第71話 まさかのまさか!?

 豪華絢爛。何度見ても王城はその一言に尽きる。この世の楽園である貴族街の中で、ただ一つだけ圧倒的に目立つ建築物。


 ここが国の中心、王族が住まう場所。過分なほどに立派だが、こんな煌びやかな空間でまともに生活を送れるのだろうか。


 こうしてたまに訪れる分には特別感があるけど、毎日この光景に包まれるのは目に毒だと思う。


 クレセンシアは何を思ってここにいるんだろう。


「どうした坊主。酔ったか?」


「いえ、そういう訳じゃないので」


 王城と言えば聞こえはいいけど、俺にはあれが人間の欲望が膨れ上がった迷宮に見えてしまうのだ。


 権謀術数渦巻く貴族の魔窟。一度外観の美しさに引かれて近付けば、たちまち権力の渦に飲み込まれてしまいそうな気がする。


 実際、アルクエでは既得権益だの大貴族だのがストーリーの障害になることがあったしな。

 世界はこんなに広いのに、何であの狭い箱庭に固執するのだろうか。


 それから程なくして王城に辿り着くと、正門前に並び立つ門番の一人がこちらに近付いてきた。


「俺だ。話は通ってるとおもうんだが······」 


「シュナイゼル軍団長殿でございますね。招待状の照合にお時間をいただきますので、少々お待ち下さい」


 王族の懐に入るということで、顔馴染みのシュナイゼル相手でもこの厳重警備。

 待ち時間には抜かりなく持ち物検査が行われ、全員が安全であることを確認してようやく登城することが許された。


 正門を通って晩餐会の会場である広間に向かう途中、俺は先頭を歩くシュナイゼルに聞いてみた。


「いつもこんなガチガチの警備なんですか?」


「流石にねーよ。今は武術大会で国内外から人が集まってるし、それにこないだは裏社会でドンパチやっただろ?それを警戒してってやつだ」


「なるほど。顔馴染みの英雄相手でも徹底してるあたり、本気で警戒してるんですね」


「アルマイルの野郎がな助言してな。ほら、あいつの魔術見ただろ?」


「ああ、なるほど」


 彼女の魔術を再現できる敵がいたら、顔馴染みであることはイコール安全ではないのだ。

 むしろそういう人ほど怪しくなる。万が一すら起こさせないためなら、これくらいする必要があるのか。


「これはこれは、軍団長閣下ではありませんか!」


 いきなり耳障りな声がしてびくりと肩を震わせる。見れば悪趣味なほど着飾った貴族が、揉み手をしつつシュナイゼルにすり寄ってきていた。


 考えるまでもなく見れば分かる、権力が好きでたまらないというそいつの顔。

 シュナイゼルに近付くのは彼が持つ権力に惹かれてだろう。絶対にシュナイゼルはこういう人種が嫌いだろうに―――


「バーディ伯爵、お久し振りだな。3ヶ月前に茶会に招かれて以来か?」


「そうです!あのようなみすぼらしい会を覚えていただいているとは」


「俺、そんな茶会に参加しねえからな」


 え、えぇ?


 絶対に嫌いなはずの人種と談笑する様を見て、俺は驚愕に目を見開いた。

 思わずサラスたちの方を振り返ると、二人も驚いた顔をしている。


「これが貴族のお勤めってやつか?」


「そうね······私、絶対にこんなことしたくないわよ」


「······私も」


「ルーシーは元々喋らないでしょう。私に任せてばかりで」


「······いつも助かってる」


「あんたねぇ」


 もはやお馴染みとなった、無表情でおちゃらけるルーシーを咎めるサラスの構図。それに癒されつつも、俺はシュナイゼルたちの会話に耳を傾ける。

 しばらくは特に意味のない会話が続いた。シュナイゼルは口が上手いタイプではないから、中身のない談笑が続くのはそれなりに縁がある証。


 バーディとかいう貴族は、案外一目おける要素があるのかもしれない。

 本当に意味のない人間ならシュナイゼルは容赦なく切るだろうしな。


 さりげなく観察していたらバーディと目があった。恐らく最初から気付かれていたのだろう。


「おや?閣下、こちらの少年はお弟子さんですかな?」


「おうよ。坊主、この人はブルックリン伯爵家当主のバーディさんだ」


 ブルックリン伯爵家······前に聞いたことがあったな。確か武器の商流を司る大貴族だったか?

