第64話 凡人の剣と天才の剣

 時は数十秒遡って、試合開始直前。


「ちょっと、なんであんたそこにいんのよ」


 レイモンドに隣に立たれたサラスヴァティが、僅かに上擦った声をあげた。


「ぁ、す、すみません。僕たち、たぶんみんなに狙われるから、一緒に戦った方がいいかなって」


「あんた強いなら一人でもいいじゃない」


「そ、その、ノルウィン君の友だち、みたいだから、その、あの、すみません」


 震えて縮こまるレイモンド。こうも平謝りされるとサラスヴァティも強く出られず、困った顔で口を閉ざした。


「分かった、分かったからそうやって謝るのやめなさい」


「す、すみま―――あっ。ごめんなさい」


「はぁ」


 こんなのが本当に強いのかと、サラスヴァティは半眼になってため息をつく。

 ルーシーが力量を読み間違えるとは思えないけど、万が一間違えていたなら、自分一人で逃げ出す用意をしておこう。


 内心でそう決めたサラスヴァティは、剣を構えて試合開始の合図を待った。

 横目でちらりとレイモンドを見ると、そちらはまだ構えていない様子。槍をだらりとぶら下げて恐る恐る周囲を見渡していた。


(あれは······)


 サラスヴァティの脳裏によぎるのはこの間の訓練。構えていない体勢から鋭い槍を放ったノルウィンの姿である。


(まさか、ね)


 そうこうしているうちに試合開始の合図が出て、選手達がいっせいに動き出した。


 やはり厄介な敵を真っ先に倒そうと考える者が多いのか、二人で並び立つサラスヴァティとレイモンドを囲うように十人からなる包囲網が出来上がる。


「はぁ。有名税も考えものね」


「ゆ、ユウメイゼイ?あ、あの、それってどういう意味ですか?」


「え?それは―――って、あんた前見なさいよ!?」


 驚愕の叫びをあげるサラスヴァティ。その視線の先でレイモンドは敵から目を離して真っ直ぐサラスヴァティを見つめていた。


 それは槍すら構えていない少年の致命的な隙である。選手の一人が笑みを浮かべて駆け出し、無防備なレイモンドへと剣を振り下した。


 即座に隙に反応して踏み込んだ彼はそれなりの使い手であり、ゆえに放たれた斬撃は確実に命中する軌道を描く。

 最早回避すら間に合わない。誰もがレイモンドの敗北を悟って―――


「うわぁ!?」


 その攻撃を“視認してから反応して“回避したレイモンドが、カウンターで神速の突きを繰り出した。どこまでも後手であるのに、回避も、その後の攻撃すらも敵の剣を上回る超速度。


「が、ぁッ」


 相手はなぜ先んじていた自身が遅れを取ったのか理解できぬまま、苦しみの中で気絶していった。


「はぁ、はぁ、ビックリしたぁ。だから戦いはイヤなんだよもう!」


 会場がしんと静まり返る。その中で彼の強さを知るガルディアスだけが笑みを浮かべている。


「つ、強いのね、あなた」


「そ、そんな。あはは、僕なんてまだまだです。それよりユウメイゼイって」


「まだそれ気になってるの!?」


「す、すみません!一度気になると、他のことが考えられなくなるんです」


 アリーナで呑気に会話をする二人。既に力を示したレイモンドには誰も強く出られない。

 そしてそれと対等に、いやむしろちょっと強気に話しているサラスヴァティもまた、彼らには異質に見えた。攻める気が起きない。


「変なの。まあいいわ。私も詳しくは知らないわよ。ノルウィンが『有名になりすぎてむしろ困る』みたいな言葉だって言ってたわ。気に入ってるから使ってるのよ」


「そ、そんな言葉があるんですね。僕、けっこうお勉強とかも頑張ってるけど、聞いたことなかったです」


「私も無いわ。ていうか構えなさいよ。今は試合中なのよ?」


「あ、僕、構えとかないんです。ゆったり、流れるように槍を持てって言われてて」


「なんか天才みたいでいやだわ、それ」


「あ、すみません」


「いいわよ別に。それに―――」


「お前らいつまで喋ってんだよ!」


 会話をやめない二人に痺れを切らした選手がサラスヴァティに突っ込んできた。

 恐らく十歳近い年齢。体格に勝る彼は上段から強烈極まる力で剣を振り下ろす。


 しかし、サラスヴァティは一歩すら踏まない。摺り足で半身の構えを取り、ノルウィンと同様に紙一重の回避を実行した。


 超絶技巧に沸き上がる会場。その興奮のままにサラスヴァティが剣の腹で相手の側頭部をぶち抜く。


「私、ビビりすぎてたのかしら」


 ようやく緊張の抜けた声で呟くサラスヴァティ。

 実際にその言葉通り、サラスヴァティは過度に緊張し過ぎていた。

 彼女はノルウィンやルーシーと比較して自身が見劣りすると考えているが、それでも同世代や少し上の世代なら敵無しなのだ。

 バルトハイム。国内で最も武に秀でた家で毎日死ぬ気で訓練してきた経験は裏切らない。


「ふふ」


 一人を倒した勢いのまま、サラスヴァティは熱に浮かされたように、残りの包囲網に自ら突っ込んで行った。


 搦め手を好むノルウィンや天才のルーシーと比べて、全く飾り気の無いサラスヴァティの剣。


 しかし無難だからこそ、基礎が固まったそれは簡単には崩れない。

 むしろ基礎を完璧に押さえていない相手の剣を、少しずつ、本当に一手ずつ地道に削り、追い込んでいくのだ。


「くそ、こいつ強すぎる!?」


「囲め!数で―――」


「あはははっ!」


「何が面白いんだよ!」


「あはは、だって、あはははは!」


 赤髪の少女は笑顔を浮かべながら剣を振るう。

 この瞬間がつまらない訳がない。辛く苦しい訓練の結晶が今なのだ。この力を証明する瞬間が、楽しくない訳がない。


 アリーナで笑うサラスヴァティは、立派な戦士の貌をしていた。


 そしてそれと並んでもう一人。


「怖いなぁ、もう」


 超速度の天才が一人だけ違う次元の速度域で槍を振るう。


 敵より先に動き、慌てて対応しようとする敵より先に槍を振るい、敵が防御する前に一方的に倒す。

 こちらはサラスヴァティとは異なりまだまだ基礎が固まっておらず、敵に不意を突かれるような場面も度々見られる。

 しかしその都度『見てから』の回避と神速の槍で理不尽に相手を倒し、圧倒的な力を見せていた。


 ―――人間はその構造上、最高速度を出しにくい生き物である。

 ある程度のスペースと助走、それから時間が必要で、この狭いアリーナでの対人戦では絶対に最高速には至れない。


 しかしレイモンドだけは異なる。

 彼は生来の天才、全身がバネ仕掛けの怪物である。ゼロからマックスへの加速が僅か一歩で行われ、なおかつ最高速度が常人より遥かに速い。


 こと速さという一点においては、ルーシーですら彼には及ばないのだ。


 粗のない凡人と粗だらけの天才。

 妙なところで噛み合う二人がアリーナを蹂躙していく。

 ものの数十秒で敵を殲滅し、最後まで逃げ回っていた一人と彼ら二人の計三人が残ったところで、試合は終了となった。




――――――――――――――――――

強者が増えるほどルーシーの株が上がる謎


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