と、これから得る更なる知識。二つを合わせて俺は最強の魔術師になるのだ―――ッ。


 その意気込みで俺は魔術教本に視線を落とし―――


「―――」


「お坊っちゃま?」


「――――――」


「お坊っちゃま?」


 え、ちょ。


「······読めない」


「はい?」


「ミーシャさん、これ、読めないです」


「えっ」


 いや、なにその意外そうな顔。


 いや?まあ?

 読める前提で話を進めた俺も悪いけどさ、でも言葉が通じるなら文字も日本語だと思うじゃんよ!


 なーんで文字だけアルカディア王国のモノなの!?


「ミーシャさん、その、まず文字を教えて貰えませんか?」


「ふふ、畏まりました」


 幼い見た目にそぐわない大人びた笑みで、ミーシャは言語学習の本を開いた。


⚪️


 それからしばらくは、座学の時間であった。


 語学、一般教養、それからミーシャが知る限りの貴族的教養。

 アルクエからでは得られない、『この世界の文化』を覚える作業である。


 勉強嫌いだった俺がマスター出来るのか不安だったが、子供の脳ミソは乾いたスポンジが水を吸収するように、新たな知識を蓄えていった。


 そうして充実した日々を過ごすことが出来たのだが―――問題が起こったのは三ヶ月後。


 まだ先のつもりだったのに、俺は否応もなくアルカディアクエストの舞台に立つことになる。

 


 

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