 だとするとシュナイゼルとの関わりは、質の良い武器を安値で軍に流してくれる~といった具合かな?


 それなら懇意にしているのも頷ける。


「はじめまして。シュナイゼル軍団長に師事しております、ノルウィン=フォン=エンデンバーグと申します」


「これはこれは、素晴らしく聡明な子ですね。ふふ、閣下に似つかわしくない」


「うるせえぞ」


「冗談ではありませんか。私はこの子を褒めているのですよ」


 二人の関係性が俺の予想通りなら、金を握っているのはバーディ側な訳で。身分の差を飛び越えたこの軽いやり取りはそれが裏にあるからかな。


 うん。後でそれとなく調べてみるか―――ん?


 視線を感じて振り返ると、双子が揃って俺を半眼で睨み付けていた。


「な、なんだよ」


「あんた、ばっちり貴族に染まってるじゃないの」


「······政治屋さん?」


「染まってないし、だからルーシーは俺を罵倒する時だけ難しい皮肉を言うな!」


「ははは、ご息女もお元気そうでいらっしゃいます。こちらは閣下にそっくりでしょう」


 自然と俺達の輪に入って談笑に加わるバーディ。第一印象が最悪な分評価は終わってるけど、この状況でこれ以上不快感を与えないのは凄いな。

 いや、やっぱ嫌だわ。何で会場の広間につく前からこんな貴族っぽいことをしなきゃいけないのか。


 そう思いつつ移動を続け、ようやく広間にたどり着いてから、俺はバーディがさりげなく同行を続けた理由を悟った。


 広間には多くの貴族達が集まっていた。

 軽く数十人は下らない。この国にはこんだけ支配階級がいたのかと驚愕してしまうほどだ。


 バーディは同行してきたことで、この全員に『俺はシュナイゼルと懇意にしているぞ』と知らしめたのだろう。


 シュナイゼルの力は多くの価値を生む。

 そして商流を司る男なら、その繋がりを元に金を産み出すなど容易いはずで。


 はぁ。これだから貴族って嫌いなんだ。難しいことをこねくり回してさらに難しくする。


 晩餐会に参加する貴族達は互いに牽制し合っていた。誰が次にシュナイゼルに話し掛けるか、それすら自由が得られず権力に縛られている。


 だからこそ、固っ苦しい貴族たちの横を全力で駆け抜ける小さな影に俺は癒された。


「の、ノルウィン君!」


「よ、レイモンド。昨日ぶりだな」


 バーディが俺達の関係を目敏く確認するのを横目で見つつ、俺は昨日ぶりの友人に語りかける。


「レイモンドも呼ばれてたんだな」


「ううん、ぼ、僕は、パパとママのついでだから。二人とも、軍ではすごく偉いんだって」


「なるほど。アイゼンブルク侯爵家って言ったら武の名門だもんな」


「うちよりバルトハイムの方が名門だよ」


「へぇ···ってやめだやめだ。何で俺達まで権力を比べ合うみたいな話するんだよ」


「ご、ごめん」


 楽しそうな顔が一転、途端に縮こまって謝罪するレイモンド。


「いやいや、今のは誰のせいでもないだろ」


「そ、そうかなぁ。あ、サラスヴァティさんとルーシーさんもこんにちは?こんばんは?」


「時間的には微妙な感じね。どっちでもいいわよ」


「······い―――」


「どっちも駄目だからって頂きますとは言うなよ?」


「······言わないし、言ってない。ノルウィンは、私を何だと思ってるの」


「属性馬鹿盛り妹キャラ」


「······なに、それ」


「さあな」


 俺達の下らないやり取りの合間を塗って、レイモンドが口を開いた。


「ねえねえノルウィン君!パパとママがあっちにいるんだけど、挨拶だけでもしない?」


 レイモンド君や。それはかなり爆弾発言だぞ。周りを見てみなさい。

 アイゼンブルクもバルトハイムも大貴族だし、軽々しく挨拶とか言わないの!あの怖い人たちが喉から手が出るほど欲しがってる関わりだから!


