第153話 

 合同訓練から数日後。


 アウシュタット要塞都市の外壁上に一つの小さな人影があった。


 星空の下に立つ、淡く、儚く、今にも風に吹き消されそうな雰囲気。それはプラチナブロンドの髪が美しい女性の姿を取り、次に道化師のような見た目に変わり、さらに別の格好へ―――


「我ながら酷い有り様だね、うん。こんなに乱れるのか」


 寄る辺を求める子供のような顔をして呟くそれは、最終的にプラチナブロンドの髪をした女性の姿に落ち着いた。


「やっと、始まるんだ」


 あまりにも永き時を待った。

 はじめから圧倒的に分の悪い賭け。

 とっくに心はかじかんで、諦めすら遥か遠い過去の中で擦りきれた。


 期待するという感情すら忘れた。


 忘れてしまった、はずだった。


 だけどたった一つ、弱虫だったはずの彼が執念で繋いだ希望があったから。


「予防線は張ってあるんだ。うん、だから、始めようか」


 彼、あるいは彼女が持つ無数の貌。その一つを仮面のように張り付けたアルジャンヌは、魔術で剣を創造するとそれを握り締めて極限まで集中力を研ぎ澄ませた。


 深く、暗く、どこまでも自分の底に潜り込む感覚。そうして境界線を踏み越えて―――


「お前、アルジャンヌか?」


 見渡す限り漆黒に覆われ、巨大な扉とその前に佇む青年だけが在る別世界へと辿り着く。


 扉の前に立っていたフェイルは、突如として出現したアルジャンヌに目を見開く。


「久し振りだね、フェイル君」


「何の用?」


 笑顔の挨拶に対してフェイルは虚空より剣を取り出すと、おぞましいほどの殺気を解き放った。


 そして強烈に地面を踏み込み、発生した推進力でその身を弾丸のように押し出す。フェイルは瞬時にアルジャンヌを間合いに捉えると、容赦なく剣を振り下ろした。


「酷いなぁ、何百年?千年は経ってないかな?感動の再会なのに」


 剣の腹を手の甲で叩き、斬撃の軌道を逸らしつつ会話を続けるアルジャンヌ。攻撃をすかされたフェイルは、さらに一歩間合いを詰めて掌底を叩き込むが―――


 それも容易くいなされる。


「ちょ、気持ちは分かるけどとりあえず落ち着こうって」


「どの口が言う?」


「この口が―――って、うん。そういう答えが欲しいわけじゃないよねえ。ごめんごめん」


「黙れ。殺すぞ」


 両者の関係性が伺える殺伐とした雰囲気。しかしアルジャンヌはそれに構うことなく笑顔を浮かべたまま。


「あっはは、ごめんって。悪気は半分くらいしかないんだよね。それに今日は用事があってさ」


「用事だと?」


「そう。そっちの奥にね」


 アルジャンヌが指差したのはフェイルの背後。巨大な扉であった。


「まだ封印は余裕がある。用事なんて無い」


「それは知ってるよ」


「だったら―――いや、ああ、そうか。貴様、器を試すつもりだな?」


「ご明察。流石アレを何百年も封じてる人は言うことが違うね」 


「―――ッ。黙れ。お前と無駄口をきくつもりはない。それならさっさとしろ」


「はいはい。それじゃあ失礼しますね。ああ、安心しなよ。彼女にはなにも危害は加えないからさ」


 渋々といった表情で扉の前を空けるフェイル。彼にヒラヒラと手を振ったアルジャンヌは、何の躊躇いもなく巨大な扉に手をかけた。


 僅かに入り口が開き、中から覗いた光景は―――








―――――――――

フェイルの口調が以前と異なるのは、色々あってそれだけアルジャンヌが嫌いだからです。

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