 しかし俺の内心を知りもしないサラスヴァティは、


「いいわね。共闘してもらった恩もあるし、挨拶くらいしましょ」


「······賛成」


 そう言ってノリノリでレイモンドを追って歩き出す。仕方なくそれに続いた。


 この時全体を俯瞰して気付いたが、貴族たちはある程度近い権力者同士で集まっているらしい。


 豪華な格好なのは大前提として、相対的に地味な者たちは広間の入口付近に。より絢爛な者たちが広間の奥に偏っている。


 まあ明らかに格が違う相手は色々と苦しいもんな。


 そんな理由で、レイモンドについていかずとも俺達は大体同じような場所に席が用意されていたため、どのみち挨拶をすることになったのだろう。


「閣下」


「シュナイゼル軍団長、お疲れさまです」


 広場の奥に集まっていた一際身なりの良い集団に合流し、早速レイモンドの両親を探す。しかし両親は今別の席にでもいるのか、代わりにレイモンドの世話係である老執事がやって来た。

 

「ねえ、ママとパパがいないよ」


「お坊っちゃま。お館様方は現在別の席で大切な商談をされております」


「むぅ、こんな時くらい一緒にいてくれてもいいのに」


 レイモンドの世話を担当しているらしい老執事は困ったように笑みを浮かべる。


「こんな時、だからでございますよ。多くの貴族が集まる今でなければ出来ない段取りもありましょう」


「よくわからないや」


「それはおいおい学んでいきましょう」


「えぇ、勉強は嫌いだよ。それよりじいじ、この子が友達のノルウィン君だよ!」


「ええ、存じておりますとも。先日、少しだけお会いしましたから―――」


 ―――そうして新たな出会いの数だけ挨拶をしながら、晩餐会は開始されていった。


 ぶっちゃけ、食べ物は美味しいが楽しくはない。

 だって、挨拶する貴族達が俺やサラスヴァティたちと同年代の子供を横に連れて、うちの子はどうですかとさりげなくアピールしてくるのだ。

 そうでなくとも、貴族特有の探り合うような、表面的な付き合いがどうやら俺は苦手らしかった。

 恐らくはあれだ。本心を隠す遠回りな会話が日本を思わせて、あの頃の惨めさが甦ってくるからだ。


 そんなこんなで不機嫌さを何とか堪えながら晩餐会に参加すること数十分。


「国王陛下がおいでになります。皆様、ご起立の上拍手の方をお願いいたします」


 なにやら偉そうな人がそう言った途端、広間の貴族が全員談笑やら食事やらを中断して立ち上がる。


 そうして全員で広間の入口に注目して―――来た。


 豪奢な扉を開いてまず姿を現したのは、狐顔が特徴の女魔術師アルマイルだった。護衛としてはこれ以上ない人選から始まり、次に近衛騎士達が神経質な雰囲気で入室してくる。


 そしてその後、ようやくメインの王族がやって来た。

 国王陛下とその正室、それから王子っぽい子供と―――キタキタキタキタァ!クレセンシアたんだ!


 俺の、いや俺のではないけどクレスたんも後ろの方にいる!


 やべぇ、今日もめっちゃ可愛いじゃん!うわぁ、来てよかった。もう帰ろうかな······って、え、あれ?


 クレセンシアのすぐそばに、見覚えのある銀髪の少女がいた。この国では珍しい薄い褐色の肌、猫を思わせるしなやかで美しい身体。野性的な美貌はクレセンシアと並んでも霞むことがない。


 まあクレスたんの方が可愛いのは確定だけど。


 その少女リーゼロッテは、アルカディアの王族と共に晩餐会に参加してきた。

 多分試合の後に身元確認をし、即座に引き取られて今に至るのだろう。


 そんな破天荒な皇女様は、何故か護衛の輪を素早くすり抜けて俺の方に走って来た。

 逃げようにも向こうがあまりにも早く、そしてこの場で走って良いのかもわからないから動けない。


 シュナイゼル等の手練れは他国の王族相手にどう出るべきかを判断しかねて立ち止まっている。


 そうこうしているうちに腕をガッチリと掴まれ、リーゼロッテと至近距離で見つめ合う事態に。


「ふむ。まあ、こいつでも構わんか」


「あ、あの?へ?」


「貴様、妾の婚約者にならんか?」


 ―――えっと、あー、その。


 えっと、何だこれ。


 普段はフルスロットルで回る思考が完全にショートする。それほど異常で、予測できない展開であった。


 唯一口からこぼれた言葉は思考を介さなかったもの、すなわち本能。


「結構です」


 俺、クレスたん一筋なので。






――――――――――――――

リーゼロッテのも色々と事情があっての行動です。そこら辺はおいおい説明します。

あと、流石に日付が変わる前に更新できませんでした。

夜遅くですがすみません!